第6話「来訪者」

 その後の水衣と舞衣は非常に仲睦なかむつまじく、傍若無人ぼうじゃくぶじんに同じあんぱんを食べ合いっこしたりしている。

千秋は天井裏から二人の様子を眺め、二人が仲直りしたことに安堵している。

侍女は護衛も兼ねていて、通常は一人づつ割り当てられることになっているのだが、水衣と舞衣は十何年も前からずっと一緒に居るために護衛も兼ねた侍女は千秋しか雇われていない。

よって、水衣と舞衣が別行動を取ると千秋が二人同時に警護できなくなってしまう為、新たに警備を雇う等の対策を講じなくてはならなくなってしまう。

だからこそ、二人の関係性は千秋にとっても重要なものであったのだ。


 そうして13時20分、5時限目の予鈴よれいを告げる振鈴チャイムが鳴る。

舞衣は椅子から立ち上がって

「そろそろ行くね」と水衣に語り掛ける。

 手を振る水衣に手を振り返しながら舞衣は廊下へ出て、4組の自分の席に戻る。

5時限目の外国語も6時限目の国語も相も変わらず退屈だったが、不思議と4時限目までのような虚無感は感じなかった。

15時15分、放課の振鈴チャイムが鳴ると、舞衣は帰り支度じたくを整えて2組の水衣の元へ向かう。

昼に見せた仏頂面を忘れてしまったような二人は合流すると一緒に昇降口へ降り、鈴懸すずかけの並木を抜けて正門を出る。

そして行きと逆の道順で車の停めてある月極つきぎめ駐車場まで戻ってきた。

 二人が車に乗り込むと、千秋は扉を閉めて

「仲直りできて、良かったですね」などと知らなかったような口ぶりで言う。

車の電源を入れて水衣と舞衣に

「このまま帰ります?」

と聞くとお腹が空いたからお茶したいと言うので銀座ぎんざ近辺まで移動する。


 3時50分を過ぎたころ、数寄屋すきや橋交差点近くの地下駐車場に車を停めて1時間半分の料金である7圓40銭を支払い、地上に出る。

しばらくぶらぶらした後、数寄屋橋交差点の角にある喫茶店きっさてんに入る。

空席は2割ほどで若干混んでいるが、特段順番待ちをするほどではない。

すぐに店員がやってきて窓際の4人席に通される。

水衣と舞衣はさつま芋と林檎の洋風キャラメルスフレとカフェ・オ・レ、千秋はプリンと紅茶を注文する。

 15分ほどして、注文した商品が席に届く。

水衣と舞衣がスフレを共有シェアして食べていると、喫茶店の扉が開き一団が入ってきた。

一団のその風采ふうさいに千秋はカップを置いて咄嗟とっさに身構える。

全身を黒い外套コートで包み、黒眼鏡サングラスに黒の山高やまたか帽。まさしく全身黒ずくめである。

その一団は背の高いのが2人、中背ちゅうぜが1人、明らかに背が低いのが1人の4人構成で、店員に何かを見せると店内に入ってくる。

 そして、三人が座る席の前で立ち止まった。


 水衣ら三人の座る席の前に立ち止まった黒ずくめの一団のうち、特に背が高く先頭を歩いている男が六角形の日章にっしょうされた警務けいむ手帳の表紙を見せて、

「井上水衣みいさんと舞衣まいさんですね、警保けいほ保安ほあん課の者ですがご同行願えますか?」

と横開きの手帳を開く。

なるほど、どうやらその警察官は警保局保安課警視けいし柳原やなはらというらしい。


 水衣と舞衣の向かいの長椅子に座っていた千秋ちあきは驚いた。

二人が授業を受けていた午前中に通信を受けて、放課ほうか後に警保局員が任意にんい同行に来ることは知っていたが、こんな明らかに不審者然ふしんしゃぜんとした格好かっこうとは。

