第7話 お散歩デート
皆が父に注目する。広げられた手紙と、封筒を持って、父は話し始めた。
「この手紙の封蝋は、確かに王家の家紋だ」
「はあ、はい」
「君が王家に仕えているのは、本当のようだね」
こくこくと無言でうなずく青年。なぜ念を押されているのかわからないといった顔で、メリアナの父に不安そうな視線を向けている。
「メリアナ、王家と近しい人を身内にしたら、商売の客層が会食を挟まなくても広がるぞ」
「お父さん、人前でヒソヒソしたら不審に思われるから、やめて」
ひそひそ言い合うポルカフ親子を、きょとーんと見つめる青年。その無垢な眼差しに気づいた親子は、慌ててイスに座り直した。
「えー、アー、ごほんっ! カイゼル君と言ったね、じつは、陛下から直々にお手紙が届いてね、たった今、開封したところだったんだ」
「え? あ、はいっ、そうだったんですね」
「それで、その、このお手紙にね、君と娘のことが書かれてあったんだよ」
カイゼル青年が、ちょっと怯えた。
「えっと、あの、どのようなことが書いてあったんでしょうか」
「ぜひ、前向きに検討願うと、書かれてあった。君は陛下から大変評価されているようだね。娘宛てだが、気乗りがしなくとも様子見程度に結婚してやってくれないかと、ここに一筆添えてあった。陛下は君と娘の縁談を、とても案じていらっしゃるご様子だ。ここまで気にかけて頂けるだなんて、君の普段のおこないの賜物なんだろう」
カイゼル青年、目をぱちくり。しばらくして、ついに顔全部が真っ赤になった。
「いえ、そんな、僕なんて……言われた指示をこなすだけで、いっぱいいっぱいで」
その後は聞き取れないほど早口で、何やら謙遜した台詞が続く。
メリアナの両親は、顔を見合わせて、吹き出した。
「なんだか、良さそうな男性ね、お父さん」
「ああ……最初見たときは何事かと構えてしまったが、なんだか拍子抜けしてしまったな」
もはや父の咳払いが、何かの合図と化していた。
「メリアナ、少し彼とお散歩でも行ってきなさい」
「え?」
なんで? と表情で尋ねる娘を、肘で小突く。
「玉の輿だぞっ、玉の輿。彼は一見するとなよなよしているが、陛下から可愛がられているぐらいだ、きっと将来有望に違いない」
「だからお客さんの前でひそひそ話しちゃダメだってば、お父さん」
二度も目の前での内緒話に、さすがにカイゼル青年も怪訝な顔をしているだろうかと、メリアナがおそるおそる反応を伺うと、
(うっ、雨宿りしてる野良の子犬のような眼差し……)
めちゃくちゃ不安そうな顔でメリアナを凝視していた。
(やんわり断っても、ショックで寝込まれかねないわね。王様からのお勧め物件だし……お散歩くらいなら、ご一緒しようかな)
メリアナは、折れることにした。イスから静かに立ち上がり、愛想笑いを浮かべる。
「ぜひ、近くの公園までご一緒してくださいませ、カイゼル様」
この辺りでは見かけない、背の高ーい青年と並んで歩くだけで、通行人から注目を浴びた。
「あらぁメリアナちゃん、ついにイイ人ができたの?」
ご近所さんから、からかわれるたびに、「そんなんじゃありませんよ〜」と苦笑まじりに否定してみせる彼女の横で、赤面してしゃべれなくなっている青年が並んでいるのだから、全く説得力がない。
「ちょっと、カイゼル様からも何かおっしゃってくださいよ」
「んっと……あの、えーっと……すみません、なんて言えばいいんでしょうか……」
ダメだこりゃ、とメリアナは肩をすくめた。
(これ以上ヘンな噂が広まる前に、公園に急ぎましょ)
歩幅を合わせてくれているのか歩くのが遅いカイゼルの腕を引っ張って、子供たちの笑い声が響く公園へと急かした。
ちょうど良い日陰に、ちょうど良いベンチ。公園で他の子と駆け回っている、あの双子たちが気になるのだが、彼らに気付かれると「わああ! なんでここにいるのー!?」「ぼくトイレいきたーい」などなど、ややこしい事態しか起きない気がするので、なんにも触れずに、となりに座るカイゼルに話しかけた。
「カイゼル様は、お歳はいくつなんですか? 私は今年で十七なんです」
「あ、僕、四十三です。陛下と同い年なんです」
「はい???」
「ふふ、冗談ですよ。あ! もしかして、信じちゃいましたか……?」
心配そうな顔でのぞきこんでくる。メリアナはちょっとのけぞって、さりげなく距離を取った。
「本当は、おいくつなんですか?」
「二十二です。よく、もっと若そうだって言われるんですけど」
照れ臭そうに頬を掻く。
カイゼルが五つ年上だったことに、メリアナは疑問を抱いた。
(変ね、お父さんの情報だと、カイゼル様は私より二つ年上だって聞いてたけど、聞き間違えたのかしら? たしか今年で二十二歳になるのは、ディアレスト卿だったわね。同い年だったんだ)
メリアナが年齢を話題にしたのは、初対面の人と距離を縮めるときは互いの情報を少しずつ出し合うのが、無難な方法であると知ってるから。中には個人情報を何も言いたがらない相手もいるが、この青年はなんとなく、質問すれば返ってくるような気がした。
だから、四十三歳だと返ってきたときは驚いた。そんな冗談を言う人だとは、思っていなかったから。
その後も、いろいろな自己紹介を交えながら、お互いの好きなモノを把握し合った。
