第三章  彼女の奇妙な嫁ぎ先

第16話   どうして私を選んだの?

 このまま顧客との関係性も回復してゆくだろうと踏んだメリアナは、彼を再びポルカフ家へ招いた。母自慢の手料理で夕飯を楽しんでもらいたくて。


 それと、これから夫婦となるのだから、ほんの少しくらいはそちらの事情を吐いてほしいという思惑も込めて。


 父も同じ気持ちだったようで、カイゼルがダイニングに足を踏み込むなり、席につかせて、あれこれと尋ねた。まず最初に話題になったのは、彼の『ヘイリーそっくり』の恰好について。


「僕のこの格好は、国の外れにひっそり建っている大教会の警護をするためでした。ヘイリーに変装して教会周りをうろつけば、みんな怖がって侵入や窃盗をあきらめるんです。それでも強行する輩はいますので、そういうときは付近に立っている憲兵に取り押さえてもらいます」


 カイゼルは王命を遂行するために大量の「人形」を所持しており、同一人物だと周囲に知られないように、人形同士の関係性もしっかり作っていた。カイゼルとディアレスト卿は不仲な幼馴染で、影と光のように正反対の趣向をしている。ヘイリー女史そっくりの人形は積極的に人前に出す用ではなかったのだが、会食パーティでジュースをこぼされたときは大勢の前で謝罪する羽目になった。


 メリアナは婚約者に、演技などせずありのままで接してほしいとお願いしたら、カイゼルから激しい感情の起伏が消えた。いたって普通の、物静かな青年になった。今日の格好も相まって、ふと目を離した隙に消えていそうなほど存在感が滅した。


 カイゼルの本当の職業は『人形ドール』と言う。貴族との間に産まれた平民の子は世間から隠され、表向きは教会に身を寄せる孤児として、しかし尊い血筋とも平民とも扱えないことから、その存在を持て余されてきた。


 大教会は、そんな子供たちの寄宿舎代わり。年長者が司祭となり、彼らをまとめた。婚姻は人形同士限定、しかも王命が下るまで勝手な婚姻は許されず、多くが生涯独身で過ごした。貴族同士の婚姻が重なり、血が濃くなってくると、人形の中から若い娘を選んで跡継ぎを産ませる役割も。メリットの少ない隣国の貴族との婚姻にも、人形が使用された。親である貴族からは疎まれ、二度と会ってもらえず、逃げ出そうにも悪路の中、希少種かつ獰猛な肉食獣がうろついており、獣を傷付けると希少種を害した罪で何年も監禁された。


 人形の中には親に似ている子もおり、身内の影武者や毒見係として屋敷に戻されることもあったが、大事にされていたかは甚だ疑問だという。


 現国王の時代になり、ようやくカイゼルたちは自由の身となった。現王の支援で就職し、それぞれ自立しているそうだ。カイゼルのように特殊な才能を買われて、城で召し抱えられている者もいる。


「現王は長らく続いていた人形制度を撤廃しました。未だ貴族側からは反発されていますが、お陰で僕たちは不当な拘束に縛られずに生活することが、できるようになりました」


「お人形さんたちは、大勢いらっしゃいますの?」


「僕を含めて五人です。好色な貴族は、ここ何代も現れていませんでしたので」


 メリアナが思っていたよりも少なかった。


「私との結婚を賭け事にしていたのは、お仲間のお人形さん?」


「ああ、そこまで見当を付けていたんですね。ええ、貴女との結婚によって影に隠されていた歴史が、大きく変化していきますからね、そんな大掛かりな第一歩なんて踏めっこない、って仲間から笑われてました」


 まるで改革を起こすような話に、父が眉毛を跳ね上げた。


「歴史を変えることを陛下がお許しに? 何か、事業でも興すのかい?」


「さすがはお義父さんです、察しが良い」


 カイゼルが話した国家機密は、ポルカフ一家を唯一無二の存在として信頼する、国王からの重大な密命であった。


「な、なんだって!? 陛下が、そこまで我々を重んじてくださっていたとは!」


 恐るべき内容、またとない幸運。しかしここまで足を踏み込んだ手前、断ることは死を意味していた。現王が日々ぽやぽやを演じ続けるほどに重大な秘密が、あの双子の男児に刻みつけられていたのであった。



 母は最近も食べた海鮮パエリアを作り、


「娘の好物なんですのよ。あなたの好きなものも、教えてくださいな」


 と自然な形でカイゼルの食の好みを聞き出していた。


 楽しい晩食はあっという間で、彼はあの妖精のような姿のままで帰っていった。後ろ姿は本当に幽霊そのもので、彼が歩くだけで通行人が道をあけてゆくので、また新たな都市伝説ができやしないかとメリアナは冷や冷やしながら見送った。


「……あ~、行っちゃった。けっきょく今日も聞けず終いだったな」


 メリアナは玄関の扉を閉めて、一人ため息。


 聞きたいけど、不安で聞けない、でも聞き出したい、だけど尋ねたら夜も眠れなくなるほど考えてしまう、それを覚悟で聞いておきたいことがあった。


(どうして、私を選んだんだろう)


 たくさんいる女の子の中で、自分のどこを好ましく思ったのか。それとも、王様の命令で近づいてきただけか。


(王様の命令が理由なら、三ヶ月して嫌なら別れるなんて言い出さないか。そもそも命令なんだから私の意見や機嫌なんて伺う必要ないのよね。……じゃあ、やっぱり、私の何かが彼の気を惹いたのね……)


 大教会が建つ場所は、獰猛な野生動物は出るわ、足場の悪さは往来に支障を来たすわで、新人商人のメリアナにとってハード過ぎて旨味が無い。客と従業員の身の安全が保証できない時点で、立地条件として最低だ。


 そんな土地へ嫁がせるだなんて正気の沙汰ではない。しかしメリアナは応じた。ライバル店どころか教会しか建っておらず、身の安全も全く保障されていない、そんな土地に。


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