第18話   意味深な結婚式

 馬車は途中の山道を登れず、徒歩で越えるしかなかった。荷物いっぱい背負いながら、付き添いの猟師の鉄砲が五十発以上も鳴り響く事態にも陥り、メリアナは頭痛がしてきた。


 この道二十年のベテラン猟師が猟銃をリロードしながら、緊張した面持ちで辺りの茂みを見回す。


「いつもは一発撃てばしばらく寄りつかねえのに、どうなってやがんだ!」


 国王陛下もご参列している手前、雇われた猟師も弾数も半端なものではなかった。


「猟師さん、群れの巣が近辺に移動してしまったようです。どうかお気をつけて」


 猟師と話し込むカイゼルの横顔を眺めながら、メリアナは思い出した。


『バウワウ!!』


 アレが獰猛な野生動物の鳴き声と、酷似していたことを。


(まさか、手懐けてるの!? あの人に卿の姿を盗まれてたら、今頃国が大混乱に陥っていたかも)


 教会の出身者ならば、餌付けする機会はいくらでもあっただろう。



 過酷な山登りと、気の休まらない野営テント生活。それら試練を乗り越えた先に待っていたのは、やたら乾燥した何もない土地だった。


(こんな場所がうちの国にあったなんて。確かに地図には何も描かれてなかったけど、ここまでとはね)


 枯れかけた雑草が、季節問わず肌寒い地域一帯を寂しくさせている。


 誰もが不安視しかできない光景に、しかし負けず嫌いなメリアナ、さっそくあれこれと計画を立てる。


(夢だったお店を持つ前に、安全性を確保しなきゃ)


 まず建築業者を招くための、道の舗装から。そしてお店が完成したら、アイスクリームを仕入れるための最短ルートを、山登りの専門家を雇って相談する必要があった。


(双子の王子様のためにもね)



 荒野に広がる枳殻からたちのような柵、点在する屈強な兵士は異様な圧を放っており、それらに護られた大教会は、土台と太い柱こそ現役だったが壁はひび割れ、尖った屋根の縁は欠けて崩れていた。


 メリアナ、目を輝かせる。


「なんて荘厳な建物! ここがカイゼル様の育った場所。そしてカイゼル様が守ってきた家なのね! これだけでも充分に観光名所になりますわ!」


「か、観光? 犬か熊かわからない大型動物が出てくるのにですか?」


 メリアナは城から派遣された従者数名にお供され、不穏で美しい建物へと近付いていった。


「悪路と肉食動物さんについては、おいおい対処するといたしまして。ここは私たちの結婚式場! そしてメリー・メリー・ショップの最新号店の、ご近所さんになる建物ですわ」


 メリアナを見下ろす兵士達が、正気を疑う顔だった。



 過酷な山登りを終えたとたんに、とんとん拍子に事は進んで、あっという間に挙式当日。


「メリアナちゃんが荒野へお嫁に行くんだって、街で評判になってたわね。どこから情報が漏れたのかしら」


「隠すつもりはなかったし、宣伝になってちょうどいいわ」


 控室の大きな鏡の中に、どこの立派なご令嬢だろうかとメリアナ自身もぼんやりしてしまうほど、純白のドレスに身を包んだ美しい淑女が座っていた。後ろで母が髪を結ってくれている。白い花が髪に編み込まれて、華やかさの中に可憐さを添えてゆく。


「ふふ、みんな心配してたし、反対してくれた。うちの店は、良い人たちに恵まれてるわよね」


「あなたの馬車を見送るときは、街中がお通夜みたいになってたわ」


「街中は大袈裟よ、お母さん」


 母はカイゼルとの結婚に乗り気だった分、ずっと元気がなかった。「いったい何をやらかしたら、そんな場所に追いやられるのよ……」とカフェ友達の顔も引きつっていたそうだ。


「あなたの嫁ぎ先が、こんなに酷い場所だなんて思わなかった。カイゼルさんも偽名だって言うじゃない。そんな危ない人だったなんて」


「悲しまないでよー。私にとっても賭けなんだから、勝負する前から負けないで」


 鏡の中のメリアナが、薄化粧した瞼を閉じて、生まれ変わるような心地とともに目を開いた。


「私は全部自分で選んで、ここに来たの。初めは王様の命令だったけど、それ以外は、ほんとに全部自分の意思よ」


 嫁ぎ先へ向かう馬車へと乗りこむ、その間際まで、カイゼルに対する不穏な噂で街中がちょっとした騒ぎになった。やれ問題行動多発で宮廷魔術師の身分を剥奪されただの、雑草と石まみれの寂しい土地に永久追放されただの……図書館の資料に載っていたヘイリーの噂が、半分くらい混ざっていた。そんな所へ一人娘を嫁がせるなんて、とか、きっと娘も魔女なんだ~、とか、ポルカフ一家も言われている。


