第3話「帰宅」

 午前ごぜん4時13分、舞衣まい水衣みい廃神社はいじんじゃった。

舞衣は今からではどれだけ飛ばしたところで家人けにんに自分ら姉妹の外出がバレてしまうことは悟りながらも、それでも出来るだけ早く屋敷に辿り着くよう願っていた。

八王子はちおうじ市域しいきに差し掛かる頃、水衣がようやく口を開いた。

「私の力は...消したいと思った物を消す力だとして、まーちゃんの力は想像そうぞう瞬間移動しゅんかんいどう...」

 舞衣が聞き流していると水衣が「はっ!」と声を上げた。

舞衣が「どうしたの、みーちゃん?」と聞くと水衣は「ちょっと車止めて」と焦り気味。

ひとまず二輪を路肩に止めると水衣が開口一番、

「まーちゃん!お屋敷の部屋を想像してみて!」と言い出した。

 とりあえず舞衣は自分がついさっきまで寝ていたベッドの上を思い浮かべる。

「想像したけど...。」

 と舞衣が返すと水衣が今度は

「じゃあそのまま足で丸描いて、落ちないようにね」

 と言うので落ちないように丸を描く。

すると描いた丸の中に光沢感のある液体のような膜のような物が張っていた。

舞衣が飛び込もうとすると水衣が制止し、代わりに自分の顔を突っ込んだ。

と思えばすぐに顔を上げ、やっぱり!といった表情になる。

そこで舞衣も膜に顔を突っ込んでみると、そこは屋敷の自分のベッドであった。

舞衣と水衣は顔を見合わせて異口同音に

「「これで帰ればいい!!」」

あまりのピッタリさにクスっと笑った後、水衣は「二輪は車庫に入れなきゃだからとりあえず車庫のとこに行かなきゃ」と言った。

それもそうだ、部屋にこんな大きな二輪を置いておくわけにもいかない訳だし。

舞衣は必死に車庫の前の情景を思い出し、足で地面に丸を描く。

水衣が顔を突っ込んで確認してみると、どうも屋敷の車庫前のようだ。

とりあず二輪を穴にいれて、水衣、舞衣の順で戻ることに。

時間を見ると4時50分、1時間弱短縮できることになる。

6時には侍女じじょが部屋まで起こしに来るから絶対に部屋に居なければならない、時間ギリギリでバレる危険性きけんせいを抑えられるならそれに越したことは無いだろう。

家人けにんは起きだしている時間だろうが、厨房長ふくめ一部だろうし車庫までは来ないだろう。


 早速二輪を穴に入れ、水衣が入り、舞衣も入った。

車庫の鎧戸シャッターは閉めたが鍵は開いていたので、水衣に開けてもらって二輪を格納する。

車庫の外に出て鍵を閉め、地面に膜を張って舞衣の部屋に移動した。

そして舞衣と水衣の二人ともシャワーを浴び、出る前に着ていた寝間着に着替える。

舞衣の寝間着は冷や汗で濡れてしまって別のを着ざるを得ないが、これは正当な理由だろう。

最後は5時37分から20分ちょっと寝たふりをする。

ここまでは、完璧だった。


 午前六時。いつもなら侍女の千秋ちあきが起こしに来る時間だ。

しかし今日に限っては10分待てど20分待てど一向に起こしに来ない。

どうやら水衣の侍女のかつさんも居ないみたいだと言う。

まぁそんなことはさておき、7時に本邸で朝食を食べてそのまま登校しなければならないから今のうちに用意をしておかなければ。

きっと千秋も勝さんも本邸には居るだろう、と舞衣は考えた。

とはいえ登校するのに用意するものも大して無いし舞衣と水衣が制服に着替えて表へ出ようとするも、門扉を開けてくれるはずの家僕すら居ないことに気づく。

それにさっき部屋から出てからというもの、使用人の一人も見ていない。

まるでこの屋敷全体が一晩で幽霊屋敷になってしまったような心地になる。

 重い門扉を開けるといつもなら車を用意してくれている家従の宮里も居ない。

いくら本邸が坂を下って道を挟んだ向かいだからって、この扱いには流石の舞衣でも少し頭に来るものがある。

そんなに歩けと言うなら歩きます、と言わんばかりに舞衣と共に本邸への道を歩くことにした。


 桜坂さくらざかを下って本邸の前に着くと、何やら黒山くろやまの人だかりが出来ている。

何かと少しのぞいてみると、家令かれい岩清水いわしみずに宮里もいるし千秋もいる、家人けにん勢揃せいぞろいといった具合になっている。

何かあったのかと理由を聞こうとすると家人たちが駆け寄ってきた。

今まで何処どこに居たんだ、など質問の内容から察するにどうやら勝手に外出したことはっくのうにバレていたらしい。そんなことを聞かされながら、舞衣と水衣は彼女らの父の元へと連行れんこうされた。