 話しかけられた水衣と舞衣は千秋の方を見る。

咄嗟とっさの返答にきゅうした千秋は

「まぁ、別にいいんじゃないですか」と素っ気なさげに答える。


 それを聞いた舞衣は窓際まどぎわの食器からスプーンを新たに取り出し、残っていたスフレを一息ひといきに食べ、カフェ・オ・レを飲み干してしまった。

そして立ち上がった舞衣を見て、水衣も急いで自分のカフェ・オ・レを飲み干す。

舞衣は水衣と机の間を通って通路側に出て、水衣もそれに合わせて席を立つ。

千秋はそれを見ながら紅茶を一口、口にふくむ。

その刹那、もう一人の背の高い北方系の顔立ちの男が

身元引受人みもとひきうけにんの方も、早くお会計済ませてください」と千秋に声をかける。

千秋は内心、

「えっ私が身元引受人なの...?」と思いながらも紅茶を飲み干す。

 そして警察官らについていく水衣と舞衣を追いかけるように席を立ち、勘定場レジで代金の11えん40せんを支払って会計する。

柳原が店の出口近くでどこかに電話をかけている間、舞衣は千秋に向かって

「お父様とうさまに伝えておいて、夕御飯ゆうごはんに間に合わないかもしれない、って」と言伝ことづてし、千秋が

「要らないと思いますけど、一応伝えておきますね」と返す。

舞衣は少し不思議そうな顔をしながらも警官にうながされて店を出る。


 一行は店を出ると、数寄屋橋すきやばし交差点こうさてんから10メートルほど離れたところに駐車してある警察車両パトカーへと向かった。

千秋は柳原に、築地つきじ警察署に行くのなら近くの駐車場に車が停めてあるので追走ついそうすることは出来ないか、と掛け合う。

柳原が許可したので、千秋は足早に車を駐車した駐車場へ向かう。

 駐車場から車を出庫して交差点近くまで回すと、柳原は警察車両パトカーの電源を入れて千秋が運転するセダンの前に停車する。

路肩から水衣と舞衣、さっきの北方系の顔立ちをした警官が小走りで近づいてくる。

水衣と舞衣は後部座席、警官は助手席に乗り込む。

 しばらくして交差点の信号が緑に変わると、前方を走る警察車両パトカーがゆっくりと前方へと動き出す、それに合わせて千秋も加速ペダルを踏みこむ。

左手の窓外には服部はっとり時計店の時計塔、三矢みつや百貨ひゃっか店、歌舞伎かぶき座が流れる。

車内は誰も彼もが口をつぐみ、5分も無いはずの乗車時間がやたら長く感じる。


 築地警察署の駐車場に車を停め、一行は中に入った。

水衣と舞衣は警察官にともなわれて、上階じょうかい取調とりしらべ室に向かう階段をのぼっていく。

千秋は柳原の指示通り、一階の待合室の長椅子ベンチに腰かけて二人を待つ。

 水衣と舞衣が促され取調室に入ると、刑事モノよろしく窓には格子こうしめられ机と椅子だけが置いてある殺風景さっぷうけいな空間が広がる。

舞衣が窓側に置かれた椅子に座ると同時に

「あの、私たち何もしてないんですけど」と語気ごきを強めに柳原に尋ねる。

 柳原は山高帽やまたかぼうを外して水衣と舞衣の向かいに座ると、机に肘をついて口元で手を組みながら

「啓示を受けたと聞きましたので」とだけ答えた。

 水衣はやはり、と感じる。

オットーや私たちのような啓示を受けた者が世界に点在しているのならば、それを国家権力として統制とうせいしようとするのは道理だ。

そもそも、取調室に来ているのに特に何も取り上げられていないし。

それにしても今朝の事だというのに耳が早すぎる、やはり父が調べるように命じたのだろうか、などと考えているうちに舞衣が

「お父様から、聞いたんですか」と続ける。

柳原が

「お聞かせ願えますか?」と言うので

 水衣と舞衣は今朝何があったかを柳原にかいつまんで話した。

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