第4話 剣術稽古 in 砂漠
アインと別れて数日経った。砂漠の真っ昼間、灼熱の陽光がジリジリと降り注いた。
地面からたちのぼる湯気によって景色は歪み生き物の気配は全くしない。聞こえるのは自分の掛け声と木刀の空を切る音だけだ。
「いい加減やめとかないと倒れるぞ」
師匠がテントの日陰の中から声をかけてくる。
確かにこれ以上は夜の移動に支障が出るかもしれない。俺は素振りをやめてテントの中に入った。暑いことには変わりないのだが日差しが当たらないためだいぶマシだ。
「何を焦ってるんだ」
師匠から差し出された水筒をぐいっと煽る。乾いた身体に水が染み渡っていくのを感じた。
「最近剣を十分握れてなかったから」
最近は太陽が登ったらテントに避難し休み、沈んでから移動するという生活の繰り返しだった。剣を握るのは太陽が昇る直前と沈む直前の数分だけだ。
「確かにそうかもしれないな」
師匠は水を口に含むとしばらく黙ってしまった。師匠は何か考えている。汗を軽くぬぐい、夜に向けて少し睡眠を取ろうとした時師匠はやっと口を開いた。
「わかった。数日移動をしないことにする。確か少し行ったところにオアシスがあったはずだ。少し道からは逸れるがまあいいだろう」
「マジで!?」
アドバイスをもらったりはしていたが師匠に指導してもらうのは久しぶりだ。剣術も見よう見まねで自己流だ。だから師匠から教えてもらえるのはありがたい。
「とりあえず今は寝とけ」
そう言われてすぐに眠りについた。期待を胸に抱きながら。
「まだ甘いな」
今ので投げられたのは何度目だろうか。砂が口に入りジャリジャリ音を立ててる。急いで立ち上がると師匠と向かい合う。
目の前にいる師匠はいつもと変わらないのだがその立ち姿からは隙が感じ取れない。師匠に勝つ想定ができない。
「準備運動はこのぐらいにしよう。一回休め」
師匠はそう言うとオアシスの方へ歩いて行ってしまった。
あたり一面、黄色い砂の海の中にぽつんと現れる青々しい浮島。生えている植物も足元をくすぐるようなものから果実を成している大きな木もある。ここはまさに楽園そのものだった。
俺は荷物から小さな布を取り出してから水の方へ向かう。気温となげられ続けた衝撃で頭がぼーっとする。
布を水の中に入れる。ひんやりとしている水が火照った身体を冷やしていく。
軽く絞った後、身体を拭いた。最後に顔を拭いた時やっと一息つくことができた。
「落ち着いたか?」
師匠は水筒を差し出しながら隣に座った。頷きながら水筒を煽る。運動後の水は格段に美味しく感じた。
「エレは使いにくいか?」
「すぐに無くなっちゃうから」
頷きながら答える。師匠は考え込んでいるのかぼんやりと遠くを見ていた。俺も特に何も考えず水面を眺める。
微かに吹いている風が水面を掻き乱す。その様子は魅力的で眺めているだけで時間が過ぎていった。
「お前はエレってなんだと思う?」
考え込んでいた師匠はいきなり訪ねてきた。
「人間が生きていく中で作られたエネルギーじゃないのか?」
「確かにな、俺もそう信じててた。でもこの身体になってから考えが変わった」
師匠はこちらに向き直ると再び話し始めた。
「簡潔にいえばエレは人間が生み出した物ではない」
この時俺はどんな顔をしていただろう。間抜けな顔をしていただろうか、それとも呆れた顔だろうか。定説を完全に否定する意見に頭が追いつかなかった。
「もちろん、俺たちが放っているのは人間が生み出した物だぞ。でももともとは自然にあったものだと思う」
「なんでそう思うんだ?」
「そうだなぁ結局感覚としか言いようがないんだがな」
師匠は一度言葉を切るとしばらく何か考え込んでいた。だがすぐに再び話し始めた。
「例えばな、この前の襲撃で
「それがどうしたんだ?」
「
「つまり
「そうだ。だからとあることを実験してたんだ」
師匠は刀を手に取って立ち上がった。
「さっきのが正しければ空間に満ちたエレを取り込めるんじゃないかってな」
そういうと刀を抜き放った。微かにエレが放たれたのがわかった。
「結果わかったのはこの方法で得られるエレはすぐに作ることができる程度のものだったということだ」
師匠は刀を収めながら話を続ける。
「それでも俺たちにはありがたい話だろ」
「確かにそれが使えればエレを使って戦いやすくなる」
「だからお前にはこの技術を覚えてもらう。まあどうにかなるだろ、お前なら」
「うっす」
師匠は俺の頭をわしゃわしゃと撫でるとさっきまで修行をしていたオアシスと逆の方向に向かって歩いていってしまった。
俺は恵まれていると思う。俺の目の前には常に道を示してくれる大きな背中があるのだから。
俺は見通しの甘さを認めるしかなかった。正直舐めていた。
そもそも師匠が気がつくのに時間がかかった、これまでの考え方では捉えられない事柄なのだ。いくら経験者から教えてもらったとしても感覚を掴むことは難しいに決まっている。
自分の周りにあるエレを自覚すること。これが驚くほど難しい。手応えが全くない。時間だけが過ぎていく感覚が俺をどんどん焦らせていた。
「一旦落ち着け」
師匠の声で集中が途切れたのを感じた。それと同時に倦怠感が襲ってくる。暑さも相まって溜まっていたかなり疲労が溜まっていたようだ。
「最初からそう上手くいくもんじゃない。そう焦らなくてもいいと思うぞ」
「でも師匠が教えてくれないだろ」
「俺は教えるのが苦手なんだよ」
師匠は困ったように頭を掻いた。
「まあそうだな。具体的にエレを捉えられなくても濃淡ならわかるんじゃないか?お前もエレを使った攻撃を感じるだろ?」
「まあ、一応は」
「それの応用だ。まあほどほどに頑張れよ」
そういうとオアシスの方へ帰って行ってしまっていた。その後ろ姿を見送っていると寒さに身震いをした。
今まで気がつかなかったのだがもう日が傾いていた。砂漠の夜が訪れかけていた。
俺は座り直すと深呼吸をし呼吸を整えた。冷え始めている夜の空気が肺に流れ込んでくる。これがおそらく今日出来る最後の挑戦になるだろう。
ゆっくりと目を閉じた。相変わらずエレを感じることはできない。諦めずにエレの濃淡を探す。明らかな濃淡は感じられない。
もう一度深呼吸をする。より深く鋭く集中力を研ぎ澄ませる。しばらく続けているとほんのりと何やら見え始めた。
それは夜中、徐々に目が慣れてきて暗闇でもぼんやりと見えるようになっていくように少しずつでも確実に見えるようになった。すると一箇所だけ異常にエレが濃いことがわかった。
その方向には俺たちが生活を送るオアシスがある。俺はゆっくり目を開く。月はもう上がってきている。
時間がかかってしまうことは改善しなければならないがどうにか入口に立つことができたようだ。俺は立ち上がると師匠のいるオアシスに向けて歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます