第7話

益井の部屋に入りベッドの上に二人並んで座ると、彼は僕の顔を眺めては髪の毛や頬に触れて優しく微笑んできた。目を閉じてくれと言われたので言う通りにすると、唐突に彼は僕の唇にキスをしてきた。

僕は身体が次第に身震いを始めその様子を見ている益井は顔色を伺い頬に手を添えてきた。背筋がゾクゾクと神経回路がひた走る。得体の知れない怖さを感じるとともに、彼の腕を突き離して顔を下に俯き自分の身体を摩って震えを止めようとした。


「やっぱり怖い。男を抱くなんて到底無理だ」

「なかなか簡単にはいかないですよね。僕も無理させてまで抱くなんて、彼らの条件もどうかしている」

「すまない。どうしても受け入れがたくて……」

「その関係を持つのに期限がないみたいなので、焦らずにしていけばいいと思います」

「部屋に居る。また何かあったら声をかけてくれ」

「これから夕飯の支度しておくので、落ち着いたらリビングに来てください」


部屋の中に入りベッドの上に座り、かがみながら気持ちの整理をしようとゆっくりと深呼吸した。益井の唇が触れてきた時に、今までに感じたことのないしなやかな触感が自分の唇に残っている。

初めは気色が悪い物だと拒絶をしていたのに、彼が顔を近づけてきた時咄嗟に逃げようとは反応しなかった。僕はそれほど人恋しいなど考えることもなかったのに、益井に関しては否定したいともあまり思えれないのだ。


きっと彼には本人の持つ屈強な存在が僕の中で明瞭に焼きついているのだろう。彼には独自のポリシーがある。僕とは違って鷹揚おうようであるが、今関心があるのは救助隊への積極性の高さだ。その任務さえ拒む者もいるのに益井の志は常に前を向いている。

僕も救護士である身で誰よりも強い正義感を持って闘っている。弱者にはいつも寄り添いながら彼らを支えてきているのに、益井と同居してしばらくしてから自分もまた心の拠りどころを探し出している。


僕が自宅に帰ると彼は包容するように迎え入れて、時折愚痴も吐くようになっていると床に転がった言葉を即座に拾ってくれる。相手も業務で忙しいところもあるはずなのに、まるで好奇心の強い子どものように耳を傾けてくる。

医療という行き先の見えない果てしなき未知との死闘。

答えを出し尽くしてもまた更に課題は増えるばかりだが医療は私達従事者を糸口の一つとして他者との絆を結び付けてくれる。いつも感謝をする毎日がこうして目に見えて益井というパートナーが存在している。


部屋から出てキッチンへ行くと先に食事を終えた彼が食器の片づけをしている背中を見て、彼との間に結びつこうとしている信頼性を求めていけば答えはどこかで見てえてくるのかもしれないと思った。


「あ、ご飯出しますか?」

「ああ、頼む」


食事を済ませてシャワーを浴びた後リビングへ行くとソファの向かい合わせで置いてあるテーブルの上に何かの封書が開封されてあるのを見つけた。益井が開けたものだろうと思い、中の用紙を取り出すと親衛隊からの通知書だったので目を通していくと、僕たちの監視について二人が性交できなかった事に勧告処分として二週間以内に行為を実行できなければ処罰を与えるという警告を促してきた。

益井を呼び出すと彼は返事をしなかったので、部屋のドアをノックして呼ぶとドアが開き中に入ると彼は既に眠りについていた。仕方なくリビングへ行き封書を置いて自分の部屋に入って間もなく僕もベッドに横になっているうちに眠りについた。


数日後ようやく都市部の暴動が収まりかけた頃、救護所の負傷者の数が減少したこともありテントの数を減らすように促されると次々と医師らがそれぞれの医療機関へと戻っていき、僕も連絡を受けて医療センターへと戻るよう指示が出た。残っている医師に引継ぎ業務を言い渡してセンターへと帰ってくると、看護士らが出迎えてくれてまた一緒に働けることに意気込みを伝えてくる者もいた。

その中の一人の看護士が医局から僕へ報告があるから来て欲しいと告げてきたので上階のところにある医局へと入ると副院長が待っていた。


「戻ってきたばかりで申し訳ないのだが、兵頭先生。救命救急センターから隣の医大病院の臨床に異動をしていただきたい」

「医師が不足している状況なのになぜですか?」

「親衛隊から君宛てに通達が届いていた。同居している方の……行為がなかなか進まないというらしいじゃないか」

「それが元で臨床へ異動しろと?」

「彼らの意図もある。だから今は大人しくいう事を聞いていた方が良い。何を出してくるかわからない連中だ。協力を願う」

「……わかりました」

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