第16話

親衛隊の襲撃が脆弱化ぜいじゃくかしたのを見計らい治安維持部隊が鎮圧させ、都市部や郊外は半壊状態になったが、一部の民間人において帰宅命令を出した。

首相官邸が国民に向けて男性島と女性島両島での集団殺戮者の撃退を発令すると、各島に潜伏する不審者を全員確保したのと同時にその日のうちにそれぞれ島へ帰還させた。


一方で僕たち救助隊は郊外に設置されている救護所での救助を数日のうちにあたっていき、矢野をはじめとする女性救護班から負傷者の数が治まり始めてきたので、男性島へ帰還するよう呼びかけてきた。その晩、テントで救護がひと通り終えて休憩所に行くと益井が食事を差し出してくれた。


「明日でこの任務が終わるんですね」

「お前、やりがいはあったか?」

「ええ。途中逃げるようなことはしましたが、あなたに助けられて目が覚めました」

「本当はお前も……殺戮に加わる身でいたんだろう?」

「……気づいていたんですね」

「何が目的で人を殺すなど考えたんだ?」

「以前も話していたように、この島にいる家族を脱出させたくて。どんなに殺めても構わないから自由に殺せと洗脳に近い言葉を浴びせられました」

「……親衛隊か」

「はい。でも彼らも捕まったことですし、そんな事しなくてもそれぞれが生きていければいいのだと、本当の自由を掴むように努めていきたいと考え直すようになりました」

「失礼します。男性島からきた救助隊の皆さんは全員集まっていますか?」

「矢野さんどうされました?」

「政府から貴方たちの帰還命令が早まり明日の明朝三時に乗船所から出航します」

「じゃあ、今夜はあまり睡眠がとれないんですね」

「仕方ないよ。取り敢えずは船の中で仮眠するしかないな」

「やっと帰れるのか、ここに救助しているうちに救護士とも対話できるようになったのに残念だな」

「皆さんの協力があったので私達も全力でサポート出来ました。あとの事は私達で診ていきますのでご心配なく」

「医療機関も何か所か打撃されたんだろう?機器は大丈夫なのか?」

「ここにある機材や薬剤も少し減ってはいますが、隣りの県から応援要請をしていて一部の重症患者はそこに一時的に預かることになったので大丈夫です」

「そうか。早いうちに都市部も立て直しができると良いですね」

「あとの事は私達に任せていただきたい。今日はもう就寝してください」


日付が変わり僕らは時間通りに起きた後矢野達に見送られながら救護所をあとにして乗船所へ向かい、出航後僕は外から女性島の灯を眺めながら遠ざかっていくのを見届けていき名残惜しさの心中に日の出の光を見つめていた。男性島の乗船所に到着して船から降りると、救護隊の人たちが迎えに来てくれていた。

それから二週間が経ち政府から男性同士の同居の解除命令が出されて僕は益井との最後の夕食を摂ることにした。


「珍しい光景だな」

「何がだ?」

「あなたがキッチンに立っているなんて誰が見ても不思議でしょうがない光景ですよ」

「何だよそれ。いつもお前が先頭に立って作ってくれていただろう?せっかく早い時間で帰れたんだから、これくらいはしてやらないといけないなって思ったんだよ」

「何が出来上がるんですか?」

「もう少し待っていてくれ」


僕はほとんど食事の調理をしないので少し手間取りながらも彼の為にと懸命に取り掛かっていった。テーブル席に品を並べていくと彼もまた興味を湧きながら香りをかいでいた。


「牛ヒレなんてほとんど食えないっすよね。流石先生だなぁ。旨そう」

「これで全部だ。さあ一緒に食べよう」


いつもより会話が弾んでお互いに笑みがこぼれていった。僕はこうした時間を共有していきたいと願っていたが、もうこの時がないのだと思うと彼と過ごしたこの数ヶ月がかけがえのない暮らしだったと貴重な機会を与えてくれたようにも思えたのだった。後片付けが終わり、しばらく部屋で休んでいると益井が中に入ってきてあることを願い出てきた。


「あと数日で最後なんで、今晩ここの部屋で添い寝しても良いですか?」

「ああ、いいよ」


僕らはいつの間にかこんなにも親しい間柄になったのかと思うと、隣で寄り添いながらこちらを見る彼が愛おしく感じるようになっていた。


「兵頭さん」

「何?」

「僕ら、家族になりたいですね」

「もうなっているようなものだよ。こんなにもお前が俺に懐くなんて思いもしなかったしな」

「最後だから甘えたい。僕らだけのこの時間を良い思い出にしたいんです」

「そうだな。あのさ……もしかして、したいとか?」

「あはは。それはないです。こうして横にいるだけで充分です」

「そうか。じゃあおやすみ」

「おやすみなさい」


いつも聞こえてくる街の騒音が今日はやけに静かすぎて妙な感覚になったが、益井が安らかに眠る顔を眺めながら僕も次第に優しい気持ちになりながら眠りについていった。

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