一カ国目 モロジェリ
第6話 師匠の旧友
「老けたな」
「お前さんもね。年甲斐もなくやらかしたって聞いたよ。変わらないね、あんたは」
応接室で待っていた女の人は師匠と楽しそうに会話を始めた。
年は師匠と同じぐらいか少し若いくらいだろうか。背筋が伸びているのが若々しさを感じさせる。
「そっちはお前さんの連れかい?」
「ああ、自慢の連れだ」
師匠と話していた女はこっちを向くと舐め回すように俺のことを見た。しばらく眺めてから口を開いた。
「この狸ジジイはともかくあなたのことを弱いと判断するなんてねぇ。少し考え直さないとね」
そう言うと席から立ち上がって俺の目の前まで来た。その佇まいから師匠と似たようなものを感じる。
「私はセイカ。このジイさんの古くからの友人だよ」
差し出された手は武人の手をしていた。
「こいつ、一応強かったんだぞ。今は知らんがな」
師匠は俺の考えを見透かしたかのように話した。やはり師匠の声はいつもより嬉しそうだった。
「まあね。団長は孫に譲ったから私達みたいな老人は大人しくしてればいいんだよ」
「やっぱりか。似ていると思った。あの男ほどじゃないがなかなか肝が据わっているな。お前に似てる」
「腕は私以上だよ」
孫について話しているセイカはとても自慢げだった。団長はあの時、師匠の殺気の中指示を出していた。おそらくかなりの腕なのだろう。是非とも手合わせしてみたい。
「あの」
「なんだい?」
「是非ともお孫さんと手合わせをさせてもらいたいのだが」
「そりゃいいじゃねえか。自慢の孫がボコボコにされちまうかも知れねえな」
「バカ言うんじゃないよ。いいよ。私達も話したいことがあるしやってきな。外の広場にいると思うから」
俺は礼を言って応接室を後にした。
「あの子、大きくなったね」
「ああ。時間が過ぎたってことだ」
「あの子はあなたが育てることにしたのね。預けるって言っていたのに」
「20年一緒にいたんだ。いつの間にか手放せなくなっちまってな」
2人の間を沈黙が満たす。決して気まずいものではない。むしろ居心地のいいものだ。
「そういえば孫いたんだな。知らなかった」
「何年経っていると思っているんだい?孫だってできるわよ」
再び沈黙が部屋を満たした。外では歓声が上がっている。誰かが試合を始めたようだ。
「いきなり山から出てきたかと思ったらこんな騒ぎを起こして。何がしたいの?」
「あいつを劣等種って言ったバカを切り捨てようとしただけだ」
「それはごめんなさい。門番として無礼のないように対応するように教育しているのよ。あれでも」
「あんなに酷かったか?クロカミ差別」
「時代が変わったのよ。あなたがいない間にね。普段は隠していてもふとした時に出てきてしまうのよ。例えば過度なストレスがかかっていたとかね」
「あんなのストレスになんねえだろ」
「同感よ。でも最近の子達は打たれ弱いから」
「そんな弛んでる奴らは俺が叩き切ってやる」
「あなたね。永久指名手配されているの忘れたの?本来ならここにきた時点で逮捕よ」
「ならちょうどいいじゃないか。永久指名手配犯が何をしても変わらないだろ」
「そんなこと言って、そんな酷いことあなたできないでしょ」
「そう思うか?」
セイカは悲しそうな顔をする友人にかけるべき言葉が見つからなかった。気まずい沈黙が部屋を満たしていた。
「長い間匿ってくれてありがとな」
「私に感謝するんじゃないよ。あくまであなたが私の担当域に住み着いただけ。私は何もしてないよ。感謝ならアインに言いな」
「アインにか?」
「アインはあなたを凶悪犯にしないために全力で動いてたんだよ。一般市民を味方につけるためにあちこち行って噂まで流してさ。あなたがここまで来れたのはあの子のおかげなんだよ」
「ふーん」
「あの子はずっとあなたについて言っているんだ。今も昔も変わらずに。あの子の尊敬の感情を利用しすぎなんじゃないかい?」
「ああ、わかったよ。次会った時に伝えて置けばいいんだろ」
「全くねぇ」
セイカは呆れたようにため息をついた。歳を取っても変わらず子供っぽい彼に困りつつも安心していた。
「失礼します」
ノックの音と共にダウチが入ってきた。手に持っているお盆の上には紅茶と書類が乗っていた。
「アインから聞いたわ。またあそこに行くのね」
「ああ。どうしても欲しいものができた」
「あの子のためなのよね」
彼は問いかけに答えることなくダウチが入れた紅茶を飲んでる。
「まあいいわ。準備に時間がかかるの。少しここに留まってもらうわよ」
「準備ってなんだよ」
「あの土地に入るのには5カ国の承認がないと入れないの。忘れたの?それにあなたにかけられた永久指名手配も取り下げないと」
「取り下げられないんじゃないのかあれって」
「あなたを永久指名手配犯にした奴らももうどの国にも残ってないわ。アインのおかげで一般市民にも恐れられてないし長い間形骸化していたのよ。アインが裏で手を回して数年前には全部の国で同意済み。公的には発表されてないけどね」
「じゃあ、俺に向けられた刺客はなんだよ」
「あれは金額に目が眩んだ、実力もわからないバカよ」
「まあいい。さっさと済ませちゃってくれ」
セイカは紅茶を飲みながら首を振る。その姿はとても優雅だった。
「無理よ」
「なんでだ。ここでさっさと済ませちゃえばいいだろ」
「無理なこと言わないで。あなたが先を急いでいるのはこれでも一応わかっているつもりよ。でも流石に公的な発表はちゃんとしないと意味がないわ」
「わかった」
「あとこれにサインしてちょうだい」
「なんだこれ」
「5カ国からあなたへの依頼書よ」
「なんでだよ」
「仕方ないじゃない。魔王領は本来誰も入れないのよ。この依頼を口述にあなたは魔王領に入れるの」
「依頼ってなんだ」
「魔王領の調査よ」
セイカは真面目な顔をして話し始める。
「最近になって魔王領の近くで異変が起こっているの。異変というより逆行というのが正解なんだけど。魔王領に雲がかかり始めたのは3年前。それから海やら天候やらが次々と荒れて近づくことが難しくなったわ」
「それで上陸して調べてみろと」
「そういうこと。最悪魔王と同等の何かがいる可能性があるから適当な人がいなかったのよ。もちろんあなたをこの任務に推したのはアインよ。我々も何人か、人は出すわ」
「いらない」
「どうして?各国の精鋭よ。きっと役に立つわ」
「魔王は復活しねえよ。そんなゾロゾロ連れて行っても無駄に決まってる。2人で十分だ」
セイカは最初は何か言いたそうにしていたが諦めた。彼がそういう男だと知っているから。
「まあいいわ。我々で勝手に送るから。あら、もうこんな時間。歳を取ると話が長くなって仕方ないわ」
セイカは窓の外を眺める。そこには大きな夕日が輝いていた。
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