第17話 出発

「いってらっしゃい」


 兵士たちが思い思いに別れを告げる。日はまだ登っておらず街はまだ起きていない。


 俺の荷物は、この街に来た時よりも、ずっしりと重くなっている。


「向こうにも連絡をしておいたから、ここに入る時みたいなことをしなければすんなり入れるはずだよ」


 セイカも見送りに来てくれていた。王女様がここにいるなんて誰も思いをしないだろう。


 セイカは鎧を着ていた。背筋の伸びたその姿勢や佇まいから歴戦の兵士のようにしか見えなかった。


 隣にはダウチとキシカもいる。

 

「ありがとうな。こき使ったことは水に流しといてやる」


「ばか言うんじゃないよ。私の方がこれまでいろいろやってあげただろう」


 その言い合う2人は少し寂しそうだった。師匠はセイカと握手をするとそそくさと門の方へ向かっていってしまった。


「ちょっといいかい」


 師匠の後を追いかけようとしているとセイカに呼び止められた。


「あいつは口下手だけど、あんたのことを大切にしているはずだから付き合ってやっておくれ」


「わかってます。これでも、師匠とは長いんで」


 俺の受け答えを聞いたセイカはやれやれといった感じで、肩をすくめる。近くにいた2人も苦笑を浮かべている。


「一段落ついたら戻ってきておくれ」


「分りました」


「おーい早くしろ」


 師匠が振り返って俺を呼ぶ。


「全くせっかちだね。早く行ってやんな」


 俺はセイカにお辞儀をすると駆け足で師匠を追いかける。


 この街に来る前の俺だったら、全力で走らなければいけなかっただろう。


 俺はこの街でたくさんの良いものを手に入れた。


「何話してたんだ?」


「何話してたんだ?」


「まぁ秘密はまぁ秘密だ」


 なんだそれと師匠は毒吐きながらも少し嬉しそうな顔をしているの俺は見逃さなかった。


 俺は振り返る。


 キシカやダウチはもちろん兵士団の兵士たちもずらりと並んで見送りをしてくれている。


 少し感慨深さを覚えた。


 俺は手を振る。俺と師匠は魔王領に行く。師匠は問題ないと言っていたが、確実に危険な場所だ。


 もう二度と会えないかもしれない。そんな思いが俺の中にはあったのかもしれない。


 見送りをしてくれていた人たちが手を振り返してくれた。もちろんキシカやダウチもだ。


 俺は、心が満たされていく感覚を覚えた。


 俺はいいものをこの街で手に入れた。


 俺は前を向く。


 師匠の姿は昇ってきた太陽の光で見えにくくなっていた。


 俺は急いで師匠を追いかける。また新たな旅が始まったんだという実感が湧いてきていた。



 新しい旅はかなりきつかった。体力には自信があったのだが、はじめての船旅は俺の体力を根こそぎ持っていった。


「しっかりしろよ」


 師匠は水を持ってきてくれた。俺はぐったりと力の入らない。腕を伸ばしてその水を受け取って口に含んだ。


 今は液体も胃が受け付けていない。


 これまで陸地でしか生活していなかったこともあり少しの航海でも船酔いをしてしまっている。


 吸っている空気が生暖かく、頭の芯からぼーっとしている。地面がどのように揺れているのかさえちゃんとわからない。


「全くこれぐらいでダウンするなんてな。索敵眼サーチアイをもっと使え。目じゃなくてエレで感じ取るんだ」


 俺は朦朧とする意識の中、索敵眼サーチアイを使う。


 少し前だったら絶対に使えなかっただろう。索敵眼サーチアイを使うと船全体が、船を揺らす波が全て感じ取ることができる。


 小さな船を手玉に取るように波は舟底を叩き続ける。そのたびに船は大きく揺れ、俺の視覚も揺らす。


 その過程を全て認識した時、少しだけ楽になった気がした。


「結局船酔いなんて、すべてわかっちまえば何の問題もないんだ。いつでも索敵眼サーチアイ使えるようにしとけ」


 その言葉を聞いたのが、俺が船の上で覚えている最後の言葉だった。


 次に目を覚ましたとき、俺は知らない天井を見ていた。既に船を降りていたらしい。おそらく師匠が運んでくれたんだろう。


 本当は船を降りた後も進む予定だったので、また足手まといになってしまったようだ。


「起きたか?」


 師匠が両手に皿を持って、部屋に入ってくる。いいにおいが漂ってきて、空っぽな胃を刺激する。


「すみません。また旅を送らせてしまって」


「まぁな。でも悪いことばっかじゃない。船酔いで潰れているお前をかわいそうに思ったこの宿の主人が格安で泊めてくれたからな」


 師匠はそう言いながら、ベッドに腰をかける俺に皿を渡してきた。


 皿には消化に良さそうな薄色の料理が乗っている。見たことがない食べ物だった。


 料理を口に運ぶ。腹が空きすぎてゆっくりと食べることなどできるはずがなかった。


 口に入れた瞬間、優しい味が口の中に広がっていく。俺を気遣ってくれているのだろう。


「ちゃんと感謝しとけよ」


「わかった」


 俺は残りもペロリとたいらげた。師匠は俺よりも早く食べ終わっていた。師匠も気に入ったらしい。


「明日から歩きになるが行けるよな」


「ああ。大丈夫だ」


「まぁそうだよな。陸地だもんな」


 冗談めかして話をする師匠にまだ地面が揺れているように感じるなんて、口が裂けても言えなかった。


 今日はとにかく早く寝よう。明日にはこの感覚が残っていないことを願って。

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