第7話 クエスト その1 その前にあらためて

「したら自分はこれで! また怪我したら教会に来てくださいっス! ジブンはいつもそこに居るんで!」

 

 そんな頼りになる事を言って、グルッヘは何故か機嫌良さそうにギルドを出て行った。

 

 

「本当に僧侶なのか、あれで……」

 

 グルッヘやなっちゃんにもらったダメージも回復し、普段(社畜生活による肩こり含む)よりも快調な身体の調子を確かめながら、誰とはなしにつぶやく。

 

「グルッヘさん。見た目は誤解されやすいですが、良い人なんですよ。お酒を飲まなければ……」

 

 パスタさんが頬に手を当てて少し困ったように言った。

 良かった。あの見た目が『らしくない』というのは、オレの独自の感性ではなかったようだ。

 僧侶がみんなあんなんで、モヒカンマッチョにしか回復してもらえない世界だなんて、そんなの、あまりにも辛すぎる。

 

「それはそうと。建物の修繕手配と……。費用を教会に請求しておかないと。もう! 今日も定時で帰れない……!」

 

 お役所仕事も大変だなあ。


 


 

「シカ。ですか」

 

「はい。本来、超人5を伴うようなパーティーであれば、難度Eのクエストをお願いしたりはしないのですが」

 

 そういいながら、一枚の手配書のように見える紙を机に置くパスタさん。

 それ自体は、こちらのオーダーなので問題ない。

 そもそも、クエストを受けるのだってオレ達は初めてなのだ。

 

 グルッヘが帰った後、パスタさんがあれやこれやと先ほどの一件の後始末に追われている間、オレはオレで今後の事を考えていた。


 一つ目。日本に帰る方法はあるのか?


 これについては、正直かなり怪しい。転生前の最後の記憶を考えるに、あちらの世界のオレ達は死んでしまったか、あるいはそのままの体でこちらに転移して来ている(衣服がそのままだった事から、やはりこの可能性が高いか?)という状態。

 向こうの体が死んでしまっているのなら、これは完全にノー。帰る体が無いのなら、帰る方法も何もないだろう。

 仮にこちらに、そのままの体で転移してきていた場合。

 日本に帰る方法はあるのかもしれないが、探す方法は見当もつかない。だからといって、向こうの世界に戻れる可能性があるからと、転生して来た時と同じように爆発オチを根拠もなく試すというのは恐ろしすぎる。

 少なくとも、当面の間はこちらの世界。スラン大陸で生活する手段を見つける必要があるのだ。

 

 ……PCやゲーム、その他もろもろのオタクグッズの無い世界をなっちゃんは嘆いていたが、それはしょうがない。諦める以外の選択肢は今の所ない。

 幸い。こちらの世界では別の楽しみを見つけられそうなので(ビキニアーマーがどうとか言っていたしな)、その辺りは大丈夫だろう。


 そこで二つ目。どう生活していくか?


 親切なパスタさんと、不本意プラス事故のようなものだったとはいえ、グルッヘという知人も出来た事だし。

 この世界で暮らすにしろ、日本へ帰る方法を探すにしろ、この街で一先ずは準備をするのがいいだろう。

 そうなると、考えるべきは

 

「家と食事。そのための仕事か」

 

 とどのつまり、ファンタジーな世界に来ようが、労働の喜び(皮肉)からは逃げられないのだ。

 

「……ふぇっ?」

 

 オレの隣で、泣きつかれたのか机に突っ伏して涎を垂らして寝ていたなっちゃんが、寝ぼけた声をあげた。

 

「え? そんな……。ウソだよね……?」

 

 起きたばかりのなっちゃんが、絶望の瞳を向け、縋りつくような声をあげながらオレを見ていた。

 ぶっちゃけ、なっちゃんは日本では札付きのニートだった。学校を卒業する時も就職活動なんて微塵もせず、オレが帰りに買ってくるスーパーの食材だけを頼りに生きてきたなっちゃんにとって、働く事の恐ろしさは想像に難くないのであろう。

 

「辛いだろうけど、ご飯を食べるには働く必要があるんだ……」

 

 オレだってツライ。

 

「むり! むりむりむり! あによく考えてわたしは高校出てからあにの稼ぎに甘えた生涯引きこもりだよ一生ネトゲだよう○こ製造機だよ! 仕事なんてできるわけないでしょほんと無理マジ無理無理ムリ!」

 

「はいはい」

 

「あに゛い゛ぃぃぃ~~~……」

 

 机の上で溶けるなっちゃん。

 父さん母さんが残してくれた家があった日本ならいざ知らず、なんの蓄えも資産も無く、右も左もわからないこの世界で、オレ一人でなっちゃんを養っていくのは難しい。

 

「働くぐらいならしぬぅぅ~~……」

 

 この世界ではなっちゃんはもの凄く丈夫な身体らしいから、たぶん難しいと思いますよ?



「シカ退治か。それぐらいなら出来るかな? オレもなっちゃんも、一応ランクをしっかりと持っているようだし」

 

 なっちゃんの超人5はともかく、オレが何を出来るのかは良く解らないが。

 先ほどのなっちゃんの身体能力を考えると、うまく動ければシカを捕まえるぐらいは出来るのではないだろうか。

 多少のけが(なっちゃんは大丈夫だろうから、オレが)はするかもしれないが、そこは先ほどのグルッヘの言葉を信じて、傷の面倒は見てもらおう。あいつにはオレも痛い目に合わされたし、それぐらいは甘えても良いだろう。

 

「街の外に住む農家の方からのクエストですね。畑を荒らされて困っているそうです」

 

「報酬は……。ふむ」

 

 この世界の通貨価値についても、大まかにはギルドの食事の金額などから予想は出来ていた。これぐらいであれば、今日明日の宿泊費と食事ぐらいは賄えそうだ。

 

「し、しか……!?」

 

「なっちゃん……?」

 

 隣で溶けていたなっちゃんが、シカという単語に反応した。

 

「あ、あに。シカはヤバイ。ファンタジー世界でシカとちょうちょとカマキリに遭遇することは死を意味すると言われている……!」

 

「働きたくないからって、そういうウソを言うんじゃありません」

 

「ほ、ほんと。ほんとにヤバイ。冒険者を分からせる為に最初の階層をうろついてるのがてっぱん……! 気球に乗る場合はカンガルーから逃げるのも追加……! 」

 

 どこの世界を見てきたのだろうか。

 

「最初にハ〇るのはシカと決まっている……! あに、考え直せ……!」

 

 〇ゲとらんわ!

 

 よし、こうなったら意地でもなっちゃんには働いてもらおう。

 いやむしろ、超人5の力を確認するためにもなっちゃんにこそ働いてもらう。

 

「パスタさん。このクエスト受けます。場所を教えてもらえますか」

 

「あ。はい。では詳細をお伝えしますね」

 

「あにぃ~~……ほんとヤバイってぇぇ~~……」


 ――オレは、その時のなっちゃんの言葉を後になって思い出すのだった。


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