第17話「Trigger」

 デイヴィッドとアレクセイが言い合っている頃、射撃場では千秋が入口の扉を開けていた。

よく見ると、居間の入口の扉とは同じ物のようで、ただ木張りの有無うむのみが相違点のようだ。

外面ひとつ変えただけで重量感にこれほど差が出るとは、舞衣は感心する。

 扉が開くと同時に部屋の中へなだれ込み、机の上に置かれた銃器を手に取る。

水衣が七三〇ななさんまる式狙撃銃、舞衣が七三五ななさんご式自動小銃を手に取った。

どちらも重量は4kgほどで、意外にもずっしりとくる。

 「最初は拳銃辺りにしときませんか?ほら、南部なんぶ拳銃もありますよ」

千秋がそう勧めるも

 「でも、拳銃ってなんか地味じゃない?ババババッって撃つ方がカッコいいよね」

と舞衣が即座に答える。

 「まぁ良いですけど...痛い目見ても私のせいにしないでくださいね?」

千秋がそう言うと舞衣は首をかしげた。


 それぞれの射撃区画に銃を置くと、舞衣は銃器の横に並べられたアタッチメントの中から前方握把あくはを、水衣は二脚を取って銃身下部のレールにめる。

 聞く耳を持たない二人に呆れつつも、千秋は置いてある弾薬箱の中から小銃用の弾薬箱を探す。

そのくすんだカーキ色の箱を見つけ出すと掛金かけがねに手をかけて回し、蓋を開ける。

するとそこには自動小銃や狙撃銃に用いられるような7.7mm×58弾薬が15発ずつ紙箱に入れられて所狭ところせましと詰められていた。

 兵士の携帯する弾入れの形に合わせて作られた台形の箱には、”仁至じんし十五年七月 七二七ななになな実包じっぽう”とあり、どうやら今年の夏に作られたもののようだ。

7.7mm弾の一つを手に取って莢底きょうていを覗くと、「ト ロ 42」と刻印されている。

これは東京第二陸軍造兵廠ぞうへいしょう紀元きげん2742年に製造されたことを表すものだ。

 千秋は箱の中から紙箱を二つ取って、それぞれの区画に一つずつ置いた。

さらに千秋は狙撃銃用の照準器を手に取る、日本光学にっぽんこうがく製の4-32倍×50mm可変倍率かへんばいりつ照準器だ。

 「ほんとはツァイス・アッベの照準器が一番いいんですけど陸軍からの横流しなら仕方ないですね、ゲルマニア物は流通しづらいですし」

と言って千秋は狙撃銃上部のレールに照準器を嵌める。

 水衣は千秋が狙撃銃どころか拳銃すら撃ったことがあるのだろうか、と思った。

使っているのを見たことは無いし、イメージとしては徒手空拳としゅくうけんのような気もする。

 恐らく弾倉入れと思われる箱を漁っていた千秋だが、弾が既に入ったものはない。

普段はアデライードが装填機ローダーを使って弾倉に弾を込めているのだが、それらは夕方に水衣が消してしまったからだ。

 「仕方ないですね、まぁ弾込めの練習にもなるでしょう」

千秋は溜息をついて、空の複列弾倉ふくれつだんそうを三つ取り出す。

 弾薬と同じく聯合圏れんごうけんで共通化された弾倉は、小銃、狙撃銃、機関銃、そのいずれにも互換性を持つ。

千秋が水衣と舞衣にそれぞれ手渡した弾倉は最も標準的な20発弾倉であった。

