第12話 幽霊司祭ヘイリー
「護衛も付けずに、徒歩で歩きまわるとはな」
「んー? どなたー?」
「あのような手紙を受け取っておきながら、怖くはなかったのか? どこから石が飛んできたって、おかしくない状況下だぞ」
「聞いたことない声ね」
メリアナはゆっくりと目を開いた。特に人影らしきモノは見当たらない。それ以前に、真っ暗で何も見えない。
「もしかして、カイゼル様に意地悪してるのはあなたなの? ディアレスト卿まで巻き込んじゃって。王様のお気に入りにイタズラしてると、後でどうなっても知らないわよ」
「他人を懸念している
「いっときの風評被害なら、むしろ宣伝になるわ。私はあのディアレスト卿と、陛下の秘書官ともダブル恋愛した悪女で、ディアレスト卿を振ってカイゼル様のもとへ嫁いだの。そんな武勇伝が、タダで手に入っちゃったんなら、私なら有益に使うわね。これで私は、今世紀最強の女傑になったわ。何を売っても、何を作っても、女傑ブランド商品よ」
嘘だった。リサーチしてないどころか、声のみで男性であることしか判断できない相手に、精一杯の虚勢を張って押し返していた。
「くくく、強情な娘だな。自身の名誉に付いた傷まで、糧とするのか」
「私の真実は、身近な人にだけわかってもらえれば、それでいいわ」
「では、その身近な相手にも被害を広めてやろうか?」
嘲笑混じりに挑発され、メリアナは眉間を寄せた。
「何をするつもりなの。うちのお父さんは王様のお気に入りなんだから、ケンカするならあなたも無傷じゃ済まないわよ」
「お前の店には、オバケが出るぞ〜」
「はい???」
「お前の店の物を買うと、もれなくヘイリーに呪われて不幸になるぞ〜」
メリアナは、呆れるあまりに眉間を押さえた。
「なんなの? その子供っぽくて低レベルな噂話は。そんなの流したって、せいぜい二週間程度で誰も気にしなくなるわ。ご贔屓にしてくれてるお客さんの数が、呪いなんて存在しないっていう何よりの証拠になるもの」
なんでこんな相手から自分の結婚を台無しにされかけているのか、メリアナは全く心当たりがなくて辟易した。
「お前まさか、ヘイリー・ギルルを知らないのか?」
「なんですって? ヘンリー?」
「ヘイリーだ。魔術師ヘイリー。お前の嫁ぎ先の、大教会を仕切っていた司祭だ」
「あそこって廃墟でしょ? なのに司祭様がいるの?」
「朽ちてなお、ヘイリーは教会を徘徊し、暗躍している……その様子では、国の七不思議すら知らんようだな」
メリアナは子供の頃から、気になる事ならなんでも調べる性分だけれど、なんでもかんでも知っているわけではない。今この時に必要な情報を調査するために多くの時間を使うから、縁遠い地域の怪談や伝説の真意などには、一度も関心を持ったことがなかった。
「オバケとか、七不思議とか。あなたって可愛い趣味をお持ちなのね」
「珍しい趣味じゃないだろう。皆が持っている一種の防衛本能だ。怪我をしたくない、損をしたくない、呪われたくない、殺されたくない……これらを鼻で笑い飛ばせる者は、稀だ」
メリアナは頭をガシガシ掻いた。
(こんなことぐらいでカイゼル様をあきらめたくないわ。ちょっと脅されただけで言いなりになってたら、今後も事あるごとに脅され続けてしまうもの。なんて言って
みんなが知っているらしき、ヘイリーの怪談。なんの情報も持っていないメリアナがこの話題で勝負をするのは、無理があった。そこで、相手の真意を想像してみる作戦に出た。相手は、なぜカイゼルの結婚に反対しているのか。なぜ直接反対しに来るのではなくて、こんなに周りくどい事をするのだろうか……。
「う〜ん、これは私の予想なんだけど、あなたはカイゼル様の同業者ね」
「なに?」
「お互い、同じような仕事をしていて、そして同じくらい、王様に気に入られてる。つまりカイゼル様とあなたはこの国の要人。お互いに危害を加えると厄介な事態になるほど、身分や立場が複雑化してる人なんだわ」
「……そうかもな」
「変な手紙や情報操作をしてまで、カイゼル様に結婚を思い留まってほしかったのね。彼に結婚されちゃうと、あなたのお商売に悪影響が出るのかしら?」
声が黙ってしまった。
「あなたのやり方は、回りくどいわ。カイゼル様を本気で蹴落としたかったら、手紙や噂なんて使わず、直接私を誘拐して人質にすれば早いじゃない。なんとしても結婚を阻止したかったら、私を殺しちゃえばいい。でも、あなたはそうしなかった。あくまでもカイゼル様を困らせる程度の嫌がらせで済ませてる」
「……」
「あなたはカイゼル様にも私にも、手出しできないお立場なんだわ。だから私をおどかして、婚約破棄させようと。手っ取り早く私の存在だけ消しちゃえば、わざわざお願いする手間だって省けたのに」
メリアナは遠巻きな言い回しで、あなたなんか怖くない、と宣言していた。
その場の空気の温度が、下がったような気がした。
「後悔するぞ……。アレの結婚を良く思わない者は、大勢いるんだからな」
「あら〜、人気者なのね、カイゼル様って」
「人気も何も、カイゼルというのは『アレ』がお前をたぶらかすために作った即席の『人形』だ。城でカイゼルなんて人間は雇われていない。この街でカイゼルなんて名前の男は、生きていない。カイゼルなんて、どこにも存在しない」
「今のあなたも、存在しない人なのかしら? 私を脅す用に即席で作った、お人形さんなの?」
メリアナはそろそろお尻が冷たくなってきて、立ち上がった。スカートの後ろをパンパンとはたく。
「アレと別れろ。お前が嫌だと意思表示すれば、アレも陛下もあきらめる」
「嫌よ。どうして見ず知らずのあなたに、私の幸せを左右する権利があるの」
天井からガタンと音がして、光が差しこんだ。
「いや〜、ごめんねメリアナちゃん! 新人が失礼したよ。まさか閉じ込めてたなんて!」
「いいえ、お気になさらず。娘さんはご無事でしたか?」
大慌てで下りてきた店長が、それがさ〜と長くなりそうな出だしで話しだした。
「娘は女房に似てモテるからなぁ、笑顔で接客してるだけで、勘違いする男が多いんだ。いきなり店のレジに割り込んできて、バラの花束なんかどっさり置くもんだから、会計中のお客さんが驚いてたのなんの」
どこかの誰かさんから似たような突撃訪問をされたメリアナ、苦笑するしかなかった。
(あちゃー、プロポーズ失敗しちゃったのね……)
メリアナの結婚も前途多難。思わず薔薇の花束の主にも、同情してしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます