第16話 別れの準備

「とうとう、私の孫が負けたみたいだね」


「約束は守れよ」


「わかってるよ。さすがに一国の女王が嘘をついたなんてシャレにならないからね」


 そう言うと、セイカは書類を机から取り出して書き始めた。


「でもまさかこんな早いとは思わなかったよ。さすがお前の弟子と言うところかい」


「俺はあいつの師匠じゃない」


「まだそんなこと言っているのかい。自分のことを師匠と呼ばせているくせに」


「呼ばせてるわけじゃねぇ」


「まあいいさ。あの子と上手くやりなよ」


 セイカはそう言うと書いていた書類を手渡す。


「これでどこにでも行けるよ。次はどこに行くんだい?ここからだとキルトのところか。いやハンタが先かねぇ」


「キルトの方に行く」


「ちゃんと準備していかないと死ぬよ」


「ああ。そんなことはわかってる」


「まあいいさ。我が国の提供戦力はしばらくしたら最前線に送っておくわ」


「いらないんだけどな」


「書いちゃったから返却不可よ。足手纏いにならないように鍛えておく」


 男はへいへいという感じで手を振って返す。


「他国の戦力もありがたく貰いなさいよ。また指名手配になるわよ」


「大丈夫だ。捕まらねえから」


 セイカは諦めたようにため息をつくと続けた。


「キルトによろしくね」


「生きてりゃな」




 今日も俺は兵士団の訓練に混ざっている。この国での思い出はこの兵士団舎の中でのことだ。正直勿体無いことをしている。


「襲撃想定訓練開始」


 キシカの合図で訓練が始まる。俺が参加した初日と同じ内容だ。


 兵士達は目の前で陣形を展開する。


 組んでいる陣形、メンツは一緒なのだが兵士達の顔つきが違った。


「持っているものを捨てなさい」


 もちろん言うことを聞くわけがない。俺は腰に差していた木刀を構えた。


「降伏命令拒否。制圧準備」


 キシカが手を挙げるのに合わせて数人を残して兵士達が俺を取り囲む。もちろん盾を構えながら。


「攻撃用意」


 兵士達が剣を構えて臨戦体勢を取る。どの兵士達からも覇気を感じる。でも不思議と負ける気がしない。


「始め」


 兵士が一斉に攻撃を仕掛けてくる。これまでなら包囲網を突破する方法を模索していただろう。


 だが今の俺にはそんな戦略など必要がない。索敵眼サーチアイには全てが見えていた。


 兵士達の位置からエレの動きまで完璧に。これからの兵士達の動きが手にとるようにわかった。


 俺の木刀は迷いなく振り抜く。その一撃は包囲網を一瞬にして取り除いた。


 波の鎧ウェイブコートは防御に特化した技。少なくとも多対一に置いて、波の鎧ウェイブコートの包囲網が破られる事は基本的にはない。


 そう基本的には。


 これまで鍛え上げてきた剣術と索敵眼サーチアイが合わさること。


 そのおかげで、敵が迫ってくるわずかな一瞬ですべての弱点を叩くことができた。


「包囲網を崩すな」


 キシカの号令が飛ぶ。この前にはなかったシチュエーションだ。


 離れて隊列を組んでいた兵士たちが俺の周りを囲もうとした。


 もちろん抵抗する。


 俺は片っ端から、倒せそうなやつから順番に木刀をぶつけていく。兵士たちはなすすべなく、吹っ飛ぶしかない。


 索敵眼サーチアイを身に付けている今の俺の攻撃は無駄がない。避けることもみなすこともできない攻撃になった。


 俺は歩みを止めることなくキシカに近づく。


「私に続け」


 キシカは号令を出した。


 キシカは俺の存在を1人で対処できないと判断したのだ。もちろん弱い奴が何人いたとしても、変わりは無いのだが。


 キシカは先陣を切った。兵士たちが後に続く。


 キシカは最初から攻めの姿勢をとっていた。


 キシカは攻めることよりも守ることの方が得意だ。そのキシカが攻めの姿勢をとっているのは、後に続く兵士を生かすためだろう。


 俺はキシカに向かって木刀振り下ろす。もちろん弱点を狙って。


 ただ、俺の木刀が弱点をとらえる事はなかった。キシカは弱点をずらした。


 他の兵士のことにも意識を割かないといけないので、この前試合でやったようにギリギリまで弱点を狙う事は難しい。


 キシカはそれをわかった上で先陣を切っているのであろう。彼女は俺の攻撃を全て受けるつもりなのだ。


 俺はキシカの存在を無視することができなかった。


 なら俺がするべき事は簡単だ。少しずつ周りの兵士を削っていけばいい。


 俺はキシカに木刀を振り下ろす。キシカは軌道をそらす。俺は、その流れのまま兵士に向かって木刀を振るう。


 兵士は弱点の位置をわずかにそらしてはいたが、堪えきれずに体勢を崩す。


 その兵士を蹴り飛ばし他の兵士の攻撃を木刀で受け止める。


 バチバチという音が聞こえる。


 索敵眼サーチアイで見た時から気づいてはいたが、兵士たちの込めるエレの量が訓練よりもはるかに多い。


 当たったらひとたまりもないだろう。ならあたらなければ良いのだ。


 俺はゆっくりと、しかし着実に兵士の数を減らしていった。


 最後に残ったのは、もちろんキシカだった。


 キシカにも疲労の色が見える。当たり前だ。俺の攻撃をずっと受け止め続けていたのだから。


 キシカとの1対1はこれまでの中で1番早く決着がついた。


 俺のフェイントに釣られたキシカは弱点を移動させるのが遅くなった。そのため俺の攻撃をもろに食ってしまったのだ。


 疲労がなければ、このようなミスはしなかっただろう。


 俺の一撃を食ったキシカの盾は真っ二つにわれた。そこで襲撃想定訓練は幕を閉じた。同時に俺の中で一区切りがついた気がした。


 俺と師匠が街を出るのは明日だ。


 この街でいろんな人にお世話になった。その人たちと別れてしまうのは悲しいけれど俺は進むしかない。


 進むしかないのだ。


 


 

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