第11話「内燃車」

 そんなデイヴィッドの言葉に今まで高声こうしょうを上げていたアデライードも乗り気になる。

デイヴィッドは水衣と舞衣に

「まぁ...腹が減っては何とやらとも言うし、

 銃触るのは飯の後でも良いんじゃないか」と提案する。

 水衣と舞衣も昼食にあんぱんと小さなスフレしか食べていないし、普段は6時に夕食をっているので大分お腹も減っている。

仕方がないので提案に乗ることにした。

 それを聞いてデイヴィッドは

「イヴァン、そこら辺で空いてる所見計らってくれないか」と言う。

イヴァンがそれに「駅前は結構混んでる」と返すと

いてれば糸目は付けなくていい」と続けた。

しばらく考え込むようして、イヴァンは壁に体を預けて目をつぶる。

 今度はアデライードがデイヴィッドに

「課長は呼んでこなくていいの?」

と尋ねると、デイヴィッドは軽口をたたくように

「7人乗りまでしかないし、おっさんは良いだろ別に」と答えた。


 間を置かずして、射撃場の扉がギイと音を立てて開く。

「お、いたいた」と井部が中に入って来て

「そろそろ飯にしないか?」と話しかけてくる。

 先ほどのデイヴィッドと全く同じことを言いだす井部に、アデライードは笑いをこらえきれずクスクスと笑う。

若干困惑している井部にデイヴィッドが

「いま丁度その話をしてたんだ」と説明すると井部は

「おいおい、俺は仲間外れって訳か?」と不愉快ふゆかいそうにこぼす。

 そんな井部にデイヴィッドは人を食うような態度で

五十路いそじも越えてるってのにそんな女々しいこと言うなよ」と毒づく。

 井部もそれに負けじと

「お前みたいな小便臭しょんべんくせ若造わかぞうに言われる筋合いはねぇよ、

 こっちだってただ年食ってるわけじゃあない、経験ってもんがダンチなんだ」

舌鋒ぜっぽう鋭く言い返す。


 扉の前で二人が喧喧囂囂けんけんごうごう様相ようそうていしている中、アレクセイが

「まぁまぁ、二人とも落ち着けって」と割って入る。

一行は内廊下へと出てさっきの居間の方へ戻っていく。

井部とデイヴィッドとアデライードは

「ちょっと荷物取ってくる」と内廊下の奥のほうにあるそれぞれの部屋へと入っていく。

 アレクセイはそんな三人の様子に

「別に飯食いに行くだけならクロダと財布くらいで十分だろ」などとこぼす。

 水衣は内心「いや、別にそんなことないでしょ」とは思いつつも口をつぐんでいる。

そんな中、アレクセイに舞衣が

「あの、課長さんとデイヴィッドさんって仲悪いんですか...?」と尋ねる。

 水衣は舞衣がアレクセイに突っ込むのかと一瞬ヒヤヒヤしたが、そんなことは無さそうで胸をでおろす。

アレクセイはニヤニヤとしながら

「いや、あれは喧嘩けんかするほど仲が良いってやつだな」と答える。


 アデライードが自室から上着と肩掛け鞄を持ち出して戻ってきた。

モコモコとした上着を羽織はおるとガーリーな印象がより際立つ。

デイヴィッドが車の鍵を引っげて戻ってくると一行は今から表の廊下へと出て、連結されている地下駐車場へと歩を進める。

 外廊下を奥へと進み財布をかざして扉を開けると、また別の廊下に出る。

どうやらこっちは地下駐車場に行く正規ルートのようだ。


 左に曲がってさらに進み自動扉じどうとびらが開くと地下駐車場に着く。

この階に停まっている車はまばらだが、さっきアデライードが言っていた装甲車輛そうこうしゃりょうも止まっている。

その中で一層目立つ赤光あかびかりのSUVを指さして

「アレだ」とデイヴィッドは言う。

 水衣は内心、役所にあんな派手な車を乗り付けるデイヴィッドのセンスと度胸には感心しつつも若干引いていた。

現行車よりも明らかに角張かくばっているし、全長5m、幅2mのそれは井上家にある前後座席の小型車より遥かに大きい。

恐らくはアメリカ製の車だろう。

 公用こうよう車であればふつう国産車を選ぶのでアメ車ということはデイヴィッドの私物だろうが、水衣自身が元来がんらい陰気いんきな性格なのも相俟あいまって良い印象は抱けそうにない。

 そもそも、さっきデイヴィッドが7人乗りだと言っていたが課長が足されたおかげで今ここには8人居る。

すなわち、どのみち一台では無理な人数ではないか。

デイヴィッドも車の扉を開けて席数せきすうを確かめたときにようやくそれに気づく。


 水衣が舞衣に結局席数が足りないことを伝えると、舞衣はデイヴィッドに

「私たちは表に停めてある車で付いていくので大丈夫ですよ」と言う。

 井部は出入口近くの車を指さして

「俺の車でいいならそこにあるけど」と言うが、小型トラックと見紛みまがうようなその見た目では誰彼だれかれだろうと乗りたがる筈がない。

 そこでアデライードが井部に

「じゃあ井部さんが自分の車に乗ればいいんじゃないの?

