第12話 先人の知恵

 これまで星空は綺麗だと思うことはなかった。夜になれば必ず見れる景色だから。でも今日は明らかに違って見えた。


「珍しいですね、素振りをしてないなんて」


「そんな気分になれなくて」


 ダウチが声をかけてきた。理由は見当がついている。


「今日の試合は惜しかったですね」


「惜しくなかっただろ」


 俺は負けた。


 キシカと戦うまでは順調に勝っていた。しかし、キシカには全く通用しなかった。


 この前と違ってキシカは攻めてきた。その攻めを捌ききれなかった。カウンターも簡単に防がれた。


 あの時は全力ではなかった。いや、確実に勝てる方法で戦っていたのだろう。あの時は守ればよかった。攻める必要がなかった。


「私は惜しかったと思いますよ。特に最初はキシカさんも焦っていました。もちろん顔には出してませんがね」


「最初は索敵眼サーチアイがまだ使えたから」


 ダウチは優しく俺に微笑んでいる。


「私にはあなたが焦っているように見えますよ」


「当たり前だ。俺のせいで師匠は足止めを食らっているんだから」


「それだけではないでしょ」


「まあ、同世代のキシカに勝てないのもあるけど」 


 ダウチは俺の答えに満足したように頷いた。


「その気持ちよくわかります」


「え?」


「これでも一応私は兵士団の兵士だったんですよ」


 驚きを隠せなかった。よく考えれば門での一件の時の動きや覚悟は普通の文官にはできないものだろう。


「私の時代はまだ魔王の手下がたくさん残っている時代でしたからね。非力だった私は役立たずだったんです」


 俺は何も返す言葉が出なかった。何の言葉を返したとしてもダンチの古傷を抉ってしまいそうだったから。


「だから私は技術を極めることにしたんです。それこそ索敵眼サーチアイも挑戦したんですよ」


 ダウチは自分の目を指さして言った。その目はかすかに黄色がかって見えた。


「私は結局、索敵眼サーチアイを身につけられませんでしたよ。まあ、その過程をセイカ様に評価していただいてこの地位にいるのでよかったのですがね」


「過程って索敵眼サーチアイの研究をしてたのか?」


「研究ってほどではないですよ。使える人に話を聞いて使っている時の感覚をまとめただけです」


「それは見ることはできるか?」


「もちろん。ただ全部は読めないと思いますよ」


「そんなに多いのか?」


「まあ3年分の記録ですから」


「すごいな」


「私も我ながらすごいと思っています」


 まあそれだけやっても身に付かなかったってことなんだが。


「いろんな人の話を聞く中でわかったのは索敵眼サーチアイは感覚的なものが大きかったということです」


「感覚的か。はっきりしないな」


「そうです。つまり人はどれだけ時間をかけてもできません、私のように」


 そういうとダンチは嬉しそうに微笑みかけてきた。


「あなたは側だ」


 その言葉には説得力と真剣さが込められている。俺を励ますための口先だけの言葉ではなく本心からの言葉だった。


「だってそうでしょう。もう感覚を掴んでいるのだから。3年どころか1ヶ月も経たないうちに」


 ダンチは真剣な顔で俺に向き直る。


「あなたに今足りないのはインスピレーションです。それは焦ったからといって早く降りてくるわけではない。気長に待ちましょう」


「わかった。とりあえずダンチがまとめた記録を見せてくれ」


「いいですよ。では1巻をお貸ししましょう」


「1巻って。全部で何巻あるんだよ」


「6巻です」


「マジか」


「マジです。役に立てばいいのですが」


 その後、俺はダンチから辞書かと思うほど分厚い本を渡された。量は多いが内容もわかりやすくまとめられていた。


 これがあと5冊もあるのかと思うとシキカがダンチを起用した理由がわかる。こんなに有能な文官はなかなかいないだろう。




「声をかけなくてよろしいのですか?」


 ダンチは遠くから様子を見ている人影に気がついていた。


「あいつはそんなやわじゃない。俺からどうこういう必要もない」


「そうですかね」


 ダンチは知っていた。彼らの少し変わった師弟関係を。


 お互いがお互いを高く評価しすぎるが故にどのように接すればいいのかわからなくなっている。


「あいつを気にかけてくれてありがとうな」


「私がやりたかっただけです。彼は素晴らしい素質を持ってますから」


「お前もそう思うか?」


「はい。妬ましいほどに」


 技術を極めようとする者達が羨む物を青年は持っていた。


 圧倒的なセンス


 それは戦闘やエレの扱い方に大きく影響を与える。それはただ単に技の完成度という話だけではない。


 習得速度が違う。


 本来なら何回もトライアンドエラーで修正を重ねてやっと手に入れる感覚。


 それを必要としない。


 最速で最短距離をぶち抜いてくる。努力を簡単にねじ伏せる。圧倒的な理不尽が青年だ。


 だからこそ「もったいない」


 青年に関わる全ての人がそう思う。


 生まれつきのエレの使用制限。


 使えるエレは兵士達以前に一般市民よりもはるかに少ない。そんなクロカミとして生まれてきたことに対する言葉。


 誰もが考えてしまうのだ。


 もし彼がたくさんじゃなくていい。一般人程度のエレを使えたらどうなっていたのかと。


 

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