ばねによって押し上げられた底板そこいたが開口部から顔をのぞかせている。

 千秋は紙箱から弾薬を二つ手に取ると、弾倉にパチパチと弾を詰める。

 「まずはこうやって底板の弾の形にくぼんだ方に弾を入れて、次は反対側に入れる、これの繰り返しです」

そう言うと千秋は今しがた詰めた弾を取り出して、紙箱に戻した。

水衣と舞衣は嬉々ききとして弾倉への弾込めに取り掛かる。

その手際の良さは、ばねの跳ね返りが強くなる終盤は若干手間取っていたとはいえ、見事と呼ぶに十分なほどであった。


 二人が夢中になっている間、千秋はそれぞれの銃の先に棒の様な物をねじ止めする。

弾込めを終えた舞衣が千秋にそれが何か尋ねると

 「あぁ、これは消炎制退器しょうえんせいたいきといって銃口からの閃光や反動を軽減する物ですね、7.7mm弾は火薬の量も多いですから何も付けないよりはいいでしょう」

と千秋は耳当てを首にかけ、両手の耳当てを二人に渡しながら答える。

 「その耳当てはちゃんと着けてくださいね、あんまり銃声を聞きすぎると難聴になっちゃいますから、大丈夫です、それを着けてても会話は出来るよう作られてます」

まるで使ったことがあるかのような言いぶりの千秋に圧されるかのように、水衣と舞衣は耳当てを着ける。


 「さて、これで準備は一通り終わりましたか」

千秋がそう言うと二人は歓声かんそうを上げた。

そして小銃を右手で持ち上げて弾倉を取り付け、狙撃銃を左手でも同じようにする。

 「まずは弾倉を交換してみましょう」

水衣に狙撃銃を、舞衣に小銃を抱えさせると、自らも弾倉のついた七三五ななさんご式自動小銃を手に取って、抱える。

 「基本的には銃床をひじの内側で挟んで引き金のところを持ちます、そして弾倉がはまっている上側にあるボタンをこのように...」

弾倉止めを押すと弾倉が外れ千秋の手の中へと落ちてくる。

 「ほんとは空弾倉なんて腰に巻いた袋か地面に落とすんですけど、まぁ口が欠けたりすると面倒なので」

そう言って千秋は弾倉を手で受ける。

 「これで後は満タンの弾倉に交換するだけですね」

弾倉止めから手を離すと、手の中の弾倉を再び付けてカチッと音を鳴らす。

 「では、やってみましょう」

千秋の言葉に従い、水衣と舞衣はそれぞれの銃に弾倉を装着する。

カチッと音がして、ボタンが跳ね上がった。

 「音がしても慢心せずに、弾倉は一回下に引っ張るようにしましょう、実戦ではこれが命取りになることもあります」

水衣と舞衣はその通りに弾倉を下向きに引っ張る。

どうやらしっかりと固定されているようだ。


 「では次は構え方です、小銃は前足に体重をかけて前傾ぜんけい姿勢になります、握把あくはをしっかり掴んでください」

千秋の言葉に水衣と舞衣は銃を取り、前方握把あくはや銃身に手をかける。

 「狙撃銃は依託いたくされてますから椅子に座るのが良いんですけど、無いみたいですから腰撃こしうちですね」

 「これはどちらも変わりませんが、頬を銃床じゅうしょうの横側へしっかりと押し当ててから肩に引き付けます、狙撃銃であれば曲銃床きょくじゅうしょうですから多少やりやすいとは思いますが」

