第2話   メリアナが参加している意味

「これで全員かな……うわあ!!」


 会場の扉を閉めようとしたドアボーイが、猛ダッシュしてきたメリアナ嬢に仰天して、慌てて扉を大きく開けた。


「ごめんあそばせ! ぎりぎりセーフですよね!」


「あ、はい」


 ドアボーイが気圧されしながら扉を閉めた。


 友人たちが安堵した顔で駆け寄ってくる。


「来ないかと思ったわよ、メリアナ!」


「もー、さっきから貴族のお嬢様たちが嫌味たらったらだったのよ。時間に遅れるなんて洗練されてない~、とかって」


「メリアナちゃん、間に合ってよかった〜。心配したんだよ〜!」


 メリアナは平謝りであった。


「本当にごめん! でもほら、間に合ったでしょ? 私の言ったとおりだった」


「もう」


 ちゃんと怒ってくれる友人たちをなだめながら、メリアナは親子らしき三人組を、視線だけで捜した。


 王城のダンスホールに集う有名人。様々な華やかさで競い合う衣装に目移りしてしまい、あの薄紫が見つけられない。彼らの他に子連れはおらず、その点から見ても目立ちそうなのに。


(おかしいわね。まさか、遅刻者は締め出すなんて新ルールができちゃったとか?)


 うろうろと捜し回ってみたけど、カーテンの裏側にもいない……。


 ふと、扇で顔隠しチームがクスクス笑っているのが耳に入った。わざわざカーテンをめくってまで小銭を探しているのかしら、などなど、頭の悪い内容が聞こえる。


(なーによ、私たち商人が見立てた商品を買って着飾ってるくせに。なに食べたらそこまで偉そうにできるのかしら!)


 気を取り直して、ざざっとホール全体的を捜したけれど、けっきょく見当たらなかった。


(う〜ん、お子さんが気まぐれを起こして、別の部屋へ飛び込んじゃって、それをお父さんも追いかけて、みんなして消えちゃったとか? まあ、お父さんごと移動してるんなら、大丈夫かしら……)


 メリアナは肩をすくめた。


(私も子供の頃は、よく両親に叱られたものよ。今なら親の気持ちがわかるわ〜。ちゃんと付いて来てほしかった……)


 がっかりする気持ちを切り替え、メリアナは不思議な親子の話題を、友人たちと共有してみることにした。想像ばかりしていても、何もわからないから。


 開演のファンファーレが鳴り響いた。同室での生演奏は、音量を含めて迫力があまりある。


 至近距離でラッパの音色が直撃したメリアナ、耳を押さえて大慌てで離れた。今この瞬間は楽団のモノ。この場の視線を一斉に集めて場を盛り上げ、次のイベントへと切り替えてゆく大事な瞬間である。


「ああ、びっくりした〜……」


 部屋の隅に避難していると、ぐいと肩を掴まれた。友人の一人、サーヤであった。


「なにしてんのメリアナちゃん! 変に目立っちゃ、またヒソヒソ言われちゃうわよ」


「ふふ、ごめんごめん。さっき話してたナゾの親子のこと、けっこう気になっててさ、ずっと捜してたのよね」


 再び仲良しグループの中に戻るメリアナとサーヤ。初めてこの交流会に参加したときは、右も左もわからぬ者同士、そして親が商人である共通点も相まって、自然と打ち解け、集まってゆくのも早かった。


 華やかな演奏が、楽しい時間の開幕とばかりに、うずうずした余韻を残して静まった。


「国王陛下の! おな〜り〜!!」


 この城で一番声が大きな従者の号令に、会場の招待客は部屋の真ん中を空けるために壁際へ移動。国王陛下入場の曲は毎回違っていて、今回はフルートが全面のマーチ。メリアナたちドレスの貴婦人は、スカートを左右につまんで、こうべを低く。男性陣も一斉に頭を下げた。


 会場の扉が開き、絵本の世界から出てきたかのようなほんわかした小柄なおじさんが現れた。頭の王冠に、背中の分厚いビロードのマント、色も見た目もたまねぎなカボチャパンツ。このおじさんこそ、この国の国王陛下、御本人である。


 メリアナは産まれて初めて国王を間近で見たとき、そのあまりの朗らかぶりに、どうしても引きつり笑いが抑えきれなくて、誰よりも深く頭を下げていた。


「いやはや~、皆の者、今年の交流会にも足を運んでくれて、儂とーっても嬉しい♡」


 早くも脱落者が現れた。互いの尻をつねり合い、絶対に笑うまいと必死に耐える。


「今日は遠方からはるばる有名なシェフも呼んだから、異国の味が楽しめると思うよ。儂も今日、何が出るか知らないんだ。ああ、と~っても楽しみだなぁ♡」


 始終このような口調の、国王。しかしその座を脅かせる者は未だ現れず、歴代きっての賢王とまで評される人物であると両親から聞かされたときは、メリアナは一晩中大爆笑したものである。


 その後も、吹き出すまいと耐えるだけで体力を消耗するほどのふわっふわした祝辞が続き、扉の外から、嗅いだこともない良い匂いが漂ってきて、「お♡」と国王が両手でほっぺたを挟んで喜んだ。


「来た来た~♡ それじゃあ今日は無礼講ってことで、身分とかそういうの気にせず、いーっぱいお話しちゃってね♡ ああ、でも、この会場だけだからね。お外では、いつもみたいになっててね」


 会場に運ばれてきた銀のワゴンに、少々甘ったるさが強めな香りの、肉料理、魚料理、サラダなどなど、その後から白の食器を載せたワゴンが続いて、最後にデザート系の数々を載せたワゴンが入ってきた。


(きゃあ~!)


 内心で大はしゃぎ。美味しい料理も楽しみだったのだが、メリアナの一番のお目当ては、


(合法的に、目上の方々や貴族のイケメンお兄さんたちとおしゃべりできるわ! すでに彼らの好みはリサーチ済み! ぜひぜひうちのお店をご贔屓にしてくれるよう宣伝しなくっちゃ!)


 自分が仕入れた商品で、勝負することだった。これが彼女たちにとっての、である。


(目の肥えたお金持ちや、イケメンさんたちが顧客になってくれたら、さらに大きな宣伝効果が出て、城下町のお客さんも付いてくれるはず! さあ、がんばるわよ~!)


 メリアナたち商人出身の女子、滅多に会えない立場の人々へ、いざ宣伝に走るのだった。


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