第二章  謎多き恋人

第5話   双子の男児と再会

 もしかしたら、このまま縁談がとんとん拍子に進んで、未来の夫となるかもしれない相手。なんとしてでも調べてみせる、と強い執念を胸にして、近隣の古株カフェから、王国の歴史に詳しい元講師などなど、最近ここに引っ越してきたばかりのメリアナは、自分よりも以前からずっとここに暮らして長く、尚且つあらゆる事情に精通していそうな人物を頼った。


 六十年以上も前に建設された王立記念図書館にも入って、最近この国で優秀な手柄を立てて表彰された人物や、時の人、とにかく王様から一目置かれそうな男性を片っ端から調べてみた。


「う、嘘でしょ!? カイゼルなんて人、ほんとにどこにもいないんだけど!」


 上がる名前は、ディアレスト卿が多かった。フーガ・フィン・ディアレスト。弱冠十三才にして荒野の大教会を継ぎ、現在二十二歳に至るまで、厳粛に規律を守りながら教会を強固に護っているという。


「この国に大きな教会なんて、あったのね。でも、なんで有名じゃないんだろ、観光地にすれば人気が出て、経済も回って、いいこと尽くめじゃない?」



 図書館の閉館時間が迫り、メリアナは自宅近所のカフェでお茶しながら、ぼんやりと茜雲を眺めていた。レモン色のカーテンが、爽やかに窓枠を飾っている。


 ほぉ、とため息をついた。


「こんなに探しても、手掛かりが見つからないんだもの……もしかしたら、お城の秘密を守る番人みたいな、影に生きる忍びの者……だったりして?」


 誰にも聞こえないぐらい小さな声で呟いていたはずなのに、「だったりして〜?」とこだまが返ってきた。


「ん?」


 テーブルクロスを鷲掴む、小さな両手と、それにアゴを乗せてメリアナを見上げる、大きな瞳が二人分。


「おねーさんだ」


「このまえあった、おねーさんだ」


 いつぞやの双子だった。どう区別すればいいやら戸惑うほどの、瓜二つの顔、そしてそっくりなオシャレ着姿。大きな目でジーッとメリアナを凝視している。


 危うく悲鳴を上げかけ、すんでのところで踏ん張り、優しく笑いかけた。


「こんばんは、また会ったわね」


「それ、にがいやつだー! なんでこんなの、のんでんのー?」


「ぼく、リンゴジュースがすき」


「えっと、あなたたちのお父さんは、どこなの?」


「いなーい!」


「トイレー」


「そう、お手洗いにいるのね。それじゃあ、お父さんが出てくるまで、一緒に待ってましょうか」


「え? パパ、トイレにはいないよ?」


「トイレいきた〜い。おねーさん、ウ〇コ」


 トイレに保護者がいるのではなくて、自分がトイレに行きたいという意味だった。


 メリアナも大慌てで立ち上がった。


「わかったわかった! 連れてくから、もう少しだけ我慢してね!」


 双子のうちの片方と手を繋ぎ、ふと、もう一人がイスに座りだしたので、ついてこないのかとメリアナは尋ねた。


「え〜? おれ、まだウ〇コでないもん」


「ウ、あのね、お食事するところで、そういう言葉を使っちゃダメよ」


「なんでー? おねーさんはウ〇コしないの?」


「だから、そういう言葉は」


「どうしてウ〇コでないのー?」


 幼い子のミラクル会話に、メリアナは目が回ってきた。無邪気で声も大きいから、周りからクスクス聞こえる。


(困ったわね、こっちの子はイスから下りないし、この子はお手洗いに行きたがってるし、お父さんはいないし。あ、そうだわ、店員さんにイスの子を見ててもらいましょ! 迷惑かけちゃうだろうけど、あの子を放置してたら行方不明になっちゃう気がするわ)


