第7話 豊穣の聖女と大精霊

「私の『凶作』、呪いが解けた後どうなったか試してみたいんです」



 リアからの提案を受け、料理を終えた彼女は鍬を片手に畑作りに勤しんでいた。

 隣で僕も同じように鍬を振るう。


 これがなかなかの力仕事だ。


 均等に耕していくが、二人で一日かかって小さな畑一つ分の大きさしかできなかった


 でも、ここまで働いた上で気づいたことがあった。



「植える物ないよね?」

「……はっ!?」



 ついつい気合いを入れて一日頑張っていたのだが、肝心なことを見落としてしまっていた。

 そのことを指摘するとリアも今更ながら気づいていた。



「で、でもいつか使うかもしれないですし」

「それもそうだね。とりあえずタネのことは置いておいて、畑は完成したもんね」

「はいっ!」



 嬉しそうに頷くリア。







 流石に畑作業は想像以上に疲れてしまったようで、昨日みたいに寝る寝ないを気にするままなく、二人で眠りについてしまった。


 そして翌日。

 僕たちはとんでもない物を目の当たりにすることとなる。



「ゆ、ユウ様!? お、起きてください!」

「ど、どうしたの!?」



 昨日もリアは驚いていたのだが、今日は更にとんでもない問題が起こったようで、ゆさゆさと揺らして僕を起こしてくる。


 そのただならぬ状況に僕も飛び起きる。



「つ、ついてきてください! 私も何が起こったのかわからなくて……」

「うん、わかったよ」



 僕はリアの手に引かれてそのまま畑のある方へと連れて行かれる。

 そこで目にしたのは昨日まで植えるものをどうしようかと言っていた畑からさまざまな芽が出ていたのである。



「えっ? 何これ?」

「私もわからないです。誰かが植えてくれたのでしょうか?」

「誰か……」



 今までこういうことをしてくれたのは精霊たちだった。もしかして今回も?



「だ、誰かいる?」

『すぅ……すぅ……』



 姿を現したのはキナコだった。

 黄色いパジャマと帽子をかぶって、更には布団までしっかり準備をしている小柄な子。

 長い栗色のやや波がかった髪はほとんどが帽子に隠れてしまい、見えない。

 そして、手には枕を握りしめている。


 しかし姿を見せたとはいえ、眠りについていた。



「キナコ、聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

『すぅ……すぅ……はっ!?』



 僕が声をかけるとキナコは飛び起きていた。

 そして、周りをキョロキョロと見渡していた。



『無事に育って良かったです』



――うん、何も言ってないけど、犯人見つけた。



 思えば昨日も倉庫の中にいたのって中の道具を用意してくれていたからなのだろうか?



「キナコが畑に作物を植えてくれたんだ。ありがとう」

『私は何もしてないです。むしろちょっと成長が早いです』

「成長が早い?」

「うわぁ、この子、新しい精霊さんですよね。この子もかわいいですぅ」



 リアが嬉しそうに微笑んでいる。



『そうです。本当ならもっとゆっくり……。あっ』



 キナコが驚きの声を上げる。



『そっちの人間のせいなのです』

「かわいいですぅ……って、私ですか!?」



 相変わらず惚けていたリアだが、突然名前が上がり驚きの声を上げる。



『そうなのです』

「ど、どうしてですか!? ま、まだ私の『凶作』が働いているのですか!?」




 リアが不安そうな顔を浮かべ、顔が青ざめていく。しかし、原因は違うようでキナコは首を横に振る。



『凶作ではないのです。そんな能力はないのです。豊作ってスキルが働いているのです』

「豊作?」



 名前からしてどんなに偏屈な考え方をしても良い効果しか思いつかないスキル名だった。



『豊作は畑の成長がとってもよくなって、たくさん採れるようになって、味も凄く良くなるスキルなのです。レアスキルなのです!』



 精霊ですらレアというほどなのだから滅多に持っている人がいないスキルなのだろう。

 僕がうんうんと頷いていると、先ほどまで動きが固まっていたリアがゆっくりと口を開く。



「昔、『豊作』のスキルを持ってた人が一人だけいるのですけど、その人のおかげで食料問題が解決したって話を聞いたことがあります。その功績から『豊穣の聖女』という称号を得たとか」

