第6話 猪肉

「ユウ様、ユウ様、この包丁、すごく使いやすいです!」



 リアが大きく手を振っている。

 ただ包丁を持った手を振るとすごく危ないよ。


 一方の僕も置かれた斧を持ち、側にある大木を切りにいく。

 ただ、意外と斧は重い上にその扱いには慣れていない。

 持ち運びも思ったより重くて引きずりながら運んでいた。


 フラつきながらも大木へ向けて切りかかる。



「っ!?」



 斧を振った勢いで手がしびれ、思わず手を離してしまう。

 大木には少しだけ切り傷がついた物のそれ以上の影響はない。



「これ、僕たちじゃ切れないんじゃないかな?」



 木材さえあれば色んな物が作れると思ったのだが、仕方ないことだった。


――道具があったら何でもできると思ったんだけど、見通しが甘かったかな?



 でも、食材を調理できるようになったのは大きいことだろう。



「ユウ様、お肉切れました」



 嬉しそうに近づいてくるリア。ただその後ろにはモザイク必須の謎の固まりが残っていた。



「あの……、後ろのそれって?」

「えっと、なかなか上手く切れなくて――」



 確かに初めて切ったのなら上手く切れるはずもない。

 僕がやったとしても同じことになっていただろう。



 こればかりは何度も挑戦するしかない。



「ところでユウ様? お肉、どうやって焼きますか?」

「あっ……」



 切る方を重視しすぎて火については考えていなかった。


 何もないところで火をおこすには日の光を利用したり……は無理だし、火打ち石で何か燃えそうな物を燃やして……も無理か。


 そうなると精霊の力を借りることが一番手っ取り早いだろう。

 火の精霊が力を貸してくれるのならそれが良いのだけど……。



『呼んだっすか?』



 いつものごとく呼びかけたらすぐに赤色の光の球が現れてくれる。


「助かったよ。火をおこしたいんだけど力を貸してくれないかな?」

『もちろんっすよ』

「あの……、ユウ様? ときどき思ってたのですけど、誰と話されているのですか?」



 リアが不思議そうに首を傾げてくる。

 確かになにもないところで話していたら気になって仕方ないかも知れない。


 これからしばらくここで過ごしていくことになると精霊による不思議なことが多々起こることは予想ができる。

 それならリアにも先に知ってもらったほうがいいかもしれない。



「君も姿を見せることはできる?」

『名前をもらうほどの魔力をもらったらできるっすよ』

「そっか……、君はまだ名前をあげてないもんね。そうだね……、君はホムラとかどうかな?」

『ホムラ!! 良いっすね。最高っす!』



 その瞬間にいつも以上に魔力を消費し、空中に小さな炎の渦が生まれたかと思うと、そこから小さな少女が現れる。

 真っ赤な短めの髪に青い帽子を被り、シャツと短パン姿というボーイッシュな姿で現れるホムラ。

 人前に姿をみせることを意識してか、やけに演出的な登場の仕方をしていた。



『うちの名前はホムラっす。ユウの精霊をしてるっす』



 ホムラがリアに対して自己紹介をする。

 リアはぽかんと口を開けて呆けていた。



「リア、大丈夫?」

「な、な、何なのですか!?」

「うん、そうだよね。僕も最初は驚いたよ」

「とぉってもかわいいです!!」



 リアは目を輝かせてホムラに抱きつこうとする。

 ただ姿を見せているとは言え相手は精霊。触れる相手ではないためにリアはホムラを通過する。



「な、なんで触れないのですか!?」

「あははっ、相手は精霊さんだからね」

『おさわり厳禁っすよ』

「残念ですぅ……」



 がっかりして少し後ろへ下がるリア。



「それにしてもユウ様は『精霊使い』だったのですね」

「えっと、そうなのかな? なんかいつも側にいるけど」

『ユウは最高のパートナーっすよ!』

「ここまで精霊さんに好かれている人は初めてかも知れないです。普通は苦労してなんとか意思疎通ができれば御の字なのですが――」

「そうなのか?」



 今まで当たり前のように会話して、当たり前のように頼み事をしていたので全く気にしたことがなかった。



「そもそも精霊さんが実体化するなんて話し、聞いたことがありません。別の精霊使いさんの話では『精霊は属性毎の光の球のような存在』と言われてますし、それほど強い能力は発揮できないので、ユウ様にいうのは心苦しいのですが、お世辞にも『当たり能力ではない』と言われてますね」