カイゼルの好きなモノは、どれもこれも、今すぐに手に入る物ばかり。子供でもお小遣いを貯めれば、全て買い揃えられそうな。
特に、好物が生卵だと聞いたときは、調理の手間すら無いのかと驚かされた。彼を喜ばせるために用意する物が、あまりの安上がりとお手軽すぎて、拍子抜けしてしまったメリアナ。しかも趣味が筋トレと聞いたときは、鍛えてその華奢な体型なのかと、呆然とした。
いろんな「意外」がわかって、思わずメリアナは吹き出してしまった。
「な、なんで笑ってるんですか?」
「ごめんなさい、なんか、おもしろくて」
「え? おもしろ、かったですか? そんなこと、初めて言われた……」
「カイゼル様は可愛いですから、モテるでしょ。誰かビビッとくる人は、いらっしゃらなかったのですか?」
「えっと……昔から、あんまり目立たないほうだったので、特にそういった女性は……」
「あ、そう言えば私のアドバイスを求めて、訪問されたんでしたね。すみません、なんか、私もこういうことに不慣れで」
居心地の悪さに、メリアナも思わず頭を掻いてしまい、せっかく自分でセットした編み込み部分を少し崩してしまって、慌てて手櫛で整えた。
(何もリサーチしてない男の人と、一対一で並んで、こんなに長く話したことなんて、人生で一度もなかったなぁ。なんだか、ヘンな感じ)
どうすればいいのか、メリアナ自身もわからない。
(この人に似合う女性かぁ……サーヤかなぁ? あの子は働き者で真面目なんだけど、ちょっと怖がりだから、そういう気持ちに寄り添ってくれる男の人とが、お似合いかしらね)
しかし、おどおどしがちなカイゼルと、怖がりなサーヤとで上手くいくのか、メリアナは急に自信がなくなってきた。
(うぅ、男女の相性を考えて、互いに会わせて、紹介し合うだなんて。踏み込んだ事がない領域だわ〜)
思えばメリアナ自身も、イケメンに会えばはしゃぐけれど、誰かに本気で恋愛した経験が皆無だった。自分は色気よりも、仕事や食い気の強い女だったのかと、ショックを受ける。
(恋愛歴が皆無な私に、できるかしら。う〜ん……もっと情報が必要だわ。カイゼル様の好みの女性について、もっと質問しなくちゃ)
「あの、メリアナさん」
メリアナはびっくりしてお尻が浮いた。
「は、はい!! なんでしょう!」
「あのお手紙の、内容なんですが」
「はい……」
メリアナはまだ手紙を読んでおらず、内容を全て把握していない。カイゼルが何を言い出すのかと、内心ひやひやした。
宝石のような瞳が、真っ直ぐにメリアナを凝視している。首まで赤くなっていて、緊張のあまり首に血管が浮いていた。
「そ、その、僕との、結婚のこと……」
「はあ」
「その……前向きに、ご検討いただいたら、その、僕……すごく安心します」
「はあ、安心……」
「でも、僕の仕事、地味で、変なんで……もし、三ヶ月くらい一緒に暮らして、どうしてもお嫌だったら、いつでも断ってください。僕から、陛下に申し上げておきますので」
お試し期間付きで、プロポーズされた。安心するからと。
メリアナはすっかり忘れていた重要事項に、ハッとなった。
(そうだった! この人は王様からのお勧め物件だった! 断るなんてできるわけないでしょ〜! これは事実上の王様からの命令なのよ〜!)
なんてことだと、顔を覆ってうなだれた。となりでカイゼルの、体調を気遣う小さな声がする。
メリアナが心配で、ずーっと慌てているカイゼル。ショックで動けないメリアナに無視されているような状況下でも、近くのカフェでお水をもらってくると言って、走っていった。
そして信じられない足の速さで、水の入ったガラスのコップを手に、戻ってきた。
その様子に、メリアナは指の隙間を広げた。
(……まあいっか。ものすごくシャイな人だけど、一所懸命だし、私の両親の身分が生粋の貴族じゃないのも気にしてないし、気遣いや配慮もできて、お顔も性格も可愛いわ)
メリアナはコップを受け取って、飲み干した。自分もかなり緊張していて、喉がからからだったことを、たった今自覚した。
「わかりました、カイゼル様」
「え……?」
「私も、前向きに検討いたします」
片手にコップを、そしてもう片方の手で、カイゼルの手と重ねた。
カイゼルが大きな目をさらに広げて、ベンチから立ち上がった。みるみる、満面の笑みになる。
「やった! 勇気出してここに来てよかった!」
なんと、メリアナをひょいと横抱きにした。絵本で見た、お姫様みたいに抱っこされている。
(ええええ!? 力、強っ! 座ってる人を軽々と持ち上げたわよ、この人!)
並大抵の筋力ではなかった。趣味の筋トレが功を成していたのかと、メリアナはコップを両手にしたまま呆然としている。
すっかり顔の近くなったカイゼルが、嬉しそうに頬擦りしてきた。
「これからよろしくね! メリアナさん!」
「ま、まだ正式に決まったわけでは……」
ふと、集まってきた子供たちに気付いて、メリアナはギョッとなった。
「あー! ラブラブだー!!」
「カイゼルのおよめさんだー」
公園中の子供たちにはやしたてられ、その親御さん達からは拍手されて。
メリアナも、笑うしかなかった。
「はい、よろしくお願いいたします」
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