 そうすれば席数的にも丁度だし」と提案する。

 その提案に井部は口ごもるように

「おいおい、また仲間外れかよ、お前らなぁ...」と悪態あくたいをつく。

 そんな井部にデイヴィッドは

「うちの課長さんは地上階ちじょうかいまで階段を上らせるほど狭量きょうりょうなんですか?」

 と皮肉交じりにたたみ掛ける。

 そんなデイヴィッドの追撃に井部はとうとう返答にきゅう

「あぁ、分かった分かった、付いて行きゃいいんだろ」と舌打ちじりに答える。


 井部を除いた一行はデイヴィッドに促されてSUVに乗り込む。

デイヴィッドが右の運転席に乗り込むとアデライードが真っ先に助手席に飛び乗る。

 ただ地下3階から地上に上がるだけでも骨が折れるのに、複雑な通路を初めに降りた階段まで戻るのは慣れていても容易ではない。

井部もその事を十分わかっていたからしぶしぶ提案を受け入れたのだろう。

なんてことを考えつつ水衣は中央の座席に乗り込む。

 続いて舞衣、千秋が順に乗り込むと、後部座席にアレクセイとイヴァンが乗り込む。


 扉を施錠してエンジンをかけると、特有の高さも入り混じった低音と振動が車内に響いた。

 その刹那せつな、2列目中央に座っていた舞衣が身を乗り出して

内燃ないねんなのこれ!?燃料は?自家製??」と興奮気味に尋ねる。

「ふふふ...V型6気筒の音...」と後方で腕を組む水衣をよそに

「自家製な訳ないだろ、陸軍が満州まんしゅうとか樺太からふととかの極寒地ごっかんち向けに調達してる燃料を輜重科しちょうかに頼んで払い下げてもらってるだけだ」とデイヴィッドは答える。

 舞衣はその回答に合点がてんがいかない様子だが、水衣が後ろから

「寒いと電池が駄目になるから北方の機械化部隊きかいかぶたいは内燃しか使えない、現に満州軍の装輪装甲そうりんそうこう車は内燃式だし」と援護えんごする。

 水衣のその説明に舞衣も一応納得はしたようだ。

さらに水衣が「でも民生用の内燃車なんて何十年前の骨董品こっとうひんなんですか、とっくに何処どこのメーカーも生産停止してると思うんですけど」と尋ねる。

デイヴィッドは頭をきながら

「まぁ...50年前くらいのなのかな?

 10何年か前に買った時に1回全部ばらして型取ったから部品には困ってないけど、知り合いに工賃こうちん渡して時々直してもらうくらいで」と答える。

 舞衣は部品を自作するくらいなら新車に乗り換えればいいのに、という考えが頭をよぎったものの、それでも水衣が内燃車に対して辛辣しんらつに「でも東京で乗るなら...」と言い始めるので

「みーちゃん!ロマンだよロマン!!内燃車はロマン!」と畳みかける。

 それでも水衣はくまで電動車の優位を譲らず食い下がろうとする。

次第に甲論乙駁こうろんおつばくといった感じになってきたので、デイヴィッドはアクセルを踏みこむ。

安全ベルトも付けず議論にきょうじていた二人は背もたれに叩きつけられる。

そんな二人を見て、千秋は自分のベルトの固定を外し、たしなめるように二人の安全ベルトを着ける。

その体幹たいかんの強さゆえか、電動車と比べても振動の多い車内でもふらつくことは無い。


 車は仄暗ほのぐらい地下駐車場から桜田通りへと出て左折する。

桜田門の前で右折し、宮城きゅうじょう日比谷濠ひびやぼりを沿うよう車は進み、安全ベルトをつけて冷静になった水衣と舞衣も滑らかで静かな加速を味わっている。

 日比谷交差点を曲がるとき、左窓の外に宮城を中心としてビルの灯りが擂鉢すりばち状のスカイラインを描いているのが見えた。

馬場先門ばばさきもんの前で右折すると、四菱よつびし城下町と呼ばれるだけあって、四菱生命保険を始めとする四菱財閥ざいばつ系の企業が立ち並ぶ。

車はそのまま四菱銀行の前で左折して、丸の内へと入っていく。

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