第13話 あらゆる噂を持つ司祭
「今日だけで、すごい目に遭ったわ」
カフェで昼食を済ませて、また一仕事終えて、茜空を見上げながら帰宅。自室に戻ってきたメリアナは、夕飯ができるまでベッドで寝転がりながら、ヘイリーなる人物をどうやって調べようか、一人作戦会議をしていた。
そのうち、おもしろくてワクワクしてくる。
「私すごい事に巻き込まれてるわね。カイゼル様はいつも協力的な姿勢だし、今度は彼と一緒に、ヘイリーさんを調べてみようかな」
人生で巻き起こる数々のハプニングも、二人腕を組んで挑んでいけば、今までとは違った結果が出てくるのではないか。今はカイゼルが単独で手紙の問題に取り組んでいることだし、今回のことも、相談しようと思い至った。
「不思議ねぇ、家族以外でお店のことを相談したいだなんて。私どうしちゃったのかしら」
今朝から嫌なことがあったのに。昼間も怖い目に遭ったのに。今だって、ヘイリーなる不気味な噂が流されるかもしれないのに。
「変なの。彼と一緒に問題解決に奔走するのが、とっても楽しみだわ」
商売とは、何もないところから始めることもあるし、困難も逆境も襲いくる中で稼ぎ続ける策をひねり出さねばならないときもある。どんな事態も、両親は従業員たちと乗り越えてきた。両親の背中を見て育ったメリアナにとって「前途多難」はあって当たり前、もはや料理に入れる塩のような。
白ワインで蒸し焼きにされた魚介類の、空腹を拷問に変える香りが部屋まで充満してきた。
ご飯よ〜、と明るい声が。
「は〜い!」
今日の夕飯はたくさんがんばった愛娘のために、香辛料たっぷりの海鮮パエリアだった。
一晩しっかり休んでから、家の書庫へと足を運んだ。
「えーと、ヘイリー、ヘイリーねぇ……」
顧客名簿には、存在しなかった。数時間かけて家中の資料を漁ってみたけど、何も見つからなかった。仕事の手が空いた父も巻き込んで、過去にそのような名前に聞き覚えはないかと尋ねてみた。
すると、
「子供の頃に、そんなオバケの話を聞いたことがあるな」
「ほんと!? 教えて、どんな話なの?」
「う〜ん、パパはオバケやオカルトには興味がないからなぁ、詳しくは知らないんだが、ヘイリーとかヘンリーとかいう名前の、白い司祭服を着た、いかにも幽霊ですーって雰囲気の、若い人のオバケらしい」
「いかにも幽霊ですーって言われても、幽霊を見たことがないから、わからないわね……」
なんとなく、色素の薄い人物がぼんやりと頭に浮かんだ。だんだんと輪郭がはっきりと浮き出てきて、やがて会食パーティで出会った蝶の羽耳の青年になった。薄紫色の髪に、イエローアンバーの双眸、まとっていた白っぽい服装は、今思えば僧衣のようにも見えた。
(まさかね〜……だって、あの人は生きてたもの。お城で働いてる人に、双子ちゃんがジュースをこぼしたこと謝罪してたし)
考え込む娘に、父が眉をひそめた。
「急にどうしたんだ」
「う〜ん、もう少ししたら理由を話すね」
メリアナは八百屋の地下で遭遇した出来事を、両親に黙っていた。もしも話したら、心配されるあまりにしばらく家の中に閉じ込められかねない。
(ハァ、お母さんにも、それから従業員のみんなにも聞いてみて、それでも手がかりがなかったらご近所さんへ、さらに図書館で国内の七不思議も探すことにしましょ)
そしてメリアナの立てた作戦はあれよと言う間に、彼女を図書館へと導いていった。
「みんな子供の頃に怖がってた昔話なんて、大人になったらうろ覚えになっちゃうのね〜。まあ、私もだけど」
誰にも聞こえない声でぶつぶつ独り言をたしなみながら、窓際で一人、国内の不思議現象を特集した分厚い図鑑を読んでいた。貸出禁止、それ以前にこんなに重たくて分厚い本を手提げ鞄一つで持って帰ることは不可能なのではないかと思いながらページをめくり続けていると、ようやくヘイリーの項目を見つけた。
