第19話 山越えの旅

「もう限界か?」


 師匠が俺に尋ねてくる。エレはまだ尽きてはいなかったが頭が痛かった。


 索敵眼サーチアイによって俺の頭に注ぎ込まれる情報量が多すぎる。


 後ろ


 狼の群れが後ろから迫っているのを索敵眼サーチアイが捉えた。


「馬車のスピードを上げろ」


「は?」


「狼の群れだ。距離を取っておいてくれ」


 商人の疑いを込めた目線は一瞬にして変わる。狼の遠吠えが聞こえた。


「早くしろ」


 俺はそういうと馬車から飛び降りる。膝を曲げて着地衝撃を減らす。


 後ろを振り返ると馬車はスピードを上げて先を急いで木の間を通り抜けていく。とりあえず大丈夫だろう。


 前を見ると師匠と狼が戦っていた。いや、一方的すぎて戦いとは言えないかもしれない。少し狼が可哀想になる程だ。


「もう終わったぞ」


「そうか」


「急いで追いかけるぞ」


 俺が降りたところよりも少し行ったところで、馬車は止められていた。


 中では商人が怯えていた。


「狼はどうなったんだ?」


「全部、倒したよ」


「そうか、ならよかった。すぐに出発させてくれ」


 商人はただでさえ臆病だったのがさらに臆病になった。俺と師匠がいればなんてことないのに。


 商人がキョロキョロしているのを尻目に、師匠が出発前に言っていた言葉を思い出す。


 別に細かいところまで見なくていいんじゃないか


 この言葉の意味はわからなくもない。


 今の俺は襲ってくる何かの場所を特定すればいいのだ。襲ってくるものの細かいところを見る必要はない。


 それはわかるができんのそんなこと?


 そもそも俺は索敵サーチで見えない物を補うために索敵眼サーチアイを身につけた。


 索敵眼サーチアイを見えにくくすることなんて想像がつかなかった。


 試して、休んで、試して、休んで、思い出したかのように戦う。


 そんなことを繰り返していた。


「寝ないでよ、ここら辺盗賊出るんだから」


 商人の声と振動で目が覚める。いつの間にか寝てしまっていたらしい。


 索敵眼サーチアイによって情報を処理させ続けられた脳が休みを求めていた。


「すんません」


 俺は眠気を振り払いながら索敵眼サーチアイを使う。


 うまくいった。


 一瞬だけだったがうまくいった。ちゃんと情報を減らして必要なところを取り出せていた。


 何がよかったのか。


 色々試してみる。目を開いた瞬間に使ってみたり、頭を揺さぶった後に使ってみたり。


 どれもうまくいかない。あの時のことを細かく思い出そうとしてもぼんやりしていたから思い出せない。


 ぼんやり?


 俺はぼんやりしながら索敵眼サーチアイを使う。


 索敵眼サーチアイに集中しすぎず、意識をそらしながら。


 うまくいった。


 考え方が違ったのだ。さっきまではどうやって情報を減らすのかを考えていた。


 でも違った。情報を減らすのではなく、処理する情報を減らすのだ。


 俺にとってこっちの方が難しかった。しかし、練習の機会はすぐにやってきた。



「おーい、へばっているんじゃねーぞ。まだまだ登るからな」


 師匠が上から声をかけてくる。そう。その違いは登山だった。


 索敵眼サーチアイに集中する暇なんてなかった。


 険しい道のりとおそいかかってくる冷気でいっぱいいっぱいだった。


 荷物に入っていた毛皮の洋服の意味がわかった。なかったらと思うと、鳥肌が立つ。


 荷物の大半を占めていた。洋服がなくなったことで、リュックもかなり軽くなった。


 商人と別れてからずっと山道を登り続けている。これまでと全く以て違う環境に体力が削られていく。


 師匠曰く、身体能力強化ブーストを使っていれば体もあったかくなると言っていたが、全然そんな事は無い。


 標高が高くなるにつれて下がる気温と気圧はこれまでにない試練だった。


「とりあえず一旦ここで休むか」


 師匠はそう言うと、岩肌のところにぽっかりと空いた洞窟の中に入っていく。


 索敵眼サーチアイには、しっかりと大きなクマが写っている。


 わかっていたことだが、師匠は先を見通す事をしない。力づくで道を作っている。


 セイカは、その逆で見通しがよすぎる。セイカがいなければ師匠の旅は終わっていただろう。


 今着ている洋服もそうだが、カバンの中に入っていた保存食をとっても火が使えないことを見通して凍らないようにしておいてくれている。


 この洞窟は確かに暖かい。ここなら快適に過ごせそうだ。


 クマは元々怖がりな性格。自分よりも遥かに強い相手を前にして勝負を挑むほどバカではないみたいだ。


 俺は火をつける。いくらセイカが凍らないようにしてくれているといっても冷たいのには変わりはない。


 この寒い中、暖かいものが恋しくなるのは普通のことだ。


 火がつくと洞窟の中はさらに暖かくなった。僅かに汗ばむ。


 保存食として入っていた干し肉を串に刺して火に当てて温める。


 美味しそうな匂いが立ち込めてきた。


「食べたらひと仕事しないとな」


 干し肉に手を伸ばしながらそう言う師匠の意図に気がついたのは数秒後。


 森の捕食者、狼がこちらに向かって集まってきていた。


 本来ならクマのテリトリーには近づかないはずなのだが…


 やっぱり考えられるのはこの肉の匂い。獲物の少ないこの時期にこの匂いは刺激が強すぎたか。


 木刀を持って狼の方へ向かう。流石にクマのいる洞窟の近くで血の匂いをさせるのは気が引ける。 


「このくらいでいいか」


 ある程度距離をとったところで立ち止まり構える。


 半分くらいの狼は俺の気配にビビって尻込みをしたのか足を止めている。師匠にはまだまだ及ばない。


 狼は陣を組んだ状態で突っ込んできている。


 なかなか統率を取れている。でもモロジェリの兵士団に比べればまだまだだ。


 人間と比べるのはかわいそうか。


 兵士団との練習をし続けていた俺からすればなんてことない。


 俺は先頭を切って突っ込んできた狼の頭を思いっきり叩き落とす。


 鈍い音と共に動かなくなり真っ白な雪を鮮やかな赤に染める。


 軍隊は指揮官を潰すに限る。残りの狼は木刀を使っていなす。動きも単調だからなんてことない。


 血の匂いは野生の生物を活発にする。あまり流したくはない。


 予想通り先頭が群れのリーダーだったらしい。統率するものがいなくなり困惑しているのかキョロキョロと首を振るばかりだ。


「キャン」


 一匹の狼がいきなり飛び上がると森に向かって逃げていく。


 他の狼もその後に続いて逃げていく。


 飛び上がった狼の近くの木に向かって歩いていく。


 そこには串が刺さっていた。


 規格外すぎる師匠にため息をつき立ち上がる。


 木刀を腰に刺し、ポケットから小さなナイフを取り出すと狼の腹を捌く。


 内臓を取り出して腹の中に雪を詰めると肩に担いで洞窟まで持って帰った。


 肉は必要な分だけ切り出し、残りはクマにあげることにした。


 少しお邪魔したお礼として。

 

 

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陽光の差し込まないこの世界で サクセン クヌギ @sakusen_kunugi

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