第3話 会場でお会いできる人々
「ディアレスト卿! 相変わらずお美しくてクールだわ〜」
あっという間に女性に囲まれてゆく、一人の男性がいた。他の男性よりも頭二つ分ほど背が高く、料理のほうへ向かうでもなく、恰好こそタイトな正装で整えてはいるが不機嫌そうに金色の眉毛を吊り上げて、突っ立っている。
(う……私はあの人苦手だな。たまたま外でお会いしたときも、睨まれたし、挨拶も無視されたし。レディに対する態度がおかしいなら、うちのお客さんにならなくっていいわ)
別の人へお声掛けに向かうメリアナ。
「こんばんは、ほんのちょっとお時間よろしいですか?」
大きな取り皿を片手にした小太りな紳士に、声をかけた。
「じつは当店メリーメリー・ショップで取り扱いを開始いたしました、新作の紳士用手袋がございまして――」
「ああ、うちはそういうの間に合ってますから。手袋は、いっぱい持ってますし」
露骨に嫌な顔をされた。しかし、メリアナの両目がキラリと光る。
「なんと! 発汗性に優れ、手が湿らない! アレルギー持ちのお人にもオススメ! ペンも持ちやすくて、お子様を抱っこするときも手が滑りにくい!」
「……」
紳士が長考し始めた。
手袋が好きで、でも太ってしまって汗っかきで、小さいお子さんがやんちゃ盛りで、よく抱っこして捕まえていて……メリアナが事前に調べていた、未来の顧客の身辺情報だった。
ちなみに食事前に声をかけたのは、彼は早食いな上にいつも食べ過ぎてしまって、高確率で胸焼けを起こして機嫌が悪くなるからだった。食事だけして具合を悪くして、帰ってしまうこともある。
しかし、商品を気にいると末永く愛用してくれる上、贔屓にもしてくれるため、メリアナも人脈が広げやすい。
奥様も美人で、流行り物に敏感。夫が贔屓にしている店関連ということで、自然と奥様とも縁が繋がってゆくだろう……以上が、メリアナの見立てであった。
「一つ、もらおうか。その、子供を抱っこできる手袋を」
「ありがとうございます〜! 会食が終わり次第、注文書をお持ちいたしますね!」
まさかの、この場で注文が。メリアナは満面の笑みで頭を下げた。心の中では、ガッツポーズ!!
(よっしゃ、リサーチ歴数年でようやく太客候補ゲット! 注文書、絶対に忘れないようにしなくっちゃ)
お次は、イケメンなお子さんが二人いる奥様へ。お子さんも奥様も、無難だけど少し冒険したい髪色の染め粉をお求めであるのは、リサーチ済みだ。
(あの奥様は、スイーツを食べてるときが一番ご機嫌になるのよね。今はお魚のソテーを召し上がってらっしゃるから〜、別の人にお声掛けしながら、時間を調整しますか)
あれこれと計算しながら、ふと、美味しそうな湯気をくゆらせる銀縁のワゴンに目が釘付けに。トロトロのミニオムライスにたっぷりケチャップをかけて、甘いキャラメルがけナッツも添えて、白いお皿にコントラストを作ってみた。
「ふふ〜、我ながらキレイにできたわ」
大きなスプーンでぱくりといきたくなり、ナイフなどのカトラリーはどこかと辺りを見回していると、
「ディアレスト様、こちら子鹿のジビエだそうですわ! さっきシェフの者に聞いて参りましたのよ」
「食べられるお花のサラダだそうです! ディアレスト卿は、可愛い物がお好きだと伺いましたので、お取りして来ました!」
「ディアレスト様、水分摂取は大事ですよ〜。先程から何も召し上がってないじゃないですか〜」
なにやら背後から、嫌な予感が漂う。メリアナは躊躇しつつも、振り向いてみた。
そこには、様々なご馳走をお皿に盛られて囲まれているディアレスト卿が。女性陣は良かれと思って、あわよくば自分自身の家庭的な一面をアピールしようとキャアキャア大騒ぎしている。
(うーわ、頼まれてもないお料理に囲まれて、めちゃくちゃ不機嫌そう。周りの女の子たち、早く気づいて〜!)
あの男性が声を荒げる姿は、一度も見たことがなかったが、今にも場が凍りつきそうな一言を放ちそうな雰囲気である。
無言で歩きだす、ディアレスト卿。革靴に覆われた長い足の歩幅に、すぐさま追いつける者は誰もいなかった。彼の従者である、お年を召した執事を除いて。
(あ〜、扉のほうへ歩いて行っちゃった。あれはしばらく戻ってこなさそう)
置いて行かれた女性陣、何名かはさすがに諦めた様子だったが、数名が未だ静まらない。
「洗練された大人の女性しか、相手にしなさそうな雰囲気がいいわよね〜」
「意識高そうだけど、そこがいい!」
「結婚後は態度が軟化しそうな気配がするけど、それはそれでアリ!」
フラれても、はしゃぐミーハー娘。メリアナも彼に妙な態度さえ取られていなかったら、あの中に仲間入りしていたかもしれなかった。
(ディアレスト卿も、もう少し何か、こう、なかったのかしら。周りに挨拶くらいしたって減るもんじゃなし……ん? あら!? ディアレスト卿の後頭部に、真っ赤なおリボンが! しかも、大きくてふっくらした蝶々結び! 髪が長くて綺麗だとは思ってたけど、ちっちゃい女の子のドレスの飾りみたいなリボンで、髪を結んでる〜!)