「じゃあ、リアもその称号を名乗れるわけだね」

「ダメですダメです。ついこの間まで『凶作』のスキルを持ってた私が聖女なんて名乗ったら、それこそ討伐隊を送られます!」

『白……、マシロの結界がありますです。最上位魔法でも連発されない限り、ここは安全です』

「ちなみに最上位魔法を連発できる人間っているの?」

「最上位魔法を使える人がいないですね」



――なんだろう。過剰防衛すぎないだろうか?



 それよりも生活の安定を優先させたいところだけど。でも、よく考えたら安全な場所で生活を送るってことも精霊さんに頼んだ覚えがある。

 もしかしたら目に見えないから気づいてないだけで、それも願いを叶えてくれたってことだろうか?



「みんなには感謝してもし足りないね。僕にできることがあったら言ってね」



 素直に精霊に対する感謝を告げる。

 するとキナコは恥ずかしそうに布団に顔を隠す。



『魔力と名前を頂いたのです。大精霊にしてもらったからむしろ私たちの方が貰いすぎなのです』

「えっ、大精霊?」

『そうなのです。相当量の魔力と命名が大精霊になる条件なのです。あるじはとんでもない量の魔力を持ってるからいつも競い合いなのです』

「そっか。当たり前のように名前をつけちゃってたよ。確かに魔力が減る感覚はあったけど」

「だ、大精霊!? それも契約したことがある人は過去に一人だけで、その人は大賢者と呼ばれていましたよ!?」

「そっか……。でも、僕は契約したわけじゃないもんね。名前つけただけで」

『あるじはそういうところも精霊みんなに好かれる理由なのです。ご奉仕おてつだいも奪い合いなのです。でも、夜では負けないのです』



 誇らしげな表情を浮かべるキナコ。

 その言い方だと別の意味にも聞こえちゃう、というのは黙っておいてあげよう。



「えっ、みんなってことはユウ様って一体何人の大精霊とお知り合いなのですか!?」

「僕が名前をつけたのは、ミオとミノリとマシロとクロエとホムラとキナコの六人だよ」

『みんな違う属性だから実質ユウ様に使えないものはないのです!』

「すべての属性……? えっ?」



 口を開けて僕を見るリア。ただ、僕にはそこまでの実感はなかった。



――だってすごいのは精霊さん達で僕ではないもんね。



「みんなのおかげで助かってるよ。本当ならみんな同時に召喚できたら良いのにね」

『それだけの魔力があれば誰かが精霊王になれるのです。今それだけあるじからとってしまうと、あるじが骨になってしまうのです。だから――なんでもないのです』



 なにやら不穏なことを言われた気がする。

 しかし、キナコがそんな企み事をするわけない。きっと空耳だろう。



『たくさん喋ったから眠くなってきたのです』

「そっか。色々教えてくれてありがとう。また何かあったら呼ばせてもらうね」

『すぅ……すぅ……』



 返事する前に寝息で返事をするキナコ。

 そのまま姿を消してしまう。



「なんか色々と衝撃なことがわかっちゃったね。まさかリアが聖女様になってたなんて」

「わ、私なんかよりユウ様の方がとんでもないですよ!? 歴代で誰もいない状態ですよ!?」

「僕はただ精霊と話せるだけの人間だからね」

「それがいないんですよ!」

「たくさんの精霊さんと話せるのは良いことだよね」

「もう、ユウ様は……」



 呆れ顔を浮かべるリア。



「他の大精霊さんもまた紹介してくださいね」

「わかったよ。その時は紹介するね」

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