第14話 追手たち
森に入ったラングルフは何も考えずにまっすぐ突き進んでいた。
道案内には追っ手の一人を連れてきている。
「かっかっかっ、まさかこの程度の仕事に追加報酬をくれるなんて領主様もずいぶんと太っ腹じゃねーか」
「あの……、ランドルフ様……。本当に怪しい森なんですよ。訳のわからない罠があったりとか……」
「どうせガキどもの罠にでも引っかかったんだろ? そんなもの、力ずくで壊せば良かっただろ」
「そう簡単にできるようなものじゃないですよ。ランドルフ様は受けてないからわからないんです」
「あぁ!? この俺がその程度のものを壊せないとでも言うのか?」
思いっきり首根っこを掴まれて追っ手は必死にもがき苦しんでいた。
しばらくして捨てように地面にたたき付けられる。
「殺しはしねーよ。お前には道案内してもらうという重大な仕事があるからな」
「はぁ……はぁ……」
なんとか一命を取り留めた追っ手は先ほどヤークと子供たちを見失った場所まで案内する。
巨大なベッドの罠があるから一目瞭然だろうと思っていた。
しかし――。
「な、ない。ここにあったはずなのにない……」
しばらく歩き、ようやくたどり着いたのだが、そこには本来合ったはずの罠がまるで最初からなかったかのように姿を消していた。
「ど、どういうことだ?」
「やはりな」
「ランドルフ様はわかったのですか?」
「簡単なことだ。お前たちの話しがあまりにも現実離れしていたからな。お前たちは幻覚に掛かっていたんだ」
「あっ……」
言われるまでその可能性を完全に除外していた。
確かにあんな滑稽なベッドに押し潰されるようなこと、あるはずがない。
幻惑を見ていたと言われた方がよほど信用ができた。
「つまり相手は魔法使い。ただ幻惑魔法が来るとわかっていれば簡単に対処ができる」
「どうやって――」
「気合いだ!」
「はぁ?」
「精神攻撃だからな。気の持ちようで簡単に防げる。そんなことありえるはずがない、と強く考えたらな」
「あっ、いえ、違います。その……、あそこ――」
追っ手の男が指差した先には立ち上がった巨大ベッドの姿があった。
「なんじゃありゃぁぁ!!」
ランドルフは思わず声を上げる。
しかし、冷静に考えてこの状況がおかしいことくらい子どもにでもわかる。
つまりこれは幻覚。
ベッドに手が生えて殴りかかってくるはずがない。
追っ手の男は意味のわからない恐怖から一人逃げ去っていた。
――あいつめ。帰ったら半殺しにした上で殺してやる!
苛立ちを隠そうともせずにベッドを睨み付ける。
幻覚ならダメージを負うことはない。
それよりも術者を探さねば……。
周りを見渡すが、物音一つ聞こえない。
だからこそこのベッドがより怪しく引き立つのだが――。
そのままランドルフに振り下ろされた拳。
どうせ幻覚なのだからとそれを躱そうともせずに無視をする。
「ぶげらっ!?」
衝撃はないと高をくくってガードもしなかったこともあり、ベッドの攻撃をまともに受けるランドルフ。
まともに戦えばとても強い男のはずなのに油断した結果、たった一撃でその意識を刈り取られるのだった。
『すぅ……すぅ……』
そんなランドルフが最後に聞いたのは誰かの寝息だった――。
◇◆◇
その一部始終を暗殺者アルは木の上から見ていた。
信じたくないのは山々だが、あれが実体であることは目で見るより明らか。
おそらくは土をベット状の形にして、更にそれを操って動かしているのだろう。
そんな高度な魔法を使える人間をアルは知らないが、目の前で起こっていることまで否定しては先ほどの男みたいになるだけだった。
自分は油断しない。
常に冷静であるべし。
暗殺の基本として何度も叩き込まれた事である。
その教えに忠実に。
相手がとんでもないほどの能力を持っていることは明白である。
まずは相手の居所を探り、気づかれないまま背後から刺す。それだけである。
ただ相手も相当の手だれのようでその姿がまるで見えない。ベッドを動かしていた位置からいくつかあたりはつけているのだが、そこに人の影がなかったのだ。
――姿を消す魔法がある?
ありえないづくしの今の現状だとそれすらあってもおかしくない。
しかし、その場合自分のやってることは無駄なんじゃないだろうか?
相手はまるで姿が見えないのに対して、自分は堂々と姿を見せている。
それだけでもう自分に勝ち目がないことがよくわかってしまう。
――離れないと。
急に悪寒に襲われたアルだが既に手遅れだったようで、一歩動いた瞬間に猛烈な眠気に襲われて、そのまま意識を手放してしまう。
◇◆◇
僕たち全員の前に連れ出されたのは、元Sランク冒険者ラングルフと暗殺者アルだった。
流石に警戒を促した二人があっさり捕まっている情報にはヤークも呆れ顔を浮かべるしかできなかった。
「えっと……、これって?」
『捕まえましたぁ』
『すぅ……、すぅ……』
どうやら二人で何かをして捕まえたらしい。
危険な相手だったことを考えるとこれは十分に助かったが、話を聞く限り二人の方が不憫に思えてくる。
二人とも相手が精霊であることに気づかないまま倒されてしまったのだから。
そんな話をしているうちに小柄な方が目を覚ます。
「んんっ、ここは……?」
周りを見渡し、自らの動きが拘束されていることを確認し終えると鋭い視線を僕に向けてくる。
「目が覚めた? えっと、暗殺者のアルさん?」
「……」
目だけを動かして周りを見ていた。
まずは僕、次にリア。そのあとヤークたちを……。
「アルという人には心当たりがない。ただ森を歩いていただけなのになぜこのような仕打ちを受けているのかわからない」
とぼける選択をしたアルに対して、ヤークが怒りをあらわにする。
「お前が暗殺者アルだってことはわかってるんだ!」
「だからそんな人間は知らないと言ってる」
今の迫力ある言葉にも動じないとは……。
思わず感心してしまう。
『主様、どうしますかぁ?』
「うーん、確かにアルって人は誰も見たことないんだよね。ランドルフさんがこの人なのは間違い無いんだけど……」
迷ったそぶりを見せながら、視線はクロエに向ける。彼女は何を言われようとしてるのか理解してこくっと頭を下げていた。
「そうだ! それならこの人も安全だと分かるまでここに住んで貰えばいいんだ!」
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