第18話 再出発

 今日も朝から体を動かす。昨日の不調が嘘のようだ。むしろ体が軽くなったような気がする。


 今日はいつもと少し違った。


 モロジェリとは違い、この街の朝は早かった。すでに人々が生活をしている気配があった。


 こういった騒がしい感じも悪くない。


「調子はどうだい?」


 建物の中から肉付きのいい中年ぐらいの男が顔を出した。この宿の主人だ。俺達を泊まらせてくれた張本人だ。


「おかげ様でこの通りだ」

 

 俺は持っていた斧を振り下ろす。勢いのついた鋭い鉄の塊は小さな木片を撒き散らしながら目の前の丸太を叩き割る。


「さすが、いい身体しているだけあるよ。ごめんね、こんなことさせちゃって」


「いやこちらこそ。泊めてくれて助かった」


 俺は割れた丸太を拾い集め、もう一度斧を振る。乾いた音が街の騒がしさに溶け込んでいく。


 ちょうどいいサイズになったところで拾い集め建物の脇に積んでいく。


 こういった単純作業は無心でできるから好きだ。何より鍛錬になる。


 いつも俺が使っている黒色の木刀は他のものに比べてはるかに重い。


 しかし、それは木刀の中での話。流石に鉄製の斧よりは軽い。


 もちろん身体能力強化ブーストを使ってしまえばどうってことない。でも結局大事なのは、自分の筋力。


 素振りと言う剣術の練習ではない、筋トレとしての朝の訓練として、薪割りはちょうどよかった。


「うん、これぐらいで大丈夫だよ」


「うっす」


 俺は汗を拭いながら泊まっていた部屋に戻る。扉を開けて中に入る。部屋には誰もいない。


 師匠はいつも、いつのまにかいなくなってしまうのだ。


 汗で濡れた服を脱ぎ捨てて、新しい服に袖を通す。


「帰ってきてるか?」


 師匠が雑に扉を開けて部屋に入ってくる。


「ああ。今帰ってきたところだ」


「それならちょうどいい。支度をしろ。馬車に乗る」


 どうやらどこかの商人と話をつけてきたようだ。俺は急いで荷物をまとめる。


「じゃあ、下で待ってるからな」


 そう言い残すと、師匠は部屋を出て行ってしまった。


 荷物をまとめる上で、改めて中身を見直した。この荷物はセイカが準備してくれた。


 本当は船の中で確認する予定だったので、いまだに手がつけられずにいたのだ。


 師匠が広げた荷物を回収しながら中身を確認する。


 携帯食料、水筒、洋服など、これまで使っていた旅の必需品をたくさん準備してくれたようだ。


 荷物の中でひときわ容積をとっていたものがある。それは厚手の洋服だ。それはブーツやらコートやら全部2セットずつ入っていた。


 何のためのものだろうと不思議に思っていると、下から師匠の急かす声が聞こえた。


 急いでリュックを背負う。ずっしりとした重みが俺の背中にのしかかる。


 重いのも最初だけだ。旅をしていく中で、どんどん荷物は減っていく。むしろ旅に出る時、重くないと不安になる。


 急いで階段を駆け下りる。ちょうどこの宿の主人と出会った。


「もう行くのかい?もっとゆっくりしていけばいいのに」


 主人は少し心配そうな寂しいような顔を浮かべている。


「いや、先を急ぐからな。本当にありがとう。助かった」


「いえいえ。お気をつけて」


 主人は俺を玄関まで送ってくれた。


「遅いぞ。乗り遅れたらどうするんだ」


 外に出ると、師匠は不機嫌そうにそう言うとスタスタと前を歩いて行ってしまう。


「次はどこに向かうんだ?」


「北に向かう。山を越えなきゃいけないから、馬車で行けるところまで行く」


 俺は馬車に乗るのも山に登るのも初めてだ。この旅は新しいことの連続だ。



 俺達は商人の馬車の護衛をする代わりに乗せてもらえるらしい。


 どうやら、道中獣の盗賊も多く出てくるらしい。まぁどちらも何も問題ない。


 商人の男は痩せた背の高い男だった。目つきは鋭く、人相はお世辞にも良いとは言えない。


「本当にあなた達に任せて大丈夫なんでしょうね?」


 商人の男は不安なのか、しきりに師匠に確認をしている。最近盗賊に襲われる事案が増えているらしいから、無理もない。


「今度は船みたいに酔うんじゃないぞ。索敵眼サーチアイを使っておけ。訓練にもなる」


 俺は、師匠の言う通り馬車に乗った後、索敵眼サーチアイを使った。


 町並みの細かいところまでしっかりと感じることができる。だが、これをずっと続けることができる気がしない。


 「本当にずっと索敵眼サーチアイを使うことなんてできんのか?」


「ああ、できるとも。俺は基本的にいつも使ってるぞ」


 俺からすると索敵眼サーチアイはかなりエレを使う。集中力以前にエレがもたない。


「別に細かいところまで見なくていいんじゃないか」


 師匠がぼそりとつぶやいた。


「どういう…」


「おい、ちゃんと仕事をしてくれ。乗せてってやっているんだぞ」


 詳しく尋ねようとしたところを商人が遮る。


 師匠はやれやれといった感じで、馬車を降りた。馬車は街を抜けて、林に入ろうとしていた。

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