第5話
医療センターを後にして隣町の救護所へ到着し患者の処置にあたっていると、チーム長が僕に声をかけてきて、以前よりも負傷者の数も減ってきて町の治安もだいぶ治まってきたと告げてきた。
襲撃事件という暴動が起きてから一年近く経過していたが患者の表情を伺っているとその情報を聞いた分皆が安心しているようにも見えてきた。
僕はこの時、大昔に起きた学生運動やデモ隊の集団自決を思い出し、日本国の中で時代がこのように繰り返し起きていることがどれだけ人間という生き物の儚さを痛感したかを目の当たりにした気分にもなった。
その晩医療センターから連絡が来て今朝の返事を聞きたいと言ってきた。僕は迷わずに承諾をして救助隊の一員として任務を全うすることを決意した。
深夜二時。今日は負傷者の数もあまり出ていなくチーム長から他の救護士らに任せてもいいので帰宅してもよいと命じられたので自宅に戻ると、益井がリビングのソファで何もかけずに眠っていた。僕はクローゼットから毛布と取り出して彼の身体の上からかけてあげると目を覚まし僕を呼び止めてきた。
「おかえりなさい。今日は帰れたんですね」
「ああ。起こして悪い」
「いえ。毛布ありがとうございます。ああ、温かいな」
「明日は休みか?」
「ええ。兵頭さんもですよね?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだが、今日医療センターで役職の者から聞かされたんだが、益井さん女性島への救助隊として特命を受けたと聞いたんだが……どうしてそれを引き受けたんだ?」
「僕は普段兵頭さんのように人命救助などおおそれたことをしないで生活してきた者です。自分の力をどこかで発揮できないかと考えていた時に政府から会社宛てに僕への救助支援の要請が来たんです。そしてその後親衛隊の条例が出てあなたと同居することが決まった時、何かの運命を感じました」
「運命か。俺らはそれをしたくてここまで生きてきた人間ではないはずだったのにな……」
「兵頭さん、手を見せてくれませんか?」
「ああ。いいけどどうした?」
「……働く人の手をしている、それだけじゃない。人の命を救う手というのはこんなにも厚くて温かいんだろう」
「俺も医師になってからまだ五年。早いうちにチームリーダーを任されるようになって正直最初は不安でしかなかった。実際に医療チームに入ってから救護士としては毎日が戦闘づけだしな」
「この手で多くの命を救っては見届けていっているんですよね。……医療に携わる人たちには本当に頭が下がります」
益井は酒を飲んでいたようでまだ身体に酔いが残りながらやや虚ろな目で僕の手を握っては眺めていた。
「俺も明日休暇がとれた。ゆっくり休みたい」
「あの、もしよかったら少しだけ一緒に外出しません?」
「まあ二、三時間くらいならいい。どこへ?」
「地球が広く眺められるところ。……じゃあ僕も部屋に行きます。おやすみなさい」
「ああ、おやすみなさい」
彼がそう告げて部屋に入り、僕も次第に身体が眠りにつきたいという感覚になったので、自分の部屋へと入っていった。
翌朝九時。起床してリビングへ行くと益井の姿がなかったので、しばらく待っていると、彼は荷物を抱えて帰宅し朝食の準備をしてくれた。食事を済ませた後、彼の運転する車で郊外へと走り海岸線に出ていくとある海辺の駐車場に停めて降りてから砂浜に出た。
「海、久しぶりでしょう?」
「ああ。昔家族で来て以来だ。今日は波が高いな」
遠くで海鳥が鳴く声が響いている。潮の香りも風とともに吹いてきてなんとも気持ちの良い居心地だ。
「ここに繋がる島ってわかりますよね?」
「霞んでいるこの地平の向こう側に女性島があるんだよな」
「ええ。僕らがこれから向かうところです。向こうには僕ら救助隊を待つ人がたくさんいますよね」
「益井さん、あなたは行くことに決めた理由ってなんですか?」
「僕の母と姉があの島にいます。どのように生活しているのか、いつも考えているんです。今捕獲されている人たちを彼女たちと同じように自由に解放してあげたい。またいつか昔のように男女ともに暮らせる日が来るのを実現してほしいから、僕も国のために協力したいと決めたんです」
「そうか。俺も同意見だ。母や姉妹がいるんだよ。手紙を送っているが、機密情報がないか親衛隊が管理している分なかなか返事が来ない。悔しくてたまらないんだ」
「それなら、正式にパートナーとして手を組みましょう。僕らがこうして出会えたのも何かの縁だ。あなたとの縁を、悪いように考えたくないんです」
この海の向こうにいる家族を思うと計り知れない感情が溢れてくる。彼と暮らし始めてからまだ日は浅いが、当たり前だと考えているそれぞれの日常が目的を果たした時に歓びで満ち溢れた時間を取り戻せるよう、僕らは改めて握手をして
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