第4話 謎多き縁談
夕方頃に解散となり、友人とあれやこれや今日のパーティについてや最近の出来事について、たくさんたくさんしゃべりながら、お城周りの店で買い物を楽しんだ。
メリアナは最近城下町に引っ越したため、もっぱら案内役を買って出ていた。
どの子も滅多に会えないから、本当は夜になっても遊びたかったけど、両親に心配はかけたくなくて、一人、両親との待ち合わせ場所に立っていた。
「メリアナ〜!」
「メリアナちゃ〜ん! こっちこっちー!」
お客様から、商品の注文書をたんまりと請け合い、両手に書類をニヤニヤしながら持っていたメリアナの横を、両親が乗った馬車が通過する。
「あ、お父さんにお母さん! おーい! ここだよー!」
馬車がレンガ通りの路肩に留まった。メリアナが駆け寄って、扉を開けて車内へ乗り込む。
「じゃ〜ん、二人とも見て! 過去一、注文が取れたわ!」
「まあ!! こんなにたくさん? 本当にメリアナちゃんが?」
「うん! もう、疑わないでよね〜。私なら大丈夫だって言ったでしょ?」
たまに両親の愛情ゆえの杞憂が、重く感じることもあるけど、メリアナがそれを口にしたことはなかった。
「そう言えば、二人はどこにいたの? 今回の会食パーティには参加しないっていうのは知ってたけど」
軽い口調で尋ねたメリアナだったが、両親は、互いに顔を見合わせて黙ってしまった。
「え? ど、どうしたの? なにか悪いことでも起きたの?」
「メリアナちゃん、じつは……」
何か言おうとする母を、黙って腕で制して、父から話し始めた。
「メリアナ、じつは国王陛下から直々に、お前に縁談があるそうだ」
「え?」
商売のことではしゃいでいたメリアナ、いつかは結婚など考えるときがくるんだろうな〜とは思っていた。しかし、こんなタイミングだとは思わなくて、さらに陛下からの縁談とは。これは陛下から直々の、事実上の命令であった。
「へ〜、王様からの紹介なんだぁ。つくづく今の王様って、身分とか血筋とか、こだわらないよねー。こういう縁談って、由緒正しい生粋の貴族に来るのかと思ってた」
場の空気を変えようと、ケラケラ笑ってみせる。
だが、両親が釣られない。母はどこかハラハラした表情で父の腕を触っており、その父は深刻そうな顔で、ふぅん、とため息。
「もしかして、お父さんが真面目に働いてきたから、王様から信用を得られたのかも。遠くに新しいお店が建つたびにさ、お父さんが単身赴任になっちゃって、子供の頃は寂しい思いしたけども、それも報われた感じね」
「……」
「もう、どうしたの〜二人とも。お相手の男性が、かなりのご高齢とか?」
「いや、お前より二つほど年上らしい」
「お名前は? お父さんの知ってる人?」
「いや、知らない。唯一ディアレスト卿がお詳しいと
メリアナの眉毛が真ん中に寄った。
「あの人はとっても目立つ人だから、それこそ人伝に居場所を尋ねればわかったんじゃない?」
「無論、そうしたさ。たくさんの人が彼を捜していた。しかし、玄関すら通っていかれた姿を、目撃されていないんだ」
パーティ前に陛下から呼び出されて娘の縁談を持ちかけられ、詳しくはディアレスト卿に尋ねなければ何もわからないという奇妙な状況下に置かれたあげく、その男性が会場のどこにも見当たらないと。
「そうだったの。お城のどこかにはいらっしゃるとは、思うけど……私達じゃお城の中を勝手に捜し回るなんてできないし、困ったものね」
両親がどことなく疲れている理由が、判明したのだった。
「う~んと、私が思うにね、お城のどこかでお腹を壊して、トイレに籠られているのかも」
「なんだそりゃ」
「たぶん、アイスの食べ過ぎで……」
一度は人のオムライスを奪い取って、会場を去っていった男性。しばらく戻ってこなかったのだが、なぜか片手に、アイスのないコーンだけを何段も重ねて戻ってきた。
その後、陛下と何やら話し合い、なぜか陛下にコーンを全部渡して、またまた会場外へ。そのまま戻らず仕舞いだった。
「で、私の旦那様になりそうな人は、どんな名前なの? まさか、名前もわかんないとか」
「いや、さすがにそれは無いさ。カイゼル・フォーカスというお名前だよ」
「フォーカスさんかぁ……ちょっと聞いたことないわね」
両親も名前しかわからないと言う。貴族と商人という二つの草鞋を三十年近く履いてきた父さえも、相手の詳細が掴めず、肝心の陛下すら詳細を渡してくれないと。
もやもやする気持ちを振り払うためには、怖くても行動し、確認し、調べまくらなくてはならないことを、メリアナは心得ている。
(いったいどんな人なのかしら……。ディアレスト卿みたいな気難しい性格だったら、どうしよう……)
何も調べなかったら、わからないまま。世の中には、知らなくて良いことも多い。しかし知っておけば、早めに覚悟が固まったり、対策が取れるかもしれない。
メリアナは己の生き様を、強く信じる娘であった。しっかりした情報に基づいて商売する、そんな両親の背中を見て育ったのだ。
ポルカフ家のお屋敷は、お城の近場の城下町に、最近引っ越した新築だ。表側が大きなお店になっており、今日は親子揃って王城に参上していたため閉店しているが、開店時は棚に所狭しと、質の良い雑貨が並んでいる。
メリアナはドレスを自室のトルソーに着せ替えて、ゆとりある室内着に袖を通すなり、さっそく作業へ取り掛かった。
「えーっと、カイゼル様カイゼル様っと……顧客名簿に載ってるかしら」
バックヤードの、もっと奥。身内以外は立ち入り禁止の書庫にこもって、調べ物を開始した。
「あら? ディアレスト卿の名前、みっけ。へえ、うちでお買い物したことあるんだ……」
人差し指でなぞりながら、お取り寄せの購入品名を調べてゆく。
「あったわ、えーっと……蝶々の、カフス? 耳飾りのことかしら。お届け先は〜っと……あらら、聞いたことない地名だわ。地図帳を取ってこなきゃ」
バタバタと、手に取る資料の種類を変えてゆく。本来の目的がすっかり頭から消えていた。
予想より大きな地図帳におののきつつも、丸椅子に座って地名を調べた。
「あら、とんでもなく遠いわね。辺りに何もない、変な所にお住まいなのね〜。……って、今はカイゼル様について調べてるんだった。完全に脱線してたわ」
再び気になる男性について調査を始める。顧客の名簿、地図帳、同業者の名簿、王族関係の人物の名簿に、お城で働く従業員の名簿、などなど、あの王様直々の縁談なのだから必ずどこかに名前があるはずと調べに調べて、探しに探して、結果、何も見つからなかった。
ディアレスト卿に近しい身内が誰もいない、ということが知れたぐらいだった。
「あぁあ〜、つっかれた……。うちには、これ以上の情報がないわね。どうりで両親も歯切れが悪いわけだわ……でも、まあいいか、他にも尋ねるアテはいーっぱいあるんだから」
「メリアナちゃん、ご飯もうすぐでできるわよー」
「あ、はーい! 今行きまーす!」
とりあえず、今日は疲れたので、明日にすることにした。
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