 というわけで、レジの店員さんにお願いして、いっとき預かってもらった。


「お待たせ。お手洗いに行きましょうか」


「どっかいかないでね! ぼくがでるまで、とびらのそとで、まっててね!」


「も、もちろん置いていったりしないわ」


 この後、男の子が便秘であることが判明したのは、メリアナがトイレの前で十分以上も待たされた後だった。


(う〜わ〜、子育てって大変ね。帰ったら両親にお礼を言いたい気分だわ……)


「おねーさん、いる!? ちゃんとまってる!?」


「はーい、いるわよ〜」


 このやり取りも何度目か、もう覚えていなかった。



 すっかり迎えが遅くなり、イスに座っていた子も回収した。勝手にアイスを三つも注文しており、もう一人の子も同じ物を食べたがって、手持ちの少ないメリアナが困っていると、レジの女性が、


「大丈夫ですよ、ツケでいつもお支払いされてますから」


「え? どなたが?」


「カイゼル様です」


 まさか、こんなところでその名前を耳にするなんて、思いもしなかったメリアナは、さすがに自身の耳を疑った。


「カイゼル様!? あの、その御方について、もう少し詳しく――」


 店員もハッとして口を押えた。


「申し訳ございません! これ以上は」


「そ、そこをなんとか!」


 手持ちがないので、多めのお金で相手と取り引きするのも叶わない。


 ペコペコと謝罪する店員に、何度もお願いしていると、


「なーに? 店員いじめ? いやーね〜」


「店員さんも大変だな。文句言う客なんて、たいがいやっすいメニューしか頼んでないくせに声だけでかいんだよな」


 メリアナはギョッとして、首だけで振り向いた。


(ウソでしょ、これ以上店員さんにお願いしてたら、私の社会的地位が地の底に落ちちゃうわ!)


 狼狽するメリアナに、店の奥から店長らしき雰囲気の男性が現れた。


「あの子たちは、カイゼル様から預かっているんですよ。ここでお金とお買い物の、お勉強中なんです」


「お勉強中って……めっちゃアイス買ってましたよね」


「ハハハ、たまのご褒美だそうですよ。のびのび育てて差し上げたいそうです」


 のびのび育った結果、オシャレなカフェでウ〇コを連呼する子になっていると……。


「あの、そのカイゼル様は、今どこにいらっしゃるんでしょうか」


「ご心配なさらず。ちゃんとそばで、見守っていらっしゃいますよ」


「え? 今そばに、いるんですか???」


 急いで辺りを見回すが、そもそもカイゼルの顔を知らないメリアナに見つけられるはずがなかった。


「どこにいらっしゃるんですか?」


「すみませんが、これ以上は……」


 ついに店長も口をつぐんでしまった。それでも、「ヒントだけでも~!」と食い下がっていると、


「あの女の子、まーた店員いじめしてるわよ」「食べたんなら早く帰ればいいのに。いつまでもレジの前で、何をグズグズ言ってるんだ」「きっと親もあんな人なのよ」


 メリアナはハッとして、店員に謝罪し、今回ばかりは引き下がることにした。カイゼルのことを知りたいあまりに、困惑している店員に詰め寄ってしまったのは、言い訳しようのない事実だったから。


(これ以上の長居は、デメリットにしかならないわね)


 メリアナは双子を店員に預けて店を出ると、一人悶々と考えながら帰路に着いた。


(私がお母さんになったら、やっぱりダメなものはダメよって、教えてあげたいわ。だって無知なまま恥を掻くのは、あの子たちなんだもの。ちゃんと指摘して直させないと、後々かわいそうよ)


 なぜ縁談相手が、あの双子の面倒を見ているのか。なぜトイレに行きたがっている子を放置したり、好きなだけアイスを注文しても注意しないのか。


(う〜ん、もしもカイゼル様と結婚したら、子育ての方向性でたくさん話し合いが必要になるかも)


 どんなふうに話し合うべきか、メリアナ自身は、どのような子育てをしたいのか。そんな未来に向けて、あれこれ思案していると、


「ふふっ」


 なんだか、今の自分の状況がおかしくなってきた。


「私、意外と前向きに考えてるんだ、結婚のこと」


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