第11話 トーナメント

「今日はトーナメントする」


 キシカの声に兵士達が沸いた。


「トーナメントって何するんだ?」


 近くにいた顔見知りの兵士に尋ねてみた。


「そうか。お前は始めてだったな」


 その兵士も他の兵士と一緒で興奮しているようだった。


「トーナメントは実戦と同じ装備で1対1をして最強を決めるんだ。まあいわゆる勝ち抜き戦ってやつだ。1回負けたら終わりだぞ」


「そんなにこの訓練が好きなのか?」


 話を聞く限り、正直言って昨日の鍛錬を連続で行うだけのようにしか思えなかった。こんなに盛り上がる理由がわからなかった。


「当たり前だぜ。トーナメントは階級を上げるチャンスなんだからな」


 階級は兵士団の中で5つに分けられている。階級によって割り振られる仕事の危険度や給料が変わる。


 今の世の中には非常に合った制度と言えるだろう。


 一昔前、つまり魔王が存在していた時は兵士団は魔王の手下という強力な敵を相手にしていた。


 だから犠牲者も出る。それもかなりたくさん。


 つまり、事案を数多くこなして、生き残り続けた者が高い階級を手に入れる。そんな単純な話だった。


 でも魔王はいなくなった。手下の目撃情報も年々減少して最近は聞かなくなった。最近の兵士団の仕事といえば盗賊などの制圧。


 本来の仕事である怪物と戦える人材が何人残るだろうか。


 この状態に陥りにくくするという目的においてトーナメントはかなり優れている。


 怪物と戦えないなら兵士団の中に怪物を作ればいい。兵士達が切磋琢磨して怪物にしてしまえばいいのだ。


 先代、つまりセイカが始めたイベントなのだが兵士達のやる気もあるようだし、うまく機能

しているようだ。


 そうなのだが、、、


「うぉ!?」


「勝負あり」


 俺の相手をしていた兵士は場外に吹っ飛んだ。その手に持っている盾はひしゃげて曲がっている。


 弱すぎる。


 俺の比較対象が師匠しかないというのもあるかもしれない。しかし、そのことを加味しても弱すぎる。


「やっぱすげえよ。木刀で鉄製の盾ってあんなふうになるんだな」


 相手の兵士は兵士団に入った時期こそ最近だがメキメキと頭角を表した実力者だった。まあ倒れなかったことは評価するが。


「あの攻撃を盾で受けないで、攻めに行けばチャンスはあった」


「いやー耳が痛い。参考にしてみるよ。頑張れよ」


 そんな話をしていると後ろで大きな歓声が上がった。集まっている兵士の数もこちらと比べ物にならない。


 トーナメントは鍛錬場を2つに分けて2つの試合を同時に行う。


 ルールは簡単。武器は自由。相手をエリアから出すまたは相手を戦闘続行不可にすれば勝ちだ。


 まあ武器は自由と言っても兵士のほとんどがいつも鍛錬している盾と片手剣を装備しているから意味はない。


「団長も気合い入ってんなぁ。今回も団長が防衛しそうだ」


 俺の反対側で観衆を沸かせていたのはキシカだった。


「キシカはトーナメントでずっと勝ち続けてんのか?」


「ああ。俺は団長が負けたのを見たことがないぞ。先輩によれば先代との入れ替わりの時にした勝負には負けたみたいだけどな」


「なら俺が最初の勝者になってやる」


「まあ頑張れよ。この前みたいな白熱した試合を見せてくれよ」


「任せろ」


 そう言ったもののおそらく勝負は一瞬で着くだろう。


「次の試合の準備をしろ」


「じゃあ、応援してるぞ」


 相手をしていた兵士はそう言って群衆の中に入っていった。


 俺はそれとは逆の控え室として使われている団舎の方へ歩いた。


 昨日つかんだあの感覚は索敵眼サーチアイと言うらしい。


 キシカが言うには強者と呼ばれる人は皆身につけているらしい。もちろんキシカも習得済みだ。


 俺はまだ索敵眼サーチアイを安定して使えない。心を沈め、集中してやっと使えると言う状態。キシカとは雲泥の差だ。


 団舎のドアを開ける。中には誰もいない。ほとんどの参加者は試合が終われば次の試合まで他の仲間を応援するからだろう。


 俺の後ろでドアが閉まる。


 ガチャンという音が誰もいない建物の中を駆け回る。


 外の歓声が小さくなる。


 外の人にはドアの閉まる音なんて聞こえていないのだろう。


 先ほどまでと打って変わって静かな空気感に鳥肌が立った。俺はゆっくりと扉から離れて階段に腰をかけた。


 ようやく集中できそうだ。静寂の中にたまに小さな歓声が混じる。


 外では変わらずトーナメントが続いている。


 俺はゆっくりと目を閉じた。


 確かに黄色い人型が蠢いている。その輪郭はぼんやりとしていて人型が重なっているところは詳しく判断ができない。


 俺はゆっくりと目を開く。


 壁に黄色の人型が写し出される。その人型は興奮しているようで動きが激しい。


 ふと頭にあることがよぎった。その瞬間人型も消えた。


 俺の索敵眼サーチアイはこの程度だ。ちょっとでも意識が逸れただけで使えなくなる。


 階段に寝そべり天を仰ぐ。目が鈍い痛みを訴える。


 そもそも索敵眼サーチアイは目に負担がかかる。慣れていないからまだ短い間でしか使えない。


 頭によぎったのはもちろんキシカがしてくれた話だ。


 索敵眼サーチアイは強者と凡人の線引きとなる技術。


 キシカは身についていると言ってくれているが、すぐに効果が切れるのは身についたとは言えない。


 俺は目を瞑る。まぶたの裏には黄色い光で描かれた世界が広がっている。


 俺はその世界にのめり込む。少しでもこの感覚を覚えておくために。余計なことを考えないように。


 


 どのくらいたっただろうか。ギーという音と共に歓声が建物の中に傾れ込んできてすぐに締め出された。


 中に入ってきた人型の周りを黄色い光が包み込んでいる。これは師匠だ。


「おい、そろそろ次の試合だぞ」


 俺は起き上がって試合の準備をする。


 師匠も他の兵士達と一緒にトーナメントを見ていたのだろう。ご機嫌だった。そもそもこのような戦いに関するお祭り騒ぎが大好きなのだ。


「寝ぼけてつまらねぇ試合すんなよ」


「寝てない、瞑想してたんだ」


「ならいいけどよ」


 師匠は扉を開けた。


「楽しみにしてるぞ」


 そう言って俺の背中を叩いて送る出した。


 歓声が土砂降りのように降り注ぐ。次の対戦相手はもう準備ができているようで、俺が出てきたのを見ると観客の方に雄叫びをあげる。


 観客はさっきまで以上に沸いた。


 俺も負けじと雄叫びをあげる。


 対戦相手と向き合う。相手のやる気が目から溢れ出している。


 俺は目を閉じた。


 確かに黄色い人型が見える。


「両者健闘を祈る」

 

 審判を務める兵士が合図を出した。観衆も少し静かになった。


 目を開く。索敵眼サーチアイはきちんと機能している。盾と剣に光が集まっていた。


「始め」


 審判の掛け声と共に俺と相手は動いた。


 俺の持っている木刀と相手の剣が交差して火花を散らす。


 その熱に浮かされたように観衆は再び騒ぎ始めた。






 

 

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