第19話(最終話)

それから五年が過ぎて都市部の復興が終わろうとしているころ、医療センターでは順応性のある新規の高度救命医療チームの発足に伴い、僕は再びチームリーダーとして災害現場での救命に勤しんでいった。


とある高層ビルでの爆破事故が起こり機動隊の援護の下で負傷者の処置にあたり救護車のなかで救護士らとともに応対していく。

その中に小学生になったばかりの少女の姿があり抱えていたぬいぐるみが怪我をしているから手当てをしてほしいといってきたので応急テープを貼ってあげると笑顔を取り戻してくれた。


「もう数日たったら良くなるからそれまでの間は我慢しているんだよ」

「うん。先生ありがとう」

「兵頭先生、こちらの患者のバイタルが低下しています」

「弛緩剤の投与は?」

「投与してから十分経過していますが変化が見られません」

「二十ミリグラム追加で投与してください」

「はい」

「脊髄の損傷がひどいな。センターまでは持ちこたえそうだからこのまま向かわせよう」

「別の救護車が到着しました。搬送します」

「ストレッチャーに移動するとき慎重にして運んでくれ」

「分かりました」

「僕も一緒に向かいます」


その日の対応が終わると医局の隣にある休憩室のベッドで仮眠を取り数時間が経った時ドアから誰かが入ってきて僕の枕元に立ち止まったので目を覚ましてみると、ヒュプノスが現れた。


「どうしてだ?なぜここにいる?」

「そなたもひどい顔をしているな。少し手を触れさせてくれ」

「まさか命を奪いにでも来たのか?俺はどこも怪我なんかしていない」

「そうではない。まず顔を見せてくれ」


彼はそう告げると淡い青白い灯火を発光し瞬時にそれが消えると僕の顔に両手を覆い煙をすり合わせてきた。


「これは何だ?」

「世俗で言う芳香療法のようなものと言って良い」

「澄んだ香りだな。気持ちがいい。どうして俺に?」

「これから私もそなたたちとともに魂の弔いを行なっていく勤めがある。そなたにはずっと礼を言いたかったのだ」

「そう、そうか」

「益井の死は受け入れられたか?」

「ああ。もうあれから五年経ったし彼の意思も受け継ぎなから従事している」

「そなたは……不思議な人間だ」

「どこがだ?」

「今のその魂や肉体に恐れがない。何か悟りでも開いたか?」

「俺には、仲間がどんどん増えていっているんだ。その人たちのお陰で今の自分がある。それでいいと考えているんだ」

「そうか。では、私はこれで失礼する」

「ヒュプノス。無駄に人の死を盗むような真似をしたら天罰を食らってやるからな」

「そなたに言われたくない。では……」


この世は常に大河の中で漂流しながら泳ぎ渡っていく往来の道理のようだ。人間と亡神の間に絆はなくともそれぞれの聖域には踏み入れてはいけない。

だが微光の中に結合性がある事で天地が容認していくのなら、この島国を元通りになれるよう願うしか他ないのである。


僕はこの国が好きだ。どんな広大で強い権力を持った諸外国のようでなくとも、どんなに脆弱と言われても二千年の歴史の中で日本国は独自の誇りが根付いている。未来は進化しつつも人間の質は相変わらず根深い幹のように天を突き抜けて伸長していく。


人々よ、武器を捨て花束を掲げよ。


人は皆、真の英雄になれるのだ。その未来はきっと鳳凰のように輝きを捨てずに我々の手で栄誉を持って掲げてもよいのだと、希望に満ちた幸福を創り上げていきたい。


僕はその日は早く仕事を終えることができた。自宅に帰ると郵便受けに数通の封書が届いていたので、開封してみると女性島に住む母から手紙が届いていた。

政府が特定の期間を設けて島の境界で離れて暮らす家族らと面会することができるので、日程を決めて会いに来て欲しいと綴ってあった。


もうすぐで皆の本来の願いが叶う時が来る。アルバムを取り出して家族で過ごしていた日々を思い返しながら、僕は今日こんにちを生きている自分を誇りに思うのだ。


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揺蝕〜ヒュプノスと最後の二十一秒〜 桑鶴七緒 @hyesu

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