 舞衣と水衣はそれはそれは大目玉を食らった。美味おいしい目玉焼きになりそうなほどに。

こんなに怒られたのは11年前に兄の慧一けいいちにちょっとした怪我けがを負わせてしまって以来かもしれない、と舞衣は思った。とはいえあの時はそれこそ泣くほど怒られたが。

どうやらあの二輪には小型の衛星測位装置えいせいそくいそうちが取り付けられていて、八王子はちおうじ市域しいきまでは正常に作動していたものの一瞬で屋敷に戻ってきたが為に八王子市域で事故にでもったのではないかと判断されていたようだ。

 一通り怒った精一せいいちは「もう7時20分だ、めしだけでも食べて行け」とだけ言い食堂しょくどうの方へと戻っていった。

日頃、水衣と舞衣は別邸の方の食堂で食事を摂っているから本邸の食堂へ来るのは久しぶりのことだった。

食堂で席に着いた舞衣と水衣、いつもと大差たいさない健康けんこう的な和食。

帝国ていこくホテル出身の厨房長ちゅうぼうちょうは毎朝こんな料理で良いと思っているのだろうか、などと思いながら、舞衣は今回の事を父にどう説明したものかと思案する。

先に切り出したのは父の精一の方であった。

「結局、二輪はどうなった」


 正直まともな言い訳が思いついていなかったので右手を水衣の方をチラッと見る。

はじめから助け舟を出してくれるとは思ってはいないが、どこか期待している自分がいる。

そんな舞衣をよそに水衣は何食わぬ顔でさけの小骨を消している。

器用だな、と舞衣が思うのと早いかどうか、水衣が切りだした。

「お父様、実は今回の事には特殊とくしゅな事情があるのです」

 舞衣は水衣が切り出したことに驚いたが、その事を父に言うかどうかは逡巡しゅんじゅんしていた。

時計は7時半を回ったところだ、学校まで30分で着けるとしても8時20分の始業に間に合わせるにはあと15分しか猶予ゆうよが無い。

だが、水衣がここまで言ってしまった以上は私にも説明する義務ぎむがあるのは間違いないだろう。

「お父様、私は昨晩啓示けいじを受けたのです。そして水衣と共にかの”御方おかた”のおぼしに応じ、力を得ました」

 父の顔がどんどんくもっていくのが見て取れる、これは大分まずいかもしれない。


 ええいままよ、と言わんばかりに立ち上がり舞衣は続ける。

「今からそこの暖炉だんろの目の前に現れますから、見ていてください」

 そういいつつ舞衣は自分の足元に足で丸をいた。

その刹那せつな、舞衣の身体は精一の目の前で消え、暖炉の前に落ちてきた。

精一は驚いた表情を浮かべ、着席ちゃくせきした舞衣の代わりに今度は水衣の方に視線しせんうつす。

水衣も慌てて立ち上がり、舞衣に続く。

「物を消す力で...」

 そういうと水衣は食べかけの鮭のった平皿ひらざらを父に差し出し、柏手かしわでを打った。

すると平皿に載っていた鮭は跡形あとかたもなく消え去り、精一は再び驚きの表情を浮かべた。

水衣が着席すると精一はしばらくの沈黙ちんもくの後、時計を見るとおもむろに口を開いた。

「もう40分だ、外に桐野きりのを待たせてあるから行きなさい」

舞衣と水衣は軽くお辞儀じぎを食堂を後にした。


 その一部始終いちぶしじゅうながめていた姉妹の母親である眞紀まき、兄の潤二じゅんじ当惑とうわくせざるを得なかった。

舞衣、水衣姉妹が突如失踪とつじょしっそうしたと思ったら何事も無かったかのように現れ、気まずい空気感につつまれた途端とたん狂気きょうきじみた告白こくはくをしたと思えば超能力的な瞬間移動しゅんかんいどう物体消滅ぶったいしょうめつを見せられたのだから。

人のいきを超えた啓示の力、精一だけはその力に心当たりがあった。

現状げんじょうに混乱する眞紀と潤二をよそに、精一はつぶやく。

「まさか、九課きゅうかたよることになろうとはな。」

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