第5話 農具

 人が一人増えた結果、僕は重大な問題に悩まされていた。



「家が足りない……」



 今この土地にあるのは小屋が一軒、巨大な池、大量の食材、猪二頭。


 僕一人で住む分には何も困ることはないのだが、もう一人。しかも女の子がここに住むとなると話しが変わってくる。

 さすがに同じ小屋で寝るのは気が引ける。


 一日二日なら仕方ないかもしれないが、早急に家を建てる必要があった。


 それとは別にここでの生活を安定されるために精霊さんの気まぐれで集められた果物に頼るだけの生活はまずい。今すぐには仕方ないまでも自給自足できるように早々に畑を耕していかないといけないだろう。あとは今回の探索で見つけられなかったスライム。これも必要だ。


 ただ、必要な物が増えた反面、人手も増えた。

 彼女もヤル気を見せているのだから、協力してここを快適な場所へ変えていけるように頑張ろう。



「とりあえずまずは家を作るための木材集め……かな?」



 僕は側にある大木の前へと移動する。

 両手を回しても到底反対の手に付かないどころか、半分も回せないほどの巨大な木。

 当然ながら道具がないと切り倒すことはままならない。



「道具……か。僕に作れるのかな?」



 真剣に考えるがそもそも道具を作ろうにも素材が足りない。

 しばらくは精霊さんを頼るより他なさそうだった。



「ユウ様、何難しい顔をされてるのですか?」

「さすがに一緒に寝泊まりするのはマズいから、もく一軒、家を建てないといけないって思ったのだけど、それが中々大変だから――」

「何がマズいのですか?」

「いや、さすがに結婚もしてない男女が一つ屋根の下で暮らすのは――」

「私は気にしませんよ」

「えっ!?」

「むしろユウ様と一緒にお泊まりなんてとても楽しそうです」



 両手を合わせて目を輝かせるリア。

 僕としてはリアが気にするかなと思っていたのだが考えすぎだったようだ。



「わかったよ、とりあえず他に急いでやらないといけないことを優先しよう」

「はいっ、そうですね。まずはお食事にしましょう」



 リアに言われるまで気づかなかったが、もう日も傾き始め、徐々に辺りが暗くなり出している。

 文明の力である照明なんてものは当然ながらないので、完全に沈んでしまっては身動きすらままならない。


 これもいずれは改善したいところではあるが、今すぐにしないといけないことではなかった。


 結局暗くなりかけている今、できることはないに等しかった。



「そうだね、ご飯にしよっか」

「はいっ、今お持ちしますね」



 リアは嬉しそうに駆け出していき、二人分の果物を持ってきてくれる。



「どうぞ」

「ありがとう」



 リアから受け取ったリンゴを口にする。



 シャリっ。



 とても心地よい音が鳴る。

 しかし、それで味が変わるわけでもなく、相変わらず水っぽい。

 そんなことを考えていると隣で食べているリアは美味しそうに小さな口でリンゴを食べていた。



「とても美味しいですね」



 さすがにここで「あんまり」とは言えずに「そうだね」と肯定の言葉を告げた。





 夜、小屋の中に入った僕たちはどちらがベッドを使うかで一悶着していた。



「ここはユウ様の家なのですから、当然ユウ様が使うべきです!」

「リアを床で寝させることなんてできないよ。僕が床で寝るからリアがベッドを使ってよ」

「いえ、ユウ様を差し置いてそんなことできません!」

「それなら僕の方こそリアを差し置いてベッドを使うなんてできないよ!」



 お互いが譲らないために話が平行線を辿っていた。するとリアが何かを思いつく。



「そうです! 一人がベッドを使おうとするからダメなんですよ! ここは二人で使えば解決です!」

「そ、それは――」



 完全にこれを否定してしまうとまた先ほどの話に戻ってしまいそうだった。しかし、二人で寝るなんて到底許容できることでもなく……、かといって打開策もなく……。



「いいですよね、ユウ様?」

「はい……」



 結局リアに押し負ける形で共に寝ることとなってしまう。




◇◆◇




マシロ『それじゃあ、第二回主様欲しいもの選手権を開催しますぅ』



