第4話 凶作
「その、リアさんはどうしてあんなところで倒れていたのですか?」
「そ、その……」
リアは言いにくそうに口を閉ざす。
何か理由がありそうだった。さすがに初対面の相手にそんな話をできるはずもないだろう。
そもそも森の中で出会った相手なんて僕自身もマシロの結界がなければ安心して話すこともできなかっただろう。
「言いにくいのなら無理をしなくて大丈夫です。それじゃあ、これからはどうされるおつもりですか?」
それを言った瞬間にリアはその目に涙を浮かべていた。
「わ、私、ど、どうしたらいいのでしょうか?」
「どこか帰る家はないのですか?」
僕の問いかけにリアは首を横に振る。
「家に帰れない事情があるのですね」
「……はいっ」
ぎゅっと自分の服を握りしめながら言う。
よほど辛い事情があったのだろう。
「ユウ様はどうしてこの森で生活されているのですか?」
「どうして……?」
たまたまここで転生して、いつの間にか精霊さんが家を作ったので住んでいる。
ついでにここなら結界も張られているために危険がない。知らない世界を何の情報も無しに動き回るのは危険だから下手に動こうとしなかった。
「ここには結界が張られてて、魔物とかの危険がないのですよ。もし襲ってきたらあんなふうになります」
外に転がっている猪を指差す。
「あ、あれってワイルドボアですか!? あんな危険な魔物をどうやって……」
リアが驚いた瞬間に再び小屋を中心とした結界に強い衝撃が与えられる。
ドゴォォォォォォン!!
「な、なにが起こったの!?」
『また猪がぶつかったみたいですぅ』
「また? 流石にこうも何度もぶつかられると物音がすごくて気になるね」
『音も鳴らないようにしておきますかぁ?』
「そうだね、よろしく」
マシロに頼むとリアと二人、もう一体増えた猪を見に行くことにする。
◇
「またデカいのが倒れてるね……」
結界の外に倒れている猪を当たり前のように引っ張っていく僕に対して、リアは口をパクパクさせていた。
「ほ、本当に倒してる……」
必死に押して何とか結界内へと移動させる頃には僕の息はすっかり上がっていた。
「はぁ……、はぁ……」
「あの……、このワイルドボアはどうされるのですか?」
「できたら食用にしたかったんだけど、調理ができなくてね。よかったら持って帰る?」
正直、これだけ巨大な猪が二体も転がってるのは邪魔にしかならなかった。
しかし、リアは信じられないものを見る目で僕のことを見てくる。
「あ、あのワイルドボアですよ!? 売れば一年は優に食べていけるというあの……」
「確かに大きいしお肉たくさん取れそうだもんね」
「うーん……」
リアは真剣に考え事をしているようだった。
すると僕の隣に黒い光が現れる。
『――(コクコク)』
何か言いたげに首を縦に振っている。
その視線の先にはリアがいる。
重要なことかもしれない、と僕は小声で黒の精霊に話しかける。
「もしかして、大事な話があるの?」
『――(っ!? コクコクコク)』
頭を下げる速度が上がる。
とんでもなく大事な話があるようだ。
でも話してくれないことには何が言いたいか分からない。
「僕の魔力、使う?」
人の姿になることで話せるようにならないかなと淡い期待を抱いて言うと、黒の精霊は嬉しそうに飛び回り、そして僕にくっついていた。
そして、黒髪で黒いワンピースを着た、精霊の中でも一際小さい少女が姿を現す。
『――(コクコク)』
「君は……黒い衣って書いてクロエはどうかな?」
『――(コクコクコク)』
どうやら嬉しそうだった。
ただ、目論見が外れて何かを口にしてくれることはなかった。
それでもこれで目的を果たせるようになったのか、クロエはふわふわとリアに近づいていく。
――そういえば名前を付けるほどの魔力を与えたら精霊さんの姿が他の人に見えるって言ってたけど……。
リアの目の前をクロエが飛んでいたが、全く気づかれた様子はない。
