第13話 領主の切り札

「ヤークさん、ご無事ですか!?」



 しばらく目に見えない精霊と会話してて、すっかり放置されていたヤークはいじけていた。


 慌てて僕が話しかけるとヤークは機嫌を直してくれる。



「本当に助かった。ありがとう」

「その子たちが言ってた……」

「あぁ、スラムの子らだ」



 全員で十人くらいはいるだろうか?

 さらに大所帯になりそうだった。



「でもどうして追われていたのですか?」

「領主の野郎がこいつらを奴隷商へ売り飛ばそうとしてたんだ。だから、無理やりつれてきた」



 あれっ? これってまずくないかな?



『全員ぷちってしていいなら一瞬ですよぉ?』

「それはダメだからね」



 いいよって言えばすぐにでもやってしまいそうな恐怖がある。なるべく言葉には気をつけないと。



「でも、そういう人がいるなら村に入る人はしっかり目を光らせないとダメかもしれないね」

「まだ人が少ないですし、他所の人がいたらわかりますけど、人数が増えてしまうとわからなくなってしまいますもんね」

「そういうことならその役目は俺に任せてくれ」

「良いのか?」

「揉め事になる可能性があるからな。この中だとユウを除けば俺が適任だろう」

「うん、それじゃあお願いするよ。あとは町の入り口を限定させて、そこに詰め所を作らないとね」

『むにゃむにゃ……』



 まるで自分に任せておけでも言いたげなタイミングでの寝息だった。



『では、詰め所はきなこに任せましょうかぁ』

「本人が寝てるのに勝手に決めちゃっていいの?」

『良いんですよぉ。いつもそうですからぁ』

「それなら良いのかな?」



 少し疑問になりながらも僕が口出しするべきことでもないかなと考える。



「とりあえず村へ戻りましょうか」



 それから僕たちはまっすぐ村へと戻っていくのだった。




◇◆◇




「それでお前たちは中々と帰ってきたのか! 儂の商品を奪われながら!」



 ヤークたちを襲った追手たちは、何とかベッドの封印から抜け出すと命からがら戻ってくる。

 そこで待っていたのは領主からの叱咤激励だった。



「し、しかし、突然我々全員が魔法で捕まったのです。相手に宮廷魔法師級がついてるとしか思えません」

「それを何とかするのがお前たちだろ! わざわざ高い金を払ってるのにこの程度のことしかできないのか!」



 領主が手に持つ杖で追手たちを叩く。

 そんなことをされても何もできないのは、領主の後ろに立つ二人の存在だった。



「そんな奴に任せるからそうなるのだ」

「……」



 巨大な大剣を背負った大男と全身のほとんどを隠しており、性別すらわからない小柄な無口の人間。


 元Sランク冒険者だが、粗暴の悪さから追放された男、ラングルフと暗殺者ギルドの秘蔵っ子、アル。


 Sランク冒険者は一人でかのワイルドボアですら狩ってしまうほどの実力者だし、対人戦では暗殺者ほど頼りになるものはない。


 この二人を金で雇っていた。


「仕方ない。お前たち、やってくれ。商品の確保と犯人を皆殺しだ!」

「ちっ、わーったよ。ただ、割増料金だぞ」

「……お金の分だけやる」

「もちろんだ。ガキ一匹ごと。犯罪者は一殺ごとにボーナスをくれてやる。だから行け!」



 男は追手を力尽くで払ったあと、堂々と正面から出ていく。

 無口な人間は物音一つ鳴らすことなくいつの間にかその姿が見えなくなっていた。



「本当に恐ろしい奴らだ。味方なのがこれほど心強いとか」



 領主は何とも言えない気持ちになりながらそれを見送っていた。




◇◆◇



 村へと戻ってくるとまず大きな共同住宅があることにヤークは驚いていた。



「ま、まさか、ここに俺も住んでいいのか?」

「もちろんですよ。スラムの子たちもどうぞ。ご飯の用意をしておきますので先にお風呂で体の汚れを落としてきてください」

「なっ!? 風呂まであるのか?」

「僕が水を出さないと使えないんですけどね。今日はもう用意してあります。流石にひとつしかないので男女、交代で入ってください」



 口をぽっかりと開けるヤーク。

 しかし、驚きはそれだけではなかった。


 風呂上がりに食堂へと案内されるとそこに並べられたのは料理の山だった。



「こ、こんなに作ってしまっていいのか? 一体何食分あるんだ?」

「これは一食分ですよ。毎日三食用意しますので」

「ま、まじか!? ちょ、ちょっと待て。スラムのガキたちにも分けさせてくれ」

「その心配はいらないですよ。彼らにも同じだけ用意してありますから」

「い、一体どうなってるんだ? どこからこんなに食材が出てくるんだ?」

「普通に畑で育ててるんですよ。ただそこに土の大精霊の力とスキル『豊穣』が合わさって、毎日とんでもない量の作物が取れるんですよ。だからどんどん食べてくれると助かります」

「そ、それじゃあ遠慮なく……」



 ヤークは震える手のまま料理を口にする。

 特段変わった味付けをしているわけではないのだが、それは今まで感じたことがないほど上手く感じた。



「うまい……、うまい……」

「ははっ、そんなに急いで食べなくても良いですよ」



 ひとしきり食べたあと、ようやく落ち着いたヤークが改めて聞いてくる。



「さっき『豊穣』のスキルがあるって言わなかったか?」

「うん、リアがそのスキルを持ってるんだ」

「ちょっと待て……。そんな情報、なかったぞ?」

「元々は呪われてたスキルだったしね。呪いを解いたら『豊穣』になったんだよ」

「それでこれだけ食い物があるのか……。これなら確かにいくらでも抱えられるわけだ」

「僕としてはそんなつもりで人を集めたわけじゃないのだけどね。リアの時も偶然だったわけだし」

「確かに精霊だけでもとんでもない力を持ってるわけだしな」



 ヤークは少し迷った上で意を決して告げてくる。



「おそらくこれからは領主の手勢が襲ってくる。気をつけないと行けないのは二人だ。元Sランク冒険者のラングルフと謎の人物アル。こいつらだけは俺でも相手にできるかどうか……」

『なんかへんな大男さんなら捕まえてますよぉ?』

『――(こくこく)』

『黒い人もクロエが捕獲してるの』

「あー……、えっと、その……、なんだ。まぁ、大丈夫だろう」



 ヤークの真剣な言葉に僕は曖昧な返事を返すことしかできなかった。

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