(まあ、これからこの土地を大変身させる予定だもの、ある意味魔女かしらね)


 国王陛下直々にお願いされて断れなくなっていただの、相手は未婚だが双子の子持ちだのと、噂の中には微妙に正解も混じっていた。


 噂を撤回して歩く時間も無いし、この際メリアナも風評被害を大いに利用してやるつもりだ。


(花婿さんは辺境に追放された魔術師だなんて~、私まで魔女呼ばわりとか、さんざんな新婚生活なんですけど~! ってバカバカしいくらいに宣伝してやりましょう。同情票と知名度が爆上がりしちゃって、集客の見込みも上がるわ~)


 明日になれば両親は店に帰り、自分だけがここに残る。姓が変わり、立場が変わり、戦場が変わり、そして彼の舞台に、自分も立つ。


 控え室の扉が、ノックされた。


「あら、もうなの? もっとお花を付けてあげたかった」


「ふふ、もう充分よお母さん。いつも家族のために、本当にありがとう」


 母のようにはなれないけれど、メリアナらしく、この地で地道にゆっくりと幸せを作ってゆく計画だ。



 カイゼルは本名と素顔を、式場で公開すると約束してくれた。古びたパイプオルガンの演奏が、廊下で父と並ぶメリアナに深呼吸する時間をくれる。


「もう少しレースの付いた、派手めなドレスにしなくて良かったのか?」


「え? も〜お父さんたら、今更着替えらんないわよ」


 メリアナが白いレースの手袋越しに、正装した父の腕と組む。


「まだ早いだろ」


「ふふ」


 扉が中から開かれた。いよいよメリアナ親子が、バージンロードを歩きだす。父の腕に、緊張のせいだけではない力がこもったのを、嬉しく思う反面、とても寂しく感じた。


 自分の決断が正しい自信はあるかと聞かれたら、だいぶ強がっている一面もある。そしてそれこそ、いつもの事。


 カイゼルが白のタキシード姿で、赤い絨毯に立っていた。こんなに背が高いのに、どんな場所でも溶け込む変装の達人で、薄紫の髪色とイエローアンバーの双眸が、白い衣装にも溶け込んでしまって相変わらず儚く見える。


(初めて会ったときは、まさかこの人の奥さんになるなんて思いもしなかったわ)


 父からカイゼルの腕に、メリアナが移動する。何か変な音がしたなと思ったら、カイゼルが息を飲んだ音だった。


 メリアナが見上げると、カイゼルも見下ろしていた。以前までは不安を覚えたこの瞬間も、今では思わず微笑んじゃうくらい面白い時間に感じる。


「パパー!」


「パパだっこ!」


 壁際に並ぶ来賓に混じって、双子がよじ登っている相手は、礼服を着た国王陛下。その隣には、ふくよかで体格の良い女性が寄り添う。いつぞやの会食パーティで、ベリージュースの空グラスを回収してくれたメイドだった。


「ママももっといっぱいきてよー!」


「ママなんできてくれないの〜?」


 秘密裏に双子を育てている夫婦は、身分が不釣り合いなんてレベルではない。国王とパートのおばさんなのである。


 我が子のために人形制度を撤廃した国王陛下が、小さな頭をヨシヨシと撫でる。


「こらこら、羽の耳飾りが付いた人をパパママと呼ぶ約束だぞ♡ ちゃんと約束守らないと、またしばらく会えなくなっちゃうよ? いいの?」


「えー!? やだやだやだ!」


「ぼくもやだー! ちゃんとパパのことはおーさまって、よぶー!」


 双子の大騒ぎで、司会を務める司祭兼老執事の、誓いの言葉が聞こえない。


 司祭が差し出したのは、あの羽飾りが納まった木箱。結婚指輪の代わりに、新郎新婦が互いの片耳に付けてあげる。


(コレって、卿がうちの店で注文した物なのよね。私はいつからカイゼル様のリサーチに引っ掛かってたのかしら)


 お揃いの蝶の羽飾りが、ステンドグラスから差しこむ日差しに輝いていた。


(まあいいわ。今更やだって言われたって、返品不可なんだからね~)



                      第一編 おわり

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花婿は辺境に追放された魔術師!? 私まで魔女呼ばわりとか、さんざんな新婚生活なんですけど~! 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar

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