第7話 壁
剣と剣がぶつかるたびに火花を散らし、観衆が沸く。
ここは建物と建物の間に設けられた鍛錬場。少し狭さを感じるものの十分な広さは確保されている。
俺が全力で振り抜く木刀を目の前に立っている女は盾と剣を使って器用にいなしてしまう。
来る
俺は急いで飛び退いて女との距離を置いた。その直後に女の剣が俺の前で空を切る。
この攻防がずっと続いている。
武芸を嗜んでいない者はとっくの昔に飽きてどこかに行ってしまった。
残っているのは兵士団をはじめとした武芸を極めようと日々鍛錬を欠かさないような人達のみ。
今
俺は体勢を低くして彼女の間合いに踏み込む。彼女の剣は頭の上を掠めて通りすぎた。
この一撃で勝負を決めることは狙っていない。それができないのはこれまでの打ち合いでわかっている。
だからせめて、せめて彼女のリズムを崩したい。
俺は全力で切り上げた。盾を弾き上げるつもりで思いっきり。
俺の剣先は確かに盾を捉えている。それなのに俺の剣筋が逸らされるだけで彼女は顔色を少しも変えない。
彼女の剣は攻撃を終えた相手に休みを与えない。すかさず攻撃が飛んでくる。
俺は焦らずにきちんと受け止めてから弾き返す。
師匠との特訓の結果、俺は
まともにやりあえば速さの差で負ける。今、どうにかなっているのは予測がうまく行っているおかげだ。
彼女は守りは超一流だが攻撃は普通だった。頭に完璧がつくほどに。
攻撃するタイミング、軌道、フェイントに至るまで全てがセオリー通り。ミスは全くしなかったが予測するのは簡単だった。
そんなわけで両者が攻撃を食らわず攻撃を加えられないという奇妙な膠着状態が起きているのだ。
「おやおや、まだやっていたのかい」
結局、師匠とセイカが鍛錬場に入ってくるまで何も変わらなかった。
この戦いは俺の負けだ。
彼女は国民を守る兵士。守ることに特化していて、攻撃する必要がない。
彼女に得意な形へ持って行かれてしまい、それを俺は破れなかったのだから。
「こんな時間まで素振りしているなんて感心、感心」
俺が鍛錬場で素振りをしていると後ろから声をかけられた。
つい数日前まで夜に移動するという生活をしていたこともあって眠れなかったのだ。
振り返って声の主を確かめると団長が訓練場へ下る階段の手すりに腰をかけていた。
昼間のように兵士団の格好をしていなかったこともあってすぐには気が付かなかった。
素振りをやめて頭を軽く下げると彼女は手を振って返した。
「君、強いね。私あんなに避けられたの初めてだよ」
「俺もあんなに防がれたことはなかった」
俺はコツがあるのと嬉しそうに話す彼女の声を聞きながら足元に置いておいた布と水筒を拾い上げて彼女の方へ歩いてゆく。
昼間に戦った時は気が付かなかったが、彼女は思っていたよりもずっと華奢だった。エレによる
「朝はごめんね。嫌だったでしょ?」
「いや、俺は気にしてないから。むしろうちの師匠が申し訳ない」
「ほんとに焦ったんだからね。死ぬかと思ったんだから」
そう言って笑う彼女の顔は一国の兵士の長をしているとは思えなかった。
「そういえば自己紹介がまだだったね。私はキシカ。このモロジェリの兵士団長を務めているの。あなたは?」
「実際の名前はわからない。師匠からはミヤビと呼ばれてる」
「そうなんだ。じゃあ私もミヤビって呼ぼっかなぁ」
キシカは楽しそうに言うと手すりから飛び降りると鍛錬場に降りてきた。金色の髪が月の光を受けて煌めきながら広がる。その姿はとても美しかった。
「今、昼間と雰囲気が違うって思ったでしょ」
キシカは笑いながら言った。その姿は子供がいたずらをした時のようだった。
「まぁ」
俺は言葉に詰まった。そんな俺を気にしないでキシカは話し続ける。
「私もそう思うんだよ。なんか力が入っちゃうんだよ。おばあちゃんから受け継いだこの役職を全うしなきゃって思うとね」
「悪いことなのか?大切な役職だから緊張しないほうがおかしいと思うが」
「そうなんだけどね」
