第13話 息抜き
落ち込むきっかけを作った手前、何と声をかければいいかわからなかった。
後悔はしていないといえば嘘になるかもしれない。
彼との戦いにおいて手を抜きことはあり得ない話。でもやっぱり落ち込む彼を見るのは辛かった。
彼はさっきからダンチと何かを話している。ダンチはあのおばあちゃんのサポートをしてきた男。きっと彼に今必要な言葉をかけてくれているはず。
今日は話しかけるのはやめよう。今はなんと声をかけても彼を追い詰めてしまいそうだから。
明日、誘ったら一緒に遊んでくれるかな。
「遊びに行く?」
キシカの言葉に俺は耳を疑った。確かに今日はトーナメントの後ということで兵士団の訓練は休みだ。
「そう。だってミヤビ訓練に参加してたからこの街見てないでしょ」
「まあ、そうだけど」
そうではあるが、キシカは兵士団団長であり次期王女。俺と一緒で平気なのだろうか。
「守っている物のことを知るのも兵士団の仕事なんだよ。とにかく行くよ」
俺はキシカに手を引かれるがまま街に飛び出した。
久しぶりに俺の腰には黒光りする木刀は刺していなかった。
「ここが私たちが守っている自慢の街だよ」
通りを行きかう人々。出店には新鮮な魚介類を活かした商品が並んでいた。どこからか子供の声もしている。
「確かに。いい街だな」
「でしょ」
キシカは自慢げな顔を浮かべながら前を歩いて行く。
俺の心配は無駄だったようで鎧を外したキシカはこの町に溶け込んでいて誰も気がつかない。
このモロジェリという街は城を中心として放射状に延びた道路が特徴的な街だ。海に面しているという土地柄、新鮮な海産物と他国からの輸入品が手に入りやすかった。そのため大きな道路から商店街が発展していった。
そういった事情もあり、城から延びるメインの道路は人通りが著しく多い。もしも、キシカが手を引いてくれなかったらバラバラになってしまっただろう。
「このお店、私のお気に入りなんだ」
暫く人込みの中を進んだ。
キシカはとある店を指さしながら俺に話しかけた。その店はメインの通りに面したこじんまりとした店だった。中は満席とはいかないが席はかなり埋まっていた。
「入ってみようよ」
「そうだな。ちょうど腹が減ってたんだ」
キシカは嬉しそうな顔を浮かべると俺の腕を引いてその店に向かっていった。
カランカランと音を立てながらドアが開く。中からほんのりと香ばしい匂いが漂ってきた。
「いらっしゃい。あら、キシカちゃんじゃないの」
中にいた気の良さそうな女の人が嬉しそうに声をかけてきた。
「今日は兵士団はお休みなの?」
「そうなんです。今日は新しいお客さんを連れてきたんですよ」
「あらそうなの。私はアリンっていうの。このお店は私と私の旦那でやっているのよ」
「ミヤビです」
視線を感じて厨房の方を見るとかなり腕っぷしの強そうな男がこちらを見ていた。
目線が合うと男はぺこりと頭を下げた。俺もお辞儀を返す。おそらく彼がアリンの旦那なのだろう。
「せっかくの休みなんだ。ゆっくりしていってよ」
軽くアリンと会話をした後俺たちは奥のテーブル席に座った。
店内は木を基調としていて落ち着いた雰囲気だった。この砂漠に面したモロジェリの土地柄、木を使っているのは珍しい。
「ミヤビは何を食べる?」
「そうだな。何かオススメあるか?」
「オススメねぇ。全部美味しんだよなぁ」
キシカはメニューと睨めっこを始めた。その姿は普通の女の子で国を背負っているようには見えない。
「決めた」
キシカは目線をメニューから俺に移した。その目はキラキラと輝いていた。よほど楽しいと見える。
「どれも美味しいんだけどやっぱりカルパチかな」
「どんな料理なんだ?」
「白身魚の料理なんだけど、爽やかな感じで美味しいの」
「じゃあ、それにする」
キシカはアリンを呼ぶとカルパチを2つ注文した。
少しの沈黙が向かい合う俺達の間を埋めていく。
