第16話 躾

—教国

—首都デヴリン・ヴルドラ地区



 俺と少女を囲む男達は皆、手に枝分かれした鞭を握っていた。そして男たち全員の瞳には、怒気や憎しみに似た黒い感情が宿っていた。


「なんだ小僧…何故大人の邪魔をするんだ? ひょっとして、小さい女の子には厳し過ぎるとでも思っているのか?」


 リーダーらしき中年だろう男は心底不思議そうに俺を見下ろしている。


「全身を余さず痛めつける事が躾か? 大人を自称する割に、行いは随分と幼稚だな」

「幼稚なのはお前の方だ。何処か外国から来たのだろうが、教えの始まりの地である教国の! 正統な教えを授かり実践している! 我々こそが真の大人であり、真の代弁者なのだ。下がれ、まだその白く穢れた悪魔を庇うのなら容赦はせんぞ」

「全く…話にならんな。羽織っておけ」

「う、うん…」

「お前には特に厳しい躾が! 必要だな!!」


 そう叫ぶと、リーダーの男以外の全員が後退り様子を伺う。そしてリーダーの男が鞭の先を恐ろしく怒鳴らせながら、己に纏わせる様に鞭を振り回し始めた。どうやら、相当躾をする事に慣れているらしい。


「少しだけ暗くなるが、じっとしていろ」

「え…きゃっ!?」

「何だ! ガキが1匹影の中に飲まれたぞ」

「まさか、この小僧も超越者・・・様なのか?」

「ふためくな! 我々が名も顔も知らぬ超越者などおらん!」


 †銀翼の影淵迷宮シルバー・ヴェイン†で少女を影の中に放り込み、心置きなく動ける体勢を作った途端だった。


「悔い改めろ! ふっ!」

「遅い…読書を楽しめる程に…」

「何ぃ!? 完全な死角からの鞭を避けた!? しかしながらコレ!!」


 今度は鞭の先端を唸らせながら、右へ左へと蛇がダンスをする様な動きで俺の足元を狙って来る。


「完璧な鞭捌きだ…」

「な、何故当たらない!?」

「相手がこの」

「い、いつの間に!?!?」

「シュヴァルツ・フェイトグランデ=ステッレでなかったならば。†天使の人差し指エンジェル・ブレス†」


 俺は狼狽えるリーダーの男の禿げ上がった額に優しくデコピンをくれてやった。


「ッッッッッツツアアアアァァァァァァ!!!!」

「地区長殿!!!」

「や、やはりこのお方…まだ名を連ねていない超越者様なのでは!?」


 リーダの男改め地区長は風圧でローブが破け、生まれ落ちた時と同じ姿になってヴルドラの家家の黒い壁を貫きながら何処かへと姿を消してしまった。


「己が正しいと信じる事を他人に押し付けるなど悪そのものだ。まして年端も行かぬ少女になどと」

「…! 一旦セント・ヴルドへ戻るぞ」


 ローブの男の1人の号令で、鞭すら忘れて男達は何処かへと逃げる様に去っていった。それを受けてか、先程俺を抱えたふくよかな男がおたまとフライパンを手に現れた。


「うおおおおお…お、あれ?」

「もう事は終わったぞ」

「うわあああ!? 影から女の子がっっ」

「…まぶしい」

「ってさっきの囲まれてた…坊主、お前さんは一体何者なんだ?」


 俺が何者か…だと? 宿命まっている。


「シュヴァルツ・フェイトグランデ=ステッレ…通りすがりの†神と吸血鬼の子†さ」


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