陽光の差し込まないこの世界で
サクセン クヌギ
師匠と弟子
第1話 旅路
「ちょいと持っといてくれ」
そう言うと師匠は背中に背負っていた細長い包をこちらに投げた。俺は急慌ててその包を受け止める。
ずっしりと感じる重み。これを白髪の老人の見た目をしている人が片手で投げているのだから驚きだ。
「俺のような弱者には武器なんて必要ないですか?」
師匠の前に立つ若者は不満を露わにした。その手には大ぶりの大剣が握られている。大剣を支える体は山を彷彿とさせた。
鍛え上げられた筋肉から修練への誠実さが滲み出ており、大柄な体格と相まって猛獣のような威圧感を放っている。
「あれはお守りみたいなもんだ。もう使ってない」
師匠は気がついていないらしい。いつものように話している。いつもより気持ちが浮ついいている気もしなくもないのだが。
「おい、大丈夫かあの爺さん。アルベルトと闘えるのか?」
「あの鍛錬バカが認めてる人なんだからそこそこ戦えるんじゃないの?」
「あの爺さん、運悪いな、あいつに目つけられて。アルベルト手加減しろよ」
「俺はアルベルトに賭けるぜ」
「おい、賭けに何ねえよ」
「あのバカ、また相手をボコボコにする気なの?」
どうやらあの若者はアルベルトというらしい。かなりの腕の持ち主なのだろう。
「全力でかかってこい」
「では遠慮なく、行くぞ」
アルベルトは大剣を構えた。彼の金色の髪は逆立ち異様な迫力を放っている。
師匠はというと動かない。構える素振りもなくただ立っている。
アルベルトの顔が歪んだ。あたりに緊張が走る。観客達も固唾を飲んで見守っていた。
訪れる静寂。2人の目線が火花を散らしながら交差する。結果は分かりきっているがどうしても緊張して、息が詰まる。
どのくらいの時間が経っただろうか。長くも短くとも感じる時間が過ぎた時いきなりアルベルトは動いた。
かろうじて目で追えるかどうかの高速の一撃。地面を轟かす一撃に辺りはどよめく。砂埃が舞い上がり何も見えない。
「何ちゅう一撃だ。どうなったんだ?」
「わかりきってるだろ、初めから」
「あのバカ」
「大丈夫か?あの爺さん」
「やりすぎだろ」
「やっぱりアルベルトの勝ちだな」
観客が各々話をしていると砂埃が引いてくる。
「アルベルトが負けた」
誰かが叫んだ。周りは再びどよめく。しかしそれも長くは続かなかった。
すぐに静寂が訪れた。理由は簡単。アルベルトが腹を抑えて膝をついているからだ。
手に持っていたはずの大剣は地面を叩き割りながら師匠の横に刺さっている。圧勝だった。
「アルベルト大丈夫?」
1人の女が駆け寄ってくる。しかし、アルベルトはうめくことしかできない。
「アルベルトだったか?」
師匠はアルベルトに歩み寄り話しかける。
「いい剣筋だったぞ」
その肩にはアルベルトの大剣が担がれていた。
「威力も速さも申し分ないが少し工夫が足りなかったな」
師匠は大剣をアルベルトに差し出しながら続ける。
「力押しで勝てる相手には問題はないがお前以上の強者や技術を極めたものでは
歯が立たない。せっかくの腕が勿体無いぞ」
「ありがとうございます」
「おう」
師匠は満面の笑みを浮かべながら戻ってきた。
「嬉しそうだな」
包を返しながら尋ねる。
「当たり前だ。あんなに真剣に剣に向き合っている奴なんて久しぶりだったからな。少し本気出しすぎちまった」
師匠は包を受け取ると肩から背負った。
「それにな」
「それに?」
言葉を切った師匠に反射的に尋ねてしまう。
「あいつ、せっかくのスピードを攻撃に全振りしてやがった」
師匠はこちらを振り返ると生き生きと話し始めた。
「大抵の速さを鍛える剣士はHIT&AWAY でちまちま削るやつが多いのにだぞ。最高の一撃で打ちのめすために相手の攻撃を避けないなんてイカれてるぜ」
「師匠はそういうの本当に好きだな」
「そりゃあな。でも俺はお前ほどイカれた奴は知らないぞ」
