第3話 白の結界と謎の少女
この世界へ来て初めて小屋から離れることになった。
特に装備もなく普段通りの格好の僕とそんな僕の周りを飛び回り、気合いを入れているマシロ。
なぜか僕の周りをキラキラと光る白い結界が常に張られていた。
「あの……、これは大げさ過ぎないかな?」
『そんなことないですよぉ。これでもまだ足りないくらいですからぁ』
「これでも足りないって一体どれだけの対策をするつもりなの?」
『そうですねぇ。全属性の精霊達が全力で主様をお守りするくらいでしょうかぁ?』
「あ、あはははっ……」
さすがに過保護すぎるのでは、と思うがそれもマシロが気を遣っているからなので悪い気はしない。でも、それでマシロが傷つくのなら――。
――まぁ、気にしても仕方ないよね。
「そういえばスライムってどこら辺にいるのかわかる?」
『索敵は専門外ですねぇ』
「えっ?」
『はいー?』
「だって率先して前を進んで……」
『主様がこちらのほうへ行きたそうにされてましたのでぇ』
思わず僕の動きが固まってしまう。
「えっと、帰り道は……」
『それは大丈夫ですぅ。結界の位置は察知できますのでぇ』
それならしばらく探すことはできるかな。
ただ、森の中は足場が悪く人がろくに歩いたことのない獣道、しかも木の根や中途半端に大きな石、更には
その上視界が悪い森の中、目をこらしながら進んでいくのだから想像以上に体力を使う。
『主様ぁ、敵ですよぉ』
「えっ?」
注視して見ていたのだが、それでも見落としてしまっていたようだ。
グッと身構える。
すると、森の間から現れたのは怪我を負った少女だった。
意識も朦朧としているようで、僕たちの前に姿を現したかと思うとそのまま倒れていた。
『ちょうど良いくらいに弱ってますねぇ。あれなら私でも倒せそうですぅ』
「た、倒しちゃダメー!!」
手に持つ傘で少女を刺そうとするマシロを慌てて止める。
◇◆◇
――どうしてこんなことになったの?
銀色の髪をした少女、リア・コルティアは黒狼に追われ逃げ回っていた。
リアは貴族の娘として平和に過ごしてきた。
それなのにリアがスキルを発症した瞬間に態度が一変。家を追い出され、国を追われ、行き場のなくした少女が身を寄せる先は、人も寄りつかない辺境の地しか残されてなかった。
しかし、辺境は想像以上に生活することに向かず、水一つ、食べ物一つ得ることが困難の場所だった。
空腹のあまり木の実を求めて森に入ったまでは良かったのだが、そこで魔物に見つかってしまい、今に至る。
銀色の長い髪は逃げ回っていた影響かボサボサになっている。
おっとりとした垂れ目からは涙が流れ、整っている顔立ちも今はくしゃくしゃに歪んでいる。
既に限界を通り越して、足が悲鳴を上げている。
どれだけ襲われたのかすでに満身創痍で立っているのが不思議なほどだった。
「はぁ……、はぁ……」
一心不乱に走っているために今どこにいるのかもわからない。どこまで走れば良いのかも。
静観とした森の中、少女の荒い呼吸音だけがはっきり聞こえる。
――もう助けもこない。私、このまま死ぬんだ……。あっ……。
絶望に顔を歪めた時、足が絡み倒れてしまう。
倒れた際に体を強く打つ。
その痛みよりも迫り来る黒狼の恐怖の方が勝っていた。
地面に腰がついてしまったあとも少しでも逃れようと後ろへ下がる。
その程度、黒狼には誤差の範疇で、弱った獲物をいたぶろうと笑みを浮かべたように見えた。そして、鋭い爪で切り裂こうと飛びかかってくる。
「きゃぁぁぁぁ!!」
リアが悲鳴を上げた瞬間に黒狼が何かに弾かれていた。
何が起こったのかわからずにリアも黒狼も一瞬時が止まる。
近くを歩いているユウの対して張られたマシロの結界が黒狼の攻撃を防いだ、など知りようもなかったのだ。
黒狼はリアが魔法で防いだのだろう、と判断し次は魔法で空中に幾つもの漆黒の槍を出す。そのどれもが一撃でリアを殺しうる魔法だった。
