第3話 謎の男 アイン
師匠は俺に話しかけてきた男を地面に放り投げた。男は受け身も取らず間抜けな声を上げた。
「どういうつもりだ、アイン」
男は服についた砂を払いながら立ち上がる。その男の服はやけに汚れていたが、物自体は良い物のようだった。
「まさか伝説の剣士様に名前を覚えてもらえているとは。もう忘れられてると思っていたので光栄なことです」
「こちらこそ各国から首輪をつけられたお犬様にわざわざ出向いていただけてありがたいですよ」
師匠はもう片方の腕に抱えていた男を縛り上げると積み上げていた盗賊たちの山の方へ放り投げた。
「どうも、お初にお目にかかります。私はアインという者です。これでも私は全5カ国から特別技術サポーターとして特別待遇を認められている唯一の学者なんですよ」
アインは近づいてくると手を差し伸べてきた。私は差し出された手を握る。鍛錬をしている者特有の硬い感触はなく、弱々しい手をしていた。
「お名前を教えて頂いても?」
「やめとけ、こいつと絡んでもいいことねぇぞ」
アインはやれやれという感じで肩をすくめた。
「アインと師匠はどういう関係なんだ?」
「それはですね」
「やめろ」
師匠は勢いよく遮った。
「そういう話は俺のいないところでしてくれ」
そう言うと師匠は盗賊達を引きずりながら街に向かって歩いて行ってしまった。
「そういえば彼は褒められるのが嫌いでしたね」
「そうなのか?」
「そうですよ。とある式典に出ることにかなり渋っていたことがありましたから」
アインは隣に腰を下ろした。
「あなたは『10人の戦士』の話を知っていますか?」
「なんだそれ」
「あっちこっちに広がっている一般的な昔話みたいな物語なんですが。ちなみにあなたが彼と旅を始めたのはいつごろですか」
「小さい頃に師匠に拾われてからずっと一緒だ」
「なるほど、それなら納得です。彼ほどではないでしょうが私もあの話は嫌いですから」
「その話が師匠と何か関係あるのか」
「ありますとも。そもそもこの話は実話が元になっています。出てくるのは5人の戦士と1人の戦略家、そして魔王。5人の戦士と戦略家が魔王を倒しこの大地に平和をもたらした、そう言う話です」
「実際に魔王がいたのか?」
「居ました。でも話の中ほど残虐でもなかったですし最初は共存する道を模索している時期もありました。最終的には優れたエレの使い手達によって倒してしまいましたが」
「なら師匠は5人の戦士の中の1人だったわけだな」
「いいえ、彼は6人目の戦士。話から消された幻の戦士です」
「なんでだ。師匠がなんかやらかしたのか」
「そうですね、何をやらかしたと思います?」
アインは笑顔を浮かべて立ち上がった。
「これ以上言うと彼の逆鱗に触れそうなのでやめておきましょう」
アインはそういうと砂を払いながら空を見上げる。
「星が綺麗ですね」
空を見上げてみる。紫がかった闇に星の光が無数の白いシミを作っている。
「そうか?」
アインは少し困ったような笑みを浮かべていた。
「おいアイン。俺の相棒に変なこと教え込んでねぇだろうな」
師匠が街から帰ってきた。その手には小さな袋が握られている。
「変なことって具体的になんのことですか?」
飄々とした振る舞いに師匠は諦めたようにため息をついた。
「いきなりどうしたのですか?私はてっきりあなたから嫌われているものだと思っていましたよ」
「事情が変わったんだ」
その素気ない答えにアインは悲しそうな顔をする。
「許してないんですね。でも、あの時はあのようにするしかなかったんです。私もあなたも」
「ああ、わかっている。わかっているんだがな、許せないんだ」
そう言うと立ち上がって寝ている青年の元に歩いていく。
「どうしてクロカミの彼と旅をしているのですか?弟子は取らないはずでしょう」
「放っておけなかったんだ」
荷物から大きな布を取り出すと青年の身体にかける。布からゴツゴツとした手が覗いていた。
「俺はイカれた奴が好きだ。他人がやらない事にひたすらに打ち込むなんて普通できない。その点では俺はお前を気に入っているんだ」
「嬉しいですね」
「でもな」
そこまで言うと青年の隣に座った。その目は子を思う親の目だった。
「大抵結果を焦る。結果を出すために無茶をして早死にする。こいつもだ」
青年は気持ちよさそうに寝ている。その鍛え抜かれた身体とは裏腹に顔にはあどけなさがまだ残っている。
「その気持ちは私もわかります。私も何度も死にかけましたから」
「こいつにはお前みたいに生き残って欲しい。生き残って好き勝手暴れて欲しいんだ」
「あなたが心変わりしたのは彼のためですか」
「そうだ。刺客を引き連れてくるとは思わなかったけどな。負けてたらどうするつもりだ」
「負けるわけないでしょう、最強の剣士オメンが。それにたまたまですよ、たまたま。でも旅費の足しにはなったんじゃないですか」
「あぁ、ありがたく使わせていただきますよ」
アインはにこやかな笑顔を浮かべている。
「やっぱりオメンと呼ばれるのは嫌ですか?」
「あぁ、昔のことは思い出したくない。そもそもオメンって呼んでたのお前だけだろ」
「いい名前だと思うんですけどね」
2人は満足したのか口を噤んだ。静寂と冷たい風が2人を包み込む。東の地平線が明るくなった。眩しい光が2人を照らす。
「次はモロジェリですか」
「ああ、そうだ。お前はまだあいつらと会っているのか?」
「仕事ですから」
「そうか、気をつけろよ」
「彼によろしくと伝えといてください。未来の最強剣士デシオメンに」
「ネーミングセンスねえなお前」
「いい名前だと思いますよ」
「うっ」
眩しさを感じて目を覚ました。
「起きたか。早々に出発するぞ」
師匠はもう荷物を片付け始めている。空はまだほんのり青かった。
「アインは?」
「さあな、仕事だろ」
師匠の友人は嵐のように去っていってしまったようだ。もっと師匠の昔話を知りたかった。また会ったら話してくれるかもしれない。これから数日は砂漠を歩くのだ。時間はたっぷりとある。
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