師匠はそう言うと前を歩き始めた。師匠の小さな背中はこれまで見た中で最も大きい。
「あいつはもっと
師匠はとてもご機嫌だった。最近は戦いを挑む者が少なかったことも関係しているのかも知れない。
「よお、あいつの調子はどうだ?」
私たちはアルベルトの見舞いに来ていた。
「アルベルトは一応安静にしていますがもう動けるぐらいには回復しました」
中にいた医師と思われる女は丁寧に師匠の受け答えをしていた。
「そうか、それはよかった。顔を見ることはできるかい」
「出来るか出来ないかでいえばできるのですがおすすめは出来ないというか何というか、、、」
さっきまでと異なった女のはっきりしない受け答えに疑問に思っていると扉が勢いよく開かれた。そこにはアルベルトが膝をついていた。
「どうか弟子としてあなたについて行かせていただけないでしょうか」
「ちょっとアルベルト、この街の治安維持の仕事はどうするの?あなたのおかげでこの街は平和なのよ」
「止めないでくれ、イリス。彼は俺の憧れなんだ。必ず強くなって帰ってくる。後輩だって俺がいなくなっても困らない程には強くなった」
「この鍛錬バカ」
「あっははは」
会話を聞いていた師匠がたまらず笑い出した。
「すまない、すまない。我慢できなくてな。残念だが俺は弟子を取らない。それに俺の弟子よりイリスちゃんの隣の方がいいと俺は思うぞ」
イリスは顔を真っ赤にして俯いてしまった。しかし、アルベルトはというと俺の方をじっと見つめている。正直気まずい。
「こいつか?」
師匠がアルベルトの視線に気が付いた。
「こいつは俺の子供みたいなもんで弟子じゃねえよ。確かに剣は少し教えたけどな」
俺は複雑な気持ちだった。
「そうですか」
アルベルトの羨ましそうな目線は変わらず注がれている。気まずい。
「まあ、そうだな。せっかくだ。アドバイスぐらいはしてやるよ」
「本当ですか!?」
アルベルトは目を輝かせながら師匠の話に耳を傾けていた。俺はその光景を見たくなかった。
「やっぱりあいつはイカれてたな」
前を歩く師匠は嬉しそうだ。目的地である街外れの大きな石の門が近い。
「アルベルトのやつ素振りでエレでの身体能力強化を身につけたんだとよ。センスの塊だろ、そんなの。ちゃんとした練習したらどうなるんだろうな」
門についた。師匠は変わらずアルベルトについて話し続けている。門番はこちらに気がつくと軽くお辞儀をした後駆け寄ってきた。
大体15歳ぐらいだろうか。少し小柄だが気の強そうな顔をした少年だった。
大きなリュックを下すと中から紙を取りだし、少年に渡す。少年はその書類をくまなく確認すると門の方まで走って行った。
少し経ち少年が戻ってくる。その手には紙が握られていた。少年は一度こちらに紙を見せた後小さなペーパーナイフを取り出すと目の前で半分に切る。
紙には赤いインクでスタンプが押されていた。少年は片方をこちらに渡す。
「良い旅を」
「ありがとう」
軽く言葉を交わし、門を潜る。見えるのは砂と暗くなりかけている空のみ。後ろで鐘がけたたましい音を上げる。
「時間になりましたので門を閉めます」
門番の少年が大声で叫んだかと思うと、鈍い音を立てながら門が閉まった。
「さっさと次の街に行くか」
師匠は砂の上を歩き出す。砂にあしがとられて歩きづらく靴に入ってくる砂は不愉快き極まりない。
俺たちはこの街を後にする。数年は戻ってこないだろう。師匠は砂の上を歩いているとは思えないほど軽やかな足取りで進んでいた。
これからの砂の上をゆく旅路に憂鬱になる。そろそろ太陽が沈みそうだ。砂漠の夜はかなり冷え込む。
小さくなった師匠の背中を急いで追いかける。最初に感じた不快感と夕暮れはあっという間に過ぎていった。
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