――結局はここで死ぬことに変わりないんだ……。
一度は奇跡が起こり助かったもののそんな奇跡、二度も起こらない。
「た、助け……」
顔がくしゃくしゃに歪み、目から涙を流しながら必死に懇願する。
しかし、黒狼はそれを楽しむかのように魔法の槍を飛ばしてくる。
空しい抵抗として両手で張れるだけの魔法の壁を作るが一瞬で破壊される。
「ひっ……」
リアの眼前に禍々しい黒槍が近づいてくる。
その恐怖にリアは目をギュッと閉じていた。
しかし、その槍は一向にリアを貫くことはなかった。
先ほどのマシロの結界が黒槍をはじき返し、それがそのまま黒狼を襲っていた。
完全に油断しきっていた黒狼は回避が間に合わずに自分の放った黒槍に貫かれ絶命する。
「た、助かったの……?」
何が起こったのかわからずにしばらく座り込んだまま黒狼の方を見ていた。
するとすぐに別の気配を感じる。
「ま、また……。で、でも私はまだ死にたくない……」
木に支えられながらなんとか立ち上がる。
すでに限界を通り越し、意識が朦朧とする。
なんとか逃げようとゆっくり体を動かそうとする。
ただ、意識は動かそうとしてるのだが、体が全く付いてこない。
そのままフッと意識が飛んでしまい倒れてしまう。
その際に少年の声を聞いた気がする。
しかし、そのことに気を回す余裕は今のリアにはなかった。
◇◆◇
「はぁ……、はぁ……」
僕は息を切らせながら来た道を戻っていた。
その背中には先ほど倒れていた少女を背負って。
すでにマシロに頼んで少女の傷は癒やしてある。しかし、疲れがたまっていたのか少女は一向に起きる気配がなかった。
『主様にそんなお手を煩わせるなんて、やはり倒した方が良くないですかぁ?』
「ダメだからね!」
『でもぉ……』
「せっかくこの世界に来て初めて会った人なんだから」
ただ、子供の背丈になった状態で同じくらいの背丈の少女を運ぶのはなかなか大変だった。
結局小屋へと戻ってきたのは日が暮れたあとだった。
「つ、疲れた……」
少女を小屋のベッドに寝かせると僕はその場に大の字になって倒れていた。
『お疲れ様ですぅ』
「マシロもごめんね。せっかく付いてきてもらったのに何の成果もなくて……」
『私は一日、主様とご一緒できて嬉しかったですぅ』
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、ずっと結界魔法も使ってもらってたし疲れたでしょ?」
『平気ですよぉ』
なんとなしにふわふわ浮かんでるマシロの頭を人差し指で撫でる。
するとマシロは目を大きく見開いて、すぐに嬉しそうにだらっとした表情になる。
『はっ!? わ、私はそろそろ失礼しますねぇ。なんだか命の危機を感じましたぁ』
「そっか……。残念だけど仕方ないね。また今度」
『はいー。またいつでも呼んでくださいねぇ』
マシロが消えてしまったあと、入れ替わるように少女が目覚める。
「あれっ、ここは……?」
「大丈夫ですか? まだ痛いところとかないですか?」
心配になりながら少女へのぞき込むと彼女は驚きの声を上げる。
「ひゃっ!? あ、あなたは?」
「僕は天瀬友。それにしてもびっくりしましたよ。森の中で人が倒れてるなんて思わなかったですから」
「アマセ様……ですか? 助けていただいてありがとうございます」
少女が体を起こし、そのまま頭がつきそうなほど下げてくる。
「あ、頭を上げてください。そ、それに僕のことはユウでいいですね」
「ユウ様……ですね」
「様もいらないんだけどね……」
自然とつけてしまっているようで、これを直すのは難しそうだった。
「私はその……、リアと言います」
なにやら訳ありのようで、名前を言うのに少し口籠っていた。
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