たまたまなのか、クロエが特別なのかそれはわからなかったが、とにかくクロエがリアに近づくと次の瞬間にリアから黒い靄が吹き出す。
それを何食わぬ顔で全て吸収してしまうとふわふわと僕の方へ戻ってくる。
『――(ケホッ)』
「何食べたの?」
『――呪い?』
「勝手にそんなことして良かったの!?」
『――』
首を傾げるクロエ。
思えば初めてクロエの声をまともに聞いたかもしれない。
そのことに驚いてしまう僕。
ちょうど同じタイミングにリアが話しかけてきたことに気づかなかった。
「ユウ様?」
覗き込むように僕のことを見てくるリアに思わずドキッとしてしまう。
「な、何かな?」
「その……、私の事です。こんな呪われたスキル持ちの私ですけど、もしユウ様がよろしければ、ここに置いてもらえないでしょうか?」
不安そうにギュッと服の裾を掴み反応を伺うその姿は、まるで断罪を待つ人のように見えてしまった。
「えっ、呪われたスキル?」
「はい、私が追い出された理由がその呪われたスキル、『凶作』なのです。そのスキルが原因で私が側にいるだけで作物は枯れ、保存しているものは腐り、飢餓貧困に喘ぐ始末で。国から追い出された私にはもう行く場所はないのです。ユウ様を困らせることもわかります。でも、他に頼る人もいないのです。何でもしますからどうかここにおいてください」
「ちょ、ちょっと待って。その呪いのことなんだけど――」
真剣に思い悩み、それでも意を決して話しかけてくれたリアには申し訳なく思うのだが、僕は先ほどの出来事を話す。
「リアのスキルの呪いなんだけど……、僕の精霊がその……、食べちゃった」
「ふぇっ?」
大慌てでリアは側に生えていた花を手に取る。
赤く色鮮やかな花。
それを見てなぜかリアは目から涙を流していた。
「か、枯れない……。枯れないです……」
「えっと、うん……」
どう返事をして良いのかわからずに曖昧に頷く。
すると、リアが僕の手を握りしめてジッと顔を見つめてくる。
「ユウ様、本当にありがとうございます」
「いや、リアが喜んでくれたのならよかったよ。あはははっ……」
クロエが勝手にしちゃった事なので、それで喜んでもらえたのなら怪我の功名だった。
◇
「でもこれでリアが追われる理由もなくなったんだよね? 自分の国に戻るの?」
「いえ、本当に呪いが解けたという証明ができないですし、その前に殺されちゃうと思うんです。ですから、ユウ様。私もここに一緒に過ごさせてもらっても良いでしょうか?」「そうだね。ここは結構広いし生活は町を考えるとちょっと大変かもしれないけど、それで良かったら大丈夫だよ」
僕としては一緒に暮らす仲間が増えるのは全然大歓迎だった。
それが新しい友達であるリアなら言うことはない。
しかし、僕の回答はリアにとっては不服だったようだ。
「もう、一緒に住むのですからもっとこう……、甘い言葉を囁いてくれても良かったのですよ」
「甘い言葉? まだ甘い食べ物はないからゆっくり作っていけると良いね」
「……ユウ様はこういうお方でしたね」
どこか残念そうに思いながらも笑みを浮かべるリア。
こうして、この地に新しい仲間が増えることとなった。
◇◆◇
「この森に小綺麗な嬢ちゃんが入ってきただって?」
「えぇ、お頭。そいつを襲えば金も入ってきて、しかも女も手に入って一石二鳥ですぜ」
「馬鹿野郎! 人に危害を加えるのは厳禁だって言っただろ! 奪うのはあくまでも金だけだ。それも汚い金だけだ!」
「へいへい、相変わらずお頭は潔癖症ですね」
ユウ達が呪いの話をしているころ、ひげ面の男たちがひっそりとその動向を窺っていた。
しかし、剣を抜き近づこうとした瞬間にどこか遠くへと飛ばされていったのだった。
『今度はしっかり音無しでできましたぁ。遠くまで弾く機能も追加しちゃいましたけどぉ』
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