キシカは俺の手から素振りで使っていた木刀を奪うと鍛錬場の真ん中へ歩いていく。俺も後を追いかけた。
「実はね。おばあちゃんから私に団長が変わった時、犯罪が増えたんだ」
悲しそうな声をしていた。キシカになんと声をかければいいか分からず黙っていることしかできなかった。
「そもそも私が継ぐってことに反対する人も結構いたんだ」
「そうなのか」
一生懸命考えた結果出した答えに自分で情けなくなる。
「だからね。私多分おばあちゃんの真似をしちゃってるんだと思うの。自分のやり方じゃないと上手く行かないのにね」
「俺もそうだった」
キシカは木刀を俺に向かって構えた。
「ミヤビはどうやったの?」
キシカの反応を見るにちゃんと答えられたようだ。
「俺はそもそもできることが少なかったから逆に出来ることを探した。その結果純粋な剣術に行き着いた」
「なるほど。それで達人の間合いが身についたのね」
「まあそうだ」
キシカは手に持った木刀を数回振った。空を切る音が響く。
「でもすごいよね。魔王領に行くんだってね」
「魔王領?」
「え?知らないの?」
キシカは木刀を振るのをやめてこっちに驚いた目を向ける。
「俺は師匠について行っているだけだから」
「そうなの?おばあちゃんが言ってたから多分あっていると思うけど」
「魔王領ってどういうところなんだ?」
「ええ!?知らないの」
「師匠はそう言う話をしてくれなくて」
「そうだね。簡単にいえば『地獄』かな」
「師匠」
俺は師匠の部屋の中に走り込む。中ではセイカと師匠が何か話しているようだった
「お邪魔してるよ」
俺は軽くお辞儀をして話を続ける。
「なんだそんな急いで」
「俺達魔王領に行くのか?」
「なんだい、言ってなかったのかい」
「そういえば言ってなかったかもな。そうだ。魔王領に行く」
「いつ行くんだ」
「できるだけ早くだな。諸々の手続きをしたらすぐに出発する」
「具体的にどのぐらい?」
師匠はセイカの方を向く。
「まあ3日後ぐらいになるかね」
「だそうだぞ」
「なら出発を遅らせてくれ」
「ダメだ」
師匠の否定の速さに驚いた。でも俺も引けない。
「強くなりたい。師匠も昼間のキシカとの撃ち合いを見ただろう。あれじゃあ足手纏いになる」
「その心配はない」
「なんでだ」
「もう魔王領には何もいない」
「でも異変が起きているらしいじゃないか」
「俺が十分対応できる」
「でも」
「それよりできるだけ早く魔王領に着きたいんだ」
師匠が言っていることは間違いではない。師匠が対応できないものを俺が多少力をつけたところでどうこうすることは出来ない。でも、、、
訪れた静寂を破ったのはセイカだった。
「いいんじゃないか」
師匠は驚いたようにセイカを見る。
「いいんじゃないかと言っているんだよ。弟子をずっと守るのが師匠じゃないんだよ」
「それはわかっているけどなぁ」
「じゃあ決まりだね。それともなんだい?依頼に追加事項として書いといてやろうか?」
師匠は頭を抱えて少し考えた後、仕方なくと言った形で出発を遅らせることを決めてくれた。
「どういうつもりだ?」
「なんのことだい?」
「あいつのことに決まってるだろ。あいつには時間がない」
「あの子だってエレを使えるようになってきているんだろう?逆にエレが上手に使えればあの子の時間だって伸びる」
「できなかったらどうする。無駄に時間が過ぎるだけだ」
「信じてないのかい?」
「そうは言ってない。万が一の話だ」
「ならいいじゃないか。万が一が起こらないようにアドバイスしてあげなさい」
「俺はそういうのが上手くない」
「そうね。あなたはもう少し言葉で伝える練習をしなさい。さっきのだってあの子じゃなかったら結構傷つくわよ」
白髪の男は不満そうな顔を浮かべながら窓の外を眺め始めた。セイカはこの横顔をよく知っている。謝ることの苦手な彼のことも。とりあえずは大丈夫だろう。そんな安心を抱きながら彼の部屋を後にした。
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