第13話「Jealousy」
渡りに船と、水衣はデイヴィッドの
舞衣は甘味の残りを慌てて口に詰め込んで
水衣はそんな舞衣の背を撫で、ハンガー掛けから二人分の
アデライードも自らの肩掛け鞄を手に取って、帰り支度をする。
井部はこんないい鮨を食べたのに酒の一杯も無いのか、と未だに文句を垂れている。
デイヴィッドは伝票を手に取り会計へ。
五六〇
店員はやはりその不揃いな連中に
店を出るころには、フロアの
10時に閉じるビルにギリギリまで残っている人もそこまで多くは無いようだ。
舞衣はデイヴィッドに話しかける。
「井部さんが課長なのにデイヴィッドさんが支払いするんですね、普通はそういうのって上司の人がするもんだと思いますけど」
すると井部がこれにぴくりと反応して返す。
「課長っつっても
それに仕事が少ないのは有り難いがその分、普通の人間の俺の給料はそこらの
井部のそうした反応にアデライードは
「昼間っからお酒飲んでますもんね、それも結構お金かかるんじゃないですか?」と突っ込む。
井部は少したじろいだが
「それだけじゃねぇ、東京に住むんじゃ家賃だけでも月に七五〇圓はかかるし、お袋を施設に入れるにも月に七百圓はかかる、手取りで月に千九百圓もらってもカツカツだ」と言い返す。
井部のその言葉に一団は気まずい雰囲気に包まれる。
駐車場へと下るエレベーターの扉が開く、一団の他に客はいない。
そこで舞衣が口を開く。
「でも井部さん、優秀だったんじゃないんですか?
さっき42歳で大佐になるのってだいぶ早い方だと聞きましたけど」
舞衣のその言葉に井部は
「いやまぁそうかもしれんが、特に優秀だったって事もない、現にこうして窓際に追いやられている訳だし」
と返すが、間髪入れずに水衣が
「でも帝国陸軍が満州に大佐をわざわざ派遣するなんて
と
「いいんだよ昔の事は、どうせ俺は陸軍省に見捨てられたんだ、今はただのどこにでもいる
そうこうしている内にエレベーターは地下2階に到着し、チン、とベルが鳴る。
薄いライトの光で照らされた地下駐車場は、先ほどの混み具合とは一転して夜の
無機質なコンクリートの床を、
誰も何も言わず、その地下駐車場を奥へと進んでいく。
嫌になるほど目立つ赤いスポーツカーが奥に見える頃、斜向かいに停めたセダンの中で千秋も一団に気がついた。
内務省の駐車場に停めていた井上家の車をわざわざ駅ビルまで回していたのだ。
ドアを開けて一団の方へと向かう千秋に舞衣も気が付き、一瞬だけ
そんな舞衣の左手を水衣はその右手でギュッと
駆けだそうとしていた舞衣は急に掴まれたことで体勢を崩し、転びそうになる。
舞衣は水衣の方を振り返ったが、水衣は舞衣の左手を包んだまま離さず俯いたままだ。
舞衣は水衣がなぜそんな事をしたのか見当もつかなかったし、水衣もなぜ自分がそんな事をしたのか分からなかった。
それを見て取った舞衣は、掴まれたままの左手をそのままに右手で水衣の左手を掴む。
水衣はてっきり
舞衣はこの時を待っていたかのように水衣の顔を
「ほら、一緒に行こ?」と語りかける。
水衣は涙が出るのを堪えるように上を向いて深呼吸ををひとつ、舞衣の方へ向き直って
千秋は50mも離れていないそこで何を話しているかまでは聞き取れなかったが、だいたい何が起こったか察しはついた。
とはいえ千秋の心の中に、自分を原因とした
そうこう考えている内に舞衣とそれに引っ張られるように水衣がこちらにやって来る。
「お帰りなさいませ、お
それに舞衣は「ただいまーっ」と千秋のエプロンに抱きつこうとする。
ここで舞衣が自分に抱き着くとまた水衣が機嫌を
すると舞衣の両手は
流石に
舞衣の後ろで棒立ちになっている水衣に千秋が責めるような
どうせなら水衣が後ろから抱えあげてやればいいのに、と千秋は思った。
何も知らない舞衣は
「ちょっと、なんで逃げるの」と再び千秋のエプロンに抱きつく。
いくら千秋が水衣のジェラシーに
水衣が自分で引き剥がすほか無いのである。
その一歩が踏み出せない事には同情はすれど、当人以外がどうにかできる問題でもない。
千秋にとって二人の関係がギクシャクしているのは良い事では決して無いが、だからといって
それでは結局のところ親同士で
そんなことを考えていると、水衣が舞衣に後ろから抱きつく。
舞衣のお腹の辺りに手を回して肩に顔をうずめている。
「みーちゃん、どうしたの?」
舞衣が左側に振り返って尋ねる。
水衣は舞衣の肩に顔をうずめたまま、むんむんと声にならない声を上げている。
その行動が水衣なりのジェラシーの表現であることは確かであったが、舞衣は背中に少しくすぐったさを覚えて水衣の腕を解こうとする。
水衣としても
それは
とはいえ機を
千秋やデイヴィッドが居る所で何をしたところで成果を生み出すわけでもないし、現に今も舞衣に拒絶されようとしているのだ。
水衣の腕は自ずと舞衣の身体から離れていた。
舞衣は水衣の腕の感触がなくなったことに気がつくと、千秋から手を離して水衣の方を見る。
舞衣は水衣の顔を見た途端、はっとして自らの行いを
水衣のビー玉のような眼の
舞衣はさっき感じた背中のくすぐったさが水衣の泪であったことにも気がついた。
何もそんな泣くことは無いのに、と思いつつもまるで
井部を始めとした神人課の面々には、この短い時間で二人に何があったのか
アデライードだけは水衣にささやかな
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