第12話 灰の教会

——教国

——郊外・灰の教会



「—主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤となし、槍を打ち直して鎌となす。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」


 我が半身・フェルシーの告げた『灰の教会』の扉を開けると、聖書の一節らしき女性の声が聞こえて来た。確かニューヨークにある国連の建物にも刻まれている一節だ。


「…おやおや、迷子かな少年?」

「いや、天使の御告げの赴くままに足を運んで来ただけの事だ」

「天使ねぇ」


 イザヤ書(だったと思う)の一節を詠んでいたそのシスターは横顔だけだと清貧を絵に描いた様な女性だった。が、振り向くと左耳を飾る夥しいピアスが薄い白金色の髪の隙間から輝き、大きなスリットからは艶かしい太ももが此方を除いていた。何よりも。


「…ふぅー、ゴッドブレスユー♪」


 彼女は吸い終えた煙草の火を首から下げた十字架にノールックで押し当てていた。その、色々と大丈夫なのだろうか?


(肩も剥き出し、とても高いハイヒール…メンヘラという奴か?)


「今私の事、メンヘラっぽいって思ったでしょ?」

「…まあな」

「別に遠慮しなくても良いよ。私も少年に同感だし」


 楽観的なメンヘラシスターは、俺に大した興味もないのか新しい煙草に火をつけた。俺は彼女の隣に腰掛けた。


「白教と黒教とは何か、良ければ教えてくれまいか」

「…」

「?」


 シスターは煙草を咥えたまま紫の瞳を見開いて俺を死者でも見るような眼差しで見つめ、そして俺の頭を彼女の胸に押し込めた。シスターは俺の耳に囁き始めた。


「君…まるで別の世界から来た人みたいだねー。白教と黒教…元は1つの同じ宗教だったんだ。だけどあの日・・・を境に、1つの宗教は2つの宗教に分たれた」

「あの日とは?」


 紫煙を吐いたシスターは続ける。


「人が悪魔・・に…怪物になった日さ」

「人が、悪魔に…?」

「そう。歪な角を携え巨大な翼を生やし、街を壊して他人を殺した」


彼女の囁く声が段々と低くなっていく。


「ある者達は神からの福音が地上に降りて来たのだと言った。ある者達はこの悪魔達を誅する善き天使達が現れると言った」

「黒教と白教…」

「そういう事♪」


 つまり、黒教は悪魔やその力を福音だと信じる者達の集まりで、逆にそれを倒したり対抗する天使達を信じる者達が白教と云う事だ。シスターは俺の頭の上で鼻先を動かしていた。


「少年からは人間でも悪魔でも無い匂いがするね」

「必然だな。俺は万人に祝福を与える天使なのだから」

「ふっ、天使好きだね〜」


シスターは満足したのか俺を解放した。


「少年、エクソシストにならない?」

「エクソシスト…?」


 不敵な笑みを浮かべるシスターは、胸元から銀色のハンドガンを取り出した。

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