「確かに普段の姿はそんな感じだよね?」

『強い力を発揮するにはたくさんの魔力が必要になるっす。それだけ魔力をくれる人は珍しいっす』

「なるほど……。そういうことだったのですね。それじゃあ、このホムラちゃんは――」

『最強っす!!』



 自信たっぷりに話すホムラ。



「それならあのお肉を焼いてくれないかな?」



 火加減を見る必要もあるために最初はモザイク姿となっている肉の残骸を指さす。



『任せるっす!』



 ホムラが指を鳴らすと肉の残骸が炎に包まれ、そして、あっという間に黒焦げになった謎の物体Xへと姿を変えていた。



『どうっすか? うちの力は』



 最初に力を試して置いてよかった。

 直接、肉を焼いてもらうのはなしだな。一瞬でダメにされてしまう。



「す、すごい威力です!? えっ、今の何なのですか!? 中級、いえ、上級魔法くらいの威力があるんじゃないですか!?」

「えっと、それってすごいことなの?」

「すごいなんてものじゃないです! 上級魔法を使える人なんて宮廷魔法師しかいないですから」



「宮廷魔法師……か」



 色んな人がいるんだな……。



「でも、お肉を焼くのは別の方法を考えないと行けないですね……」

「無難に火種だけもらうのが一番だろうね」



 適当に石を並べていき、簡易的なかまどを作る。

 その中に拾ってきた木の枝を置くとホムラが中に小さな火を入れてくれる。



『威力が弱いっすけどね』

「十分だよ」

「そうですね、良い感じに焼けそうです」


 しばらく待つとリアが焼けた肉を持ってきてくれる。



「良い感じに焼けましたよ」



 肉の香ばしい匂いが漂ってくる。

 果物ばかり食べてきた身としてはそれだけで食欲をそそられる。



「美味しそうですね」

『うちのおかげっすね』

「リアが旨く焼いてくれたおかげだね」

「ありがとうございます。冷める前にいただきましょう」

「そうだね。うん、いただきます」



 僕は両手を合わせた後、肉を囓る。



「熱っ」

「ふふっ、気をつけてくださいね」



 勢いよく食べるとその熱さに思わず舌が火傷しそうになっていた。

 改めて少し息を吹きかけて冷ました後、もう一度口にする。



「……お肉自体はおいしいね」



 一口かぶりついた時の感動はひとしおだったが、調味料もなくただ焼いただけの肉は大味でなんて反応すればいいのか困ってしまう。



「そうですね。塩とか香草とか欲しくなりますね」

「この森の中では……、見つからないかな」

「さすがに見て回るわけにもいかないですしね」



 結局、二人でなんとか肉を食べきる。

 ただ、しばらくは肉はいらないなと思えてしまった。




◇◆◇




「くっ、一体あれはなんだったんだ……」



 以前ユウ達を襲おうとした盗賊達は再びあの大森林へ入っていた。

 目的は当然ながらユウ達……ではなく、食料であった。


 元々彼らは、日々の生活を送ることができなくなって盗賊に身を落とした者たちである。

 そんな彼らのリーダーであるひげ面の男、ヤークは頭を悩ませていた。


 彼らが頑張らないとスラムの子供達に食料を送れない。

 そうなると飢えて死んでしまう者も出てきてしまう。


 そうならないためにも危険な辺境の大森林へとやってきたのだ。

 ここならば大金を得る手段がいくらでもあるだろう。


 素材一つ、道具一つでも得ることができたら一攫千金を得ることができる。


 しかし、結果はどうだろう。

 訳もわからない奇襲を受け、未だに成果はゼロ。


 これが焦らずにはいられなかった。



「やはり、あのときにいた子供を狙うしかないのか……」

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