揺蝕〜ヒュプノスと最後の二十一秒〜
桑鶴七緒
第1話
時は二XXX年。
日本の人口が五十億人を超えて乳児の出生率が異常に上昇した傾向から文部科学省から出生水準地の割合を減少せせる命令を下し、更に異性との共存を遮断することを命じたのちに、天変地異によって分断された島々に男性と女性がそれぞれ別々に生活するようになってから二十年が経った。
その間に島を脱走しては隣接する異性の島に渡っては欲に駆られて男たちが女性を追いかけまわしては発情を繰り返し違反を犯した者たちは皆親衛隊に擁護されるや否や惨い処罰を受ける日々が続いていた。
そのさなか、都市部から離れた山間にある町で起きた襲撃事件が多発している昨今、怪我人の救助にあたる救護士たちがテントの中である負傷者の人命救助を行ない、心電図の値が減少していくなか一人の救護士が心臓マッサージを繰り返し続けていた。
「戻れ……戻ってこい……!」
蘇生を確認しては電圧を胸に当てて、再び心電図を見る。
「兵頭さん、もうこれ以上は無理です。心肺停止から一時間近く経ちます。もうやめましょう」
「うるさい!この人もこの体内に戻ろうと必死なんだ。諦めないぞ」
「あの……電灯が点滅し始めました。あと少しで彼がやってきます」
「誰があいつにこの身体を渡すものか。みんなも一緒に祈ってくれ……!」
やがて電灯は消えて辺りが暗くなり、僕が蘇生をやめた途端にひとつ、二つと火玉のような光が差し込んできた。
「ああ!見てください。ヒュプノスが……彼が空から降りてきました!」
「くっそ、あいつか……!」
皆がヒュプノスと名指すその者が地に足をつけて負傷者の元へ来て頭のところに片手で触れると、その手から柔らかな光を灯しヒュプノスはカウントを取り始めた。
「一、ニ、三、四……十九、二十、二十一……」
すると負傷者の身体はその光に包まれてベッドから数センチ浮遊してビクリと揺れ、脳波による硬直状態が反応した後に心電図の心肺停止音が流れていった。
舞い降りてきたこのヒュプノスという者は天の使いで、死者が永遠の眠りにつくと地上に現れては魂を導く、人間にとって亡神とも呼ばれている存在であるのだ。
「これ以上この者に無駄なことをさせるな」
「お前、またしても魂を引き抜きにきたのか?」
「何度も同じことを言わせないでくれ。私はこの者が選んだ永遠の眠りに賛同して息を消したのだ。あなたたちも最後まで良い勤めを果たしてくれた。ご苦労であった」
「ヒュプノス。このテントの周辺にもまた死者が出るのか?」
「ああ。私以外の者が対応している。しばらくは続くであろう。その者たちには安らかに眠らせておくれ」
彼がそういうとテントから離れていき空に飛んでは静かに消えていった。ようやくして負傷した者たちの救助がひと通り終わると、僕らもひと段落着いたところで休息に入った。
「兵頭さん、これパンとスープです。温まりますよ」
「ああ、ありがとう。お前今日何人の人たちを看取ったんだ?」
「三十名ほどでした。今日は十代の子たちが多かったですね。兵頭さんは?」
「ざっと数えても五十はいったかな。この一週間で都市部と合わせても一万人か」
「なかなか治まらないですね。僕らの体力も限度を超えてきていますし。応援隊も数が足りなくて国が徴収命令を下すんじゃないかと情報も出ているそうですし」
「そうなったら滅亡まっしぐらになるな。なんとしてでも食い止めないといけない」
「本来なら昔のように女性と一つの島に共に暮らしていさせればこのような事も起らなかったと思うんです。なんせ国のリーダーは権力が高いものほど生き残れるとか何とか言っておいて、結局男も女も分断させてしまったじゃないですか。あれは完全に間違えた判断ですよ」
「まあな。毎日のように追われながら救助に当たる俺らから比べると平凡に働いて生きる人たちの方が何かとフラストレーションがたまっているだろうな」
「それから、もう一つ気がかりな情報も聞いたのですが……」
「何?」
「まだここだけの話ですよ。親衛隊の奴らが国に対してある条例を出そうとしているみたいで」
「だから、何だよ?」
「……欲求不満に駆られている者に対して、男同士で性交渉させて抑制する権限を許可するとかという話が浮上しているみたいなんですよ」
「親衛隊の奴ら、頭がおかしくなったのか?馬鹿馬鹿しい。それじゃあ大昔にあった女の廓と似たような所で卑猥なことでもしろっていうのか?」
「まだ噂なのでどうなるのかはわかりませんが、僕は断じて反対です」
「当たり前だ。そんな事態になってみろ。もし俺らのところに誰かが来てみて相手にしてくれっていってきたら、速攻でぶん殴るぞ」
僕たちはただの笑い話で済ませていたが、ちょうどその頃親衛隊のある役職者たちの間では同性間との性交渉の合意を求める条例について議論していた。
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