第15話 余韻

 俺は昨日食べたカルパチから索敵眼サーチアイのインスパイアを得ることができた。


 俺はこれまで全てにおいて全力だった。悪く言えば力みすぎていたのだ。


 索敵眼サーチアイはいわば2つの視界を共有する技だ。エレの見ている視界と普通の視界。俺はどちらも全力で見ようとしていた。


 でもそれは球体2つを重ねた状態をキープするようなもの。少し衝撃で崩れてしまう。


 それが俺が索敵眼サーチアイを動きながら使えない理由だった。


 カルパチは魚と果実の旨みが存分に発揮された素晴らしい料理だと思う。しかし、それぞれに食材としての欠点もある。


 なかなか消えない生臭さ。強い酸味と苦味。これらはとあるバランスを保つことでお互いが相殺しあっていた。


 なら、索敵眼サーチアイはどうだろうか。これも、ちょうどいいバランスを探してあげればいいのではないか。


 そんな考えが俺の頭に浮かんだ。そこからはすぐだった。


 ピントを合わせるように少しずつ視界を調整していった。


 その中で見つけたのだ。完璧なバランスを。視界を調整して見にくくなった分はエレで補ってしまえばいい。


 感覚を掴んでしまえば簡単だった。


 これまで何回もキシカに勝つことを想像していた。足りないピースが揃った今負けるはずがなかった。



「すごかったね」


 キシカは鎧を纏ったままベランダに立っていた。


「ありがとう」


 「索敵眼サーチアイ、使えるようになったんだね」


「ああ、キシカのおかげでな」


「おばあちゃん以外に負けたの初めてだったの」


「兵士から聞いた」


「おとといミヤビに勝った時正直安心したの。まだ私の方が強いんだって思えたから」


 俺は何も答えなかった。答えられなかった。


「それが今日だよ?1日しか空いてない。それも街を歩いた1日だよ」


 キシカは感極まっているようで、声が震えている。


「俺は環境に恵まれたと思う。絶対的目標となる人も一つのことに打ち込む時間も物もあった」


「それなら私だってそうだわ」


「ああ、間違いない。でも俺には同世代で俺より強いやつがいた。負けたくない相手がな」


「私?」


「ああ」


 俺は大きく頷いた。正直キシカの存在は大きかった。これまでは師匠という大きな目標に向かって適当に歩いているような物だった。


 しかし、キシカという具体的な目標を得たことによって進むべき方向がはっきりした。


 キシカがいなかったら俺は索敵眼サーチアイを身につけることもなかった。


 鍛錬し続けていた剣術もある一定のところで頭打ちになっていただろう。


 キシカにはそういった存在がいなかったのだ。身につけた技術を競う相手もおらず、己と向き合い続けていたのだ。


 これは辛いことだ。


「でもこれからは違う。俺にとってのキシカの立ち位置をこれからは俺がなる」


 キシカは驚きつつも嬉しそうな顔をしていた。


「まあライバルってことだ」


「今度は負けないから」


「楽しみだな」


 キシカを破ることがこの国、モロジェリを出る条件だった。おそらくこの話はすぐに師匠やセイカに伝わるだろう。


 俺とセイカに残された時間は残りわずかだ。


 あと何度剣を交えることができるのかわからない。だが少しの時間でも切磋琢磨していきたい。


 そう思った。



 部屋に戻ると師匠が中で座って待っていた。勝負の結果を聞いてやってきたのだろう。


 おとといの試合で師匠に送り出されたにも関わらず惨敗した。そのせいもあって気まずい。


「エレの感覚は身についたか」


 最初に口を開いたのは師匠だった。


「キシカのおかげでな」


「そうか。いい出会いをしたな」


「ああ、師匠のおかげだ」


 師匠は照れ臭さそうに笑うと俺を正面の椅子に促す。


 俺は促されるままに師匠の前に座った。師匠の顔を正面から見るのは久しぶりだ。


 最近は俺は兵士団の訓練に参加していたし、師匠はセイカから何やら雑用を押し付けられているようで忙しそうにしている。。トーナメントの前に会った時も少ししか会えなかった。


 旅に出る前は2人で生活していたので、ずっと突き合わせていた顔だ。懐かしい感じがした。


「師匠。一つきいていいか?」


「ああ、いいぞ。どうした」


「もしかしてこの旅は俺のためなのか?」


 俺はずっと不思議に思っていた。


 どうしてこのタイミングで旅に出たのか。


 天変地異で過ごしていた家が壊れた時も、刺客が立て続けに襲ってきた時も、あの場所を離れることはなかった。


 それなのにいきなり今になって動き出した。


 特に根拠はない。強いていうなら長年共に生活した中で培った勘だ。


 師匠は沈黙を守ったままだった。こういった反応をする時は決まってyesだ。


「その理由は教えてくれないのか?」


「すまない」


 師匠は絞り出すようなか細い声で言った。


 あんな質問をしたが俺は正直諦めている。師匠が1人で抱え込んで共有してくれないのは今に始まったことではない。


 

師匠が指名手配されているなんて、最近まで知る由もなかった。まぁ旅をしていれば目標も上がるだろう。


 それまで待っていればいい


「すまない。今は離せない。次の街に着いたら絶対に話す。それまで待っていてくれないか」


 意外すぎる言葉に俺は驚いた。それと同時に嬉しくもあった。


 その日の夜、俺はすぐには眠れなかった。キシカに勝った興奮が覚めなかったから。師匠に認められて嬉しかったから。

 


 

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