第9話

まるで魔術をかけられたように身体が重くなり思うように身動きが取れない。益井は僕の手を取り指の間を絡み合わせ強く握る。彼が首筋や捲し上げたTシャツの裾から胸や腹を探っては舌や唇で舐めていき、その間に手慣れたように、亀頭を手のひらで摩り陰茎の筋から陰嚢を愛撫していく。次第に身体が疼いていき彼の顔を手で包んではキスを繰り返し交わしていった。


「兵頭さん、どうですか?」

「男にこんなに触れられているのが不思議なくらい気持ちがいい」

「よかった。今握っているところ、舐めてもいいですか?」

「ああ、濡らしてくれ……」


自分の中にある色欲が覚醒していく。益井ならいい、いつも僕を見守ってくれている彼なら何をされてもかまわないと、平常心がシーツの上で撒布さんぷするなか身体から発する熱で覆われていくのが明らかに感じ取れていた。

壁の隅に設置してある監視カメラを見つめながら、親衛隊の奴らが向こう側でこちらを覗いていると思うと妙な不気味さが湧き上がり、それを睨みつける僕は自身の性感帯に未知の喜びを感じていた。無様な姿を晒されているのを知りながら益井の肩に掴まり喘ぎ声を上げてまた涙が溢れていった。


──それほど時間は経っていないであろう。僕らは情を交わした後の残り香の漂うなか、互いの身を寄せ合いながら黙り込んでいた。


「決定的に正当な過ちを犯したような気分だ」

「異性同士なら成立するものが同性間では不貞的な行為に匹敵する……けれど僕らはこれが最後だと思うとセックスしてよかったと思えます」

「野蛮な人間になってしまうんじゃないかってずっと考えながら君の身体を掴みかかっていた。そうか、このミッションがクリアできれば近いうちにまた元の生活に戻るのか」

「せっかく出会えたのに、なんだか寂しくなりますよね」

「救助隊のこともある。またその時になったら匿われている女性たちを救い出して……」

「兵頭さん?」

「できるならもう一度一つの島に住ませてあげたい。こんな不自由な島国にした組織の奴らを払拭してやりたいくらいだな」

「僕らにはそのような力があるならそうして救ってあげたい。けど、処罰はどんなものか想像するだけでも恐ろしいな」

「どんな人間であろうと心はある。例え邪心であってもそれは何かを守ろうとする意図があるしな」

「もう、寝よう。僕はこのままここで一緒に先に寝ます」


益井は何かに満たされたかのように僕の胸の中で眠りについていった。僕は彼があともう少しで離れてしまうのかと思うと、同じように寂寥せきりょうを重ねるように手を握りしめ頭をもたれて睡魔にかかりながら目を閉じていった。


翌朝五時。ベッドから起き上がりキッチンへ行きグラスに一杯の水を飲みテーブル席に着いて薄暗いリビングに流れる空気を鼻からゆっくり吸い込んでは優しく吹きかけるように口から息を吐いていく。

うとうととしている身体を少しふらつきながらカーテンを開けてベランダに出て低い雲が広がる街を眺めていた。吹き上がる風は温いのに足先がひやりと突き刺すこの季節ならではの移ろいを感じる。中に入ると益井も起きてきてキッチンに立ちコーヒーを淹れていた。


「おはようございます。早いですね」

「そっちも早いな。仕事か?」

「はい。出勤時間があるんで着替えたらすぐに出ます。冷蔵庫に作り置きの惣菜が入ってあるんで食べていってください」

「俺もコーヒーもらうよ」


しばらくすると彼は急ぐように靴を履いて出かけていき、その後を追うように僕も支度を整えて家を出た。午後。診療室での患者の診察に取り掛かり数時間が経った後病棟への患者の様子を見に行き専用の控室へ戻るとある看護士が僕宛てに通達が届いているのを告げてきて封書を手渡してくれた。

中を開けてみると親衛隊の認容報告書が入っていて益井との性交を認めたことを伝えてきた。しかし、今回は益井からの一方的な誘導行為に及んだとして更に三ヵ月の同居を延長すると勧告してきた。彼らの思惑に納得のいかないところもあるが僕が益井に対して好意を持てば次の報告書を送付するとも記載されていた。


自宅に帰り彼にもその旨を伝えると処罰を受けるよりはまだいい方であり致し方ないと返答していた。


「あと、僕らのところに救助隊の指令通知書が届きました」

「何か書いてあったか?」

「来週女性島へ特命を受けた人たちとともに渡航するので準備するようにと書かれてありました。これ、書類です。兵頭さんも目を通してください」

「いよいよ行くのか……」

「今から自分の中で結構身体が張り詰めている感じで、落ち着かないんです」

「それはわからなくもないよ。民間人である君が僕ら医師や自衛官とともに行くから尚更だよ」

「もしできるのなら母親たちに会いに行きたいくらいだ」

「それは危険だ。かえって女性島の人間につかまる可能性も高い。まずは囚われている人たちを助けるのが第一だ」

「そうですね。誰かが裏切らない限り助けることを優先しないといけませんね」

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