「昨日のどうだった?」
キシカは明るく言った。勤めて明るくしているようだった。
「トーナメントのことか?」
「うん」
知らない間に口調が強くなっていたのかもしれない。キシカの声色は少し暗くなった。
「まだまだ鍛錬が足りないことに気がつけたい良い機会だった。勝てる可能性があると思ってた自分が恥ずかしくはなったけどな」
「私はそうは思わないよ」
「そうか?」
「今回私が勝てたのはミヤビが
キシカは申し訳なさの混じった真面目な顔をしていた。
「そのことを使って誘導したから勝てたの。そうじゃなかったら私の負け。少なくとも引き分けだった」
「ならその誘導に引っかかった時点で俺の負けだ」
「でも」
「まあ、そのぐらいにしときなよ」
アリンだった。アリンは2つの皿を手に持っていた。
「仲良く食べないと美味しくないだろ。休みの時ぐらい兵士団のことを忘れたらどうだい」
アリンは俺たちの前に皿を置いていく。そのの上には真っ白な魚が美味しそうな匂いを発しながら輝いていた。
「当店名物白身魚のカルパチだよ。少しおまけしといたからね」
そう言ってウインクするとキシカの肩に手をおいて厨房に戻って行った。
「じゃあ食べるか」
「そうだね」
俺は一切れ口に運んだ。
白身魚の淡白な味に果実の爽やかな風味が合わさりとてもおいしかった。魚特有の生臭い感じも全くない。
これまで食べた物の中で1番美味しかった。そもそも師匠との生活においては丸焼きぐらいしか選択肢がなかったのもあるとは思うが。
「美味しいな」
「でしょ」
キシカは嬉しそうな声を上げた。
「この果実がすごいの。かなり酸っぱいらしいんだけど魚の生臭さを消してくれるし、酸味も目立たなくなっているの」
そう言うとキシカはカルパチを口に運びうなった。
あっという間に食べ切ってしまった。それぐらい美味しかった。
「ごちそうさま、今日も美味しかったよ」
「そうかい。それは良かった」
会計を済ませながらアリンとセイカが話をしている。
「あの」
「なんだい?美味しかったかい?」
「これまで食べた中で1番うまかった」
「そう言ってくれると嬉しいね」
「カルパチに使われている果実ってどこで買えるんだ?」
「あの果実かい?そのままだと酸っぱいよ」
「少し気になって」
「そうかい。じゃあ1つあげるよ」
「いや、でも」
「いいのよ」
そう言うとアリンは厨房に向かって行ってしまった。そして黄色い果実を持って帰ってきた。
「はい。美味しいって言ってくれたお礼だよ」
「ありがとう」
「いいよ」
俺は厨房の旦那さんにもお辞儀をした。軽く手を上げて答えてくれた。
店を出たにした後俺達はモロジェリ観光をした。街中を歩いたり、海を見に行ったり。
鍛錬を全くしてないで1日を過ごすのは久しぶりだった。
「楽しかった?」
「ああ、かなり」
「それなら良かったよ」
俺達は兵士団舎に着いた。日もすでに傾いている。
「じゃあ、明日ね」
「また明日」
そう言って俺達は別れた。少し寂しい感じがした。明日また会えるはずなのに。
今日はシャワーを浴びてすぐに横になった。思っている以上に疲れていたらしい。慣れないことをしたせいだろう。
今日は新鮮なことばかりだった。特にアリンの店で食べたカルパチは格別だった。
今思い出しただけで空腹になりそうだ。俺はふとアリンにもらった果実を思い出した。
俺は起き上がり机の上に置いてある果実を掴んだ。暗がりの中でも黄色い果実はまるで月のようだ。
表面を軽く擦ると齧り付く。
「んー」
口の中に広がる苦味と強すぎる酸味に悶絶する。とてもカルパチに入っていたとは思えない。
急いで水を飲む。まだ口には酸味が残っている。
いきなりとある考えが頭を駆け巡った。それは果実を齧ったのと同じぐらいの衝撃を俺に与えた。
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