誰も指摘してあげなかったのかと、メリアナは顔が引き攣った。
ディアレスト卿の後ろを歩く執事が、へらへらしている。
「いや〜、毎度のことながら、花のようですな〜」
「フン、陛下が庶民上がりまで招かれるようになってから毎度この騒ぎだ。ああ、ここで友とゆっくり語り合うのが、好きだった……」
扉の取っ手を掴んで、ぐっと引っ張るが、びくともしない。
「ん?」
「ああ、言い忘れておりましたが、こちらの扉は警備の都合上、施錠されておりますよ」
「……チッ。早く言え」
不機嫌極まりない形相で、ヅカヅカと、メリアナのいる方へ歩いてきた。
(わわわ! こっち来た!)
メリアナ、思わず持っていた皿を、見つけたばかりの大きなスプーン付きで、盾にするように体の前へ突き出した。
ぱしっと掴まれ、持ち去られる、オムライスの載った皿。
「ええ!? ちょ、ちょっと! それはあなたに差し出したわけじゃありませ――」
バタン、と扉が閉められた。
残されたメリアナは呆気に取られ、空っぽの左手をわきわき。
(……うっそー! あ〜、せっかくキレイに盛り付けたオムライスが〜。あの人、女の人に貢がれ慣れてて、私が持ってたお皿も貢ぎ物に見えたのかしら。失礼しちゃうわ〜)
食べる気満々だったから、ショックもひとしお。さらに大勢からの刺すような視線に気がついて、おそるおそる振り返った。
花のようなドレスに、歯を食いしばってメリアナを凝視する頭部が、ぎっしりと並んでいる。
(あー……これはー、今日は若い女の子向けの商品は、売れそうにないわね……)
どう言い訳したら良いやら、メリアナは肩をすくめるしかなかった。
しかしメリアナはめげない。お客様が風評被害で離れてしまうことだってありえるのが、商売というもの。無理せず慌てずに、なるべく相手と似たようなメニューを小皿に盛り付けて片手にしながら、共通の話題やらお悩みに寄り添いながら、少しずつ貴族の方々にお声がけしてゆく。
(よし、お店の宣伝も済ませたことだし、今から自分の好きなモノを、めいっぱい食べまくるわよ~!)
デザート類を取りに行くと、ちょうど友達も集まっていて、お互いに商談の塩梅はどうだったか成果を話し合った。
「私はぜーんぜん! イケメンに声かけられちゃって、仕事どころじゃなかった〜!」
「あー、私も、ついディアレスト卿にべったりくっついちゃって、他の人が目に入らなかった〜」
「サーヤは?」
「私は、少しだけ商品の注文が取れたわ。でも大変だった。楽しそうにしてる人たちの輪に飛び込んでお話するのって、すっごく怖くて……」
「メリアナは? なんか今日頑張ってたじゃん、ディアレスト様にもお料理を受け取ってもらってたし」
う、とメリアナは言葉に詰まったが、なんとか飲み下して、説明した。アレは勝手に取られたのだと。
友人たち相手に、あれこれと説明するメリアナを尻目に、一際豪華な羽根飾りの付いた大きな扇で口元を隠しながら、少女が一人、料理を選んで皿に盛る国王陛下に近付いた。
「陛下、伝統あるサロンにあのような騒がしい者たちを、臣下の中にも、未だ眉をひそめる者が多くいます。差し出がましいことを申し上げますが、やはり、次回からでも辞めにしたほうが――」
「まあまあ、結果を焦ってはいかんよ。これでいいのさ。身分や血筋を限定しての付き合いでは、我々のほうが萎縮してしまうではないか」
「萎縮? あのような者たち相手に、わたくしどもが萎縮など……」
「お話してみたら? きっと楽しいよ」
言い負かされている淑女に、メリアナは内心でニヤニヤ。
(私、知ってるわ。今の王様が、こんなふうに身分差を縮めてパーティを開催する理由。お父さんから聞いたもの)
先代の王は身分制度に神経質で、年を追うごとに年々悪化し、ついには王妃の手作りしか口にしなくなってしまった。本格的な料理などやったことがない王妃は、日常の仕事の多さもあいまって、夫婦仲は悪化の一途を。そんな姿を見て育った現王は、身分や血筋に神経質な人間に嫌悪感を抱き、才能とやる気と、信用ある家系の出身者ならば、こうして招待し、接待できる機会を設けたのだった。
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