 千秋は二人の後ろに立って二人の姿勢を正しはじめる。

水衣と舞衣は千秋の傀儡くぐつとなったかのように従順じゅうじゅんだ。

もっとも、そうしなければ自分が痛い目を見るのだから当然ではある。

 「肩に銃床を当てる時はなるべく広く当ててください、特に上側を肩にしっかり当てる事が大事です、そのぶん反動が軽減できますからね」

そう言いながら顔の位置や銃床の位置を調整し始める。

 「一回正しい構えが出来れば、あとはそれをくせにすれば簡単ですから」

舞衣が構えている小銃を垂直に戻しつつ、そう続ける。

一通りただし終えると、千秋は小さく息をつく。


 「あとは安全装置を解除して引き金を引くだけです」

その言葉に水衣と舞衣の心は一陣いちじん寒風かんぷうに吹かれたかのようにしもが降りる。

たまらず心臓は鼓動こどうを早め、喉はごくりとつばみ込んだ。

 「し、照準はいいの?」

舞衣がやや震えがちな声で尋ねる。

 「まだ大丈夫です、当たる当たらない以前に弾を前にまっすぐ飛ばすのに苦労するでしょうから」

千秋がそう答えると、舞衣はもう一度唾を呑んだ。

 「安全装置を解除するには、水平になっているつまみを引き出して目一杯こちら側へ回してください」

そんな二人を気にも留めないように千秋は言う。

 小銃の安全装置は左から下にかけて扇状おうぎじょうを描き"安全、単発、連発"となっている。

市井では"ア・タ・レ"などとも呼ばれるそれは、兵士が匍匐前進ほふくぜんしんする際に間違って安全装置が解除されないよう引き出し式になっている。

また、敵兵と会敵かいてきした際にも素早く連発モードに切り替わるように連発のところでストッパーがが掛かるようになっている。

狙撃銃の場合は"安全"と"単発"しか存在しえないが、それでもつまみをこちら側へ回すことには変わりがない。

 二人は姿勢が崩れないよう気を付けながらつまみを引き出し、連発モードへと切り替える。

用心金ようじんがねにかけた右手は、手持無沙汰てもちぶさたな人差し指を浮かせて待ちわびた引き金を前に小刻みに震えている。


 「もう撃っていい?」

水衣が顔の向きはそのままに尋ねると

 「まだです、引き金の引き方も知らないでしょう」

焦らすような千秋のそんな台詞に水衣は左頬を膨らませる。

 「それぐらい流石にわかるよ、人差し指を曲げるんでしょ」

馬鹿にされた子供のような態度で答える。

 「勿論そうですが、それだけではないです、特に狙撃銃の場合は」

なにやら勿体ぶったように答える千秋に、水衣の左頬の膨らみはさらに大きくなる。

流石にここまで来て分からないなんてことは無いんだから早く教えてくれればいいのに、と二人のやり取りを聞いて舞衣は思った。

 千秋は逡巡しゅんじゅんしていた。

本人たちの希望とはいえ銃、それも模造でもない実銃を二人に握らせても良かったのだろうかと今更ながらに気後きおくれする。

 二人が夕餐ゆうさんっているうちに彼女らの父親でもあるあるじにあらましを伝えはすれど、彼女らの危険な行動を制するようにとの言葉は無かった。

むしろ反対に、姉妹の好きなように取りはからえ、というのが主の意向であった。

3つしか年は変わらないとはいえ自身がよわい12、二人が齢9つの時分じぶんから関わってきた身としては、千秋にとって二人は妹のような存在である。

もちろん、水衣と舞衣は立場ではないのだから実銃が扱えたところで千秋の二人を警護する、という任務に支障が生じるわけではない。

尤も、これはそういう合理的な問題ではなく、感情の問題なのだ。

むしろ合理的に考えるのであれば二人の意思を尊重するという主の意向に真っ向から反することの方が重大だ。

 そんな一瞬の躊躇いを経て、千秋は小さく静かに息を吸った。


 「さて、いよいよ引き金の引き方を教えましょう」

迷いを振り払ったその瞳にはもうくもりはなかった。

無論、ここまで来てしまったからには、というか諦めも含んでの事であったが。

 その言葉に水衣と舞衣は安堵あんどで気が抜けそうになったが、ここで気を抜けば姿勢がズレてしまうので気を張り直した。

 「もちろん引き金に指をかけるのは当然のことですが、

  小銃でも狙撃銃でも引くというよりは絞る、と言う方が適切かもしれません

 "暗夜あんやに霜のごとく"、なんて言い方もしますけど」

 「力強く引くと銃の本体も身体も動いてしまいますから、できるだけ人差し指だけに力を込めるような感覚で、ではやってみましょう」

 二人は気を張りすぎて千秋の言った言葉を理解できていなかったが、半秒後、意味を理解して引き金に指をかける。

人差し指に力を入れてみると、舞衣はも知れぬ恐怖が指先から伝わってくるのを感じた。

引き金の金属はまるで氷のような冷たさすら錯覚さっかくさせる。

 舞衣が尻込しりごみしていると、左側から「ダーン」と間延びした重い銃声がとどろいた。

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