 今日も夜になると光の姿の精霊たちが一同に集まって会議をしていた。

 その内容はもっぱらユウについてのことだった。



クロエ『――(コクコク)』


赤『……』


ミオ『わかったよ』


ミノリ『なの』


黄『すぅすぅ……』


マシロ『では、主様が欲しそうなものをみんなであげましょうー』


赤『待つっす。その前に自分にいうことはないっすか?』



 赤の精霊が苛立ちを見せていた。

 それもそのはずでどんどんみんなユウに呼ばれ、名前をつけてもらった上に彼の役に立っている。

 しかし、赤の精霊はそれができていないことが歯痒買ったのだ。




クロエ『――?』


ミノリ『何かあったですの?』


赤『名前っすよ、名前! みんなずるいっす』


マシロ『それは主様がつけてくれたのだから仕方ないですよぉ』


赤『いやっす、いやっす。自分も名前、欲しいっす』


マシロ『仕方ないですねぇ。では、絶対にもらえるとはわかりませんが次誰かが呼ばれた時は赤が行くということでいいですかぁ?』


黄『くぅ……』


マシロ『黄もそうでしたねぇ』


ミオ『みんなユウ様につけてもらえるよ』


マシロ『話がそれちゃいましたねぇ。それでユウ様が欲しいものですけどぉ』


赤『やっぱり危険がある場所だから武器は必要っすよ』


ミオ『家も欲しがってたよ』


黃『ベッド……、すぅ……』


クロエ『――(コクコク)』


ミノリ『色んな道具を欲しがってたの』


マシロ『見事にみんなバラバラねぇ。それじゃあいつもみたいに思い思いの物を用意しましょうねぇ』



 マシロのその言葉を皮切りに精霊たちは一様に飛んでいく。



◇◆◇




「ユウ様、起きてください!」



 朝になるとリアに体を揺すられて目を覚ます。




「おはよう、リア」

「はい、おはようございます、ユウ様」



 こうして誰かに起こしてもらうのも良いなと思っていると、リアが僕の手を掴んでくる。



「それよりユウ様、見てください。何か変なんですよ」

「変?」



 リアに言われるまま家の外に出る。

 すると、そこには新しい小屋が出来上がっていた。



――もしかしてまた精霊さんが作ってくれたのだろうか?



 一度目は罠かと思った小屋だが、二度目と言うこともあり、怪しい物ではないだろう、とリアを引き連れて小屋の方へと向かう。



「あの、危なくないですか? 家が一日でできるなんて……」

「これも僕の能力なんだよ。多分大丈夫だから安心して」



 リアを安心させるように言葉をかけながら新しい小屋の中に入る。

 きっと中には前からある小屋と同様にベッドがあるのだろう。これなら今日からリアと二人で一つのベッドを使わなくていい。



――何だろう。どこか寂しいような……。いやいや、別にリアとくっついて寝たいわけじゃないよ?



 心の中でなぜか言い訳をすることになる。




「それじゃあ、開けるよ?」

「は、はい」



 強張った表情をするリア。

 そんな彼女と共にゆっくり扉を開けると中にはベッドが……、なくてクワや斧といった多種多様な農具が置かれていた。



「ユウ様、見てください。こっちには包丁とかもありますよ。これで猪のお肉も食べられますね」

「あ、あははっ……」



 まさか僕の予想の斜め上を超えてくるとは思わなかった。でも、生活には必要になる物なのでこれを用意してくれた精霊さんには感謝をしてもしたりなかった。



「早速道具の具合を確かめてきますね」

「刃物だから気をつけてね」

「はーい」



 リアが出て行った後、僕は周りをキョロキョロすると部屋の奥の方に黄色い光の玉を発見する。



『すぅ……、すぅ……』



 どうやら精霊さんも寝るらしい。

 もしかしたら一晩で頑張ってこれだけの道具を集めてくれたのかもしれない。

 それだけの労力を使ったのだから朝に寝てしまうのは仕方のないことだろう。



「ゆっくり休んでね、キナコ」



 なぜか黄色い精霊の姿を見て、その言葉が浮かんできた。そして、名前をもらった精霊は自然と人型になり、そのまま眠り続けたのだった――。

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