「えーと、なになに〜? ……え!? どういうこと??? この肖像画の資料、あの会場の羽耳の人そのまんまじゃない!」
ページには鉛筆画の写生のみで肖像画が描かれていたが、あの会食パーティで出会ったそのままの衣装も身に纏っていて、メリアナは驚きのあまり周囲から「シー」と注意を受けた。
「す、すみません」
ペコペコと謝罪し、ヘイリーについて書かれた文献を読み耽る。ヘイリーはメリアナの国では耳慣れない響きの名前であったが、他国では女性の名前として使われていた。肖像画もよくよく見たら、若く麗しい女性であった。白黒で表現されたとは思えない、神秘的な雰囲気が多くを魅了し、惹きつける。
「でも、この女の人、謎の失踪を遂げた後で、あの教会もどんどん廃れていって……ああ、現在は王家の命令で立ち入り禁止区域に認定されているのね。え? ディアレスト卿って、たしか、あの地区にお住まいだったはずじゃ……」
ヘイリーが生きていた頃は、教会が子供園の代わりになっており、教会からヘイリーが消えてしまった後は、その子供たちも行方不明に。噂ではヘイリーが若さを保つために食べてしまったとか。
王家の星読みとしての役割も担っていたヘイリー女史。不気味な予言ばかりするため、貴族の中には彼女を怖がる者も多かった。さらには、触れた物を瞬時に腐らせたり、手紙を出した相手を呪い殺したりと、異様に不気味な伝承が目立った。
呪術師、魔術師としても民から重宝され、その効能の高さ故に王宮から反感を買われて遠くの荒野へ移されたとも。もはや、ありとあらゆる不吉さを詰め込めるだけ詰め込んだかのような怪談であった。
「……ヘイリーさんも、苦労したのね。美人で王様にも気に入られてて、おまけに当時はまだ貴族の血筋うんぬんの問題があったから、異国の民だったヘイリーさんは、さぞ疎まれてたんでしょうね」
美しい肖像画が残っていたのは奇跡ではないかとメリアナは思う。高貴な身分の女性陣から、嫉妬の炎で燃やされていても不自然な時代ではなかったはずだ。
イスに深く背中を預け、うーん、と仰け反って天井を見上げる。
「こんなに面白いお話があったなんて、知らなかった〜。私はヘイリーさんの呪いだとか、そんな話は一切信じないし、美人さんだからむしろ有名税にあやかって、それっぽく見える不思議なインテリアグッズとか発注しちゃうけどねぇ」
昨日のバリトンボイスが、脳裏をよぎった。
『お前の店には、オバケが出るぞ〜』
『お前の店の物を買うと、もれなくヘイリーに呪われて不幸になるぞ〜』
「……縁起悪いこと気にする人は、ヘイリーさんの怪談を怖がるでしょうね」
案外デリケートな話題だったかと、メリアナは姿勢を戻して思案した。
「オーナーが怪談なんかへっちゃらでも、不気味な話すら平気で無視して商品を扱っていたら、お客さんからの信用が下がる場合もあるわよね……」
たとえば、この部屋は呪われている〜という根拠のない噂が流れている中で、平気な顔してその部屋を貸し出すオーナーなど。呪われている商品まで売って、そんなに金儲けがしたいのかとバッシングがくるだろう。
それを避けたく思う人が一人もいないなんて、到底思えないメリアナだった。
「……あのステキなお声の地下室の人は、ヘイリーさんの噂を辺りに流すつもりなのね。こんなにいろんな呪いを操るヘイリーさんだもの、誰かが必ず『嫌だな』とか『怖いな』って思う呪いを、一つは持ってそうだわ」
そして呪いの噴出口がメリアナの店メリー・メリー・ショップだなんて噂が流れたら。
「あ〜、結婚式までに噂が自然消滅すればいいけど。呪いの噂のせいで最悪な雰囲気のままウエディングドレス着たくないな〜」
人知れず頭を抱えるのだった。
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