幕間 悪役令嬢の憂鬱


 ここは冒険者ギルド、その入り口近くにあるパーティー参加希望者が掲載された連絡用ボードの前。

 

 自分のプロフィールが記載された紙は、いつものようにボードの上に綺麗なままで残っていた。

 


「ふぅ……」


 思わずため息をつく。

 

 拍子に、吐息から白い冷気が漏れ出た。

 

 意識をしていなくても、感情が上下すると、それに合わせて魔力が外に出てしまう事がある。

 


 いけないいけない。ちゃんと魔力を制御しないと。

 こんな事だから、自分はパーティーが組めないのだ。

 

 

 近くに居た剣士と思わしき男性が、吐息から漏れた冷気を感じたのだろうか、自分に気づくとギョッとするように後退り、ギルドの外へ急かされるように出て行った。

 


(……別に、そんな全力で逃げなくてもいいのに)

 

 言うまでもない、自分はこのギルドでは有名人なのだ。

 


 ――もちろん。悪い意味で。

 

 

 『魔女』と呼ばれていることは知っている。


 この街へ引っ越して来た際に、魔法の加減を誤って、街の約半分の井戸を氷漬けにしてしまったのである。

 無関係の人からすれば、たいそう迷惑だっただろう。弁解の余地もない。

 


 その事件の事を知ってか知らずか、パーティーを組んでくれる人も過去には何名か居た。

 だが、後ろから飛んでくる氷の魔法に耐え、あるいは回避しながらクエストを遂行するのは、どんな仲間にも難しかった。

 


 厳しい叱咤を受けたことがある。

 

 とても悲しい事を言われたこともある。

 

 

 いつしか、誰も自分と組んでくれなくなっていた。

 

 

 ……いや、自分のランクが原因なのは解っている。

 

 解っている上で、それを制御出来ない自分が全て悪いのだという事も。

 


 たぶん、恐らく、きっと。上手く制御する方法はある。

 

 ある……はずなのだ。

 



『調査結果を何度も確認致しましたが――』

 

 

 昔馴染みの友人の声が、ホールの奥から聞こえた。


 それほど大きな声ではなかったが、最近は毎日のように会話をする友人の声である。聞き違えるはずもない。



 数少ない友人である彼女が、受付嬢をやっているこのギルド。

 

 憧れていた祖父のような冒険者になりたいと思っていた自分は、都合よく家の別荘がこの街にある事を知り、これ幸いと殆ど着の身着のままで引っ越してきてしまった。

 

 実家を姉が継ぐのは明白だし、両親もそれについては納得をしてくれた(特に、父は寂しそうであったが)。

 


 数少ない友人の声が聞こえてくると、いつもつい意識がそちらに向いてしまう。


 どうしたのだろう。調査結果を何度も確認とは、珍しいランク持ちでも見つかったのだろうか?


 

『間違いなく。ちょ、超人5です!』

 


「!」

 


 超人ランク5


 どんな魔法にも傷つけられず、何者にもその歩みを止められない。

 大地を穿ち、大海を引き裂く、『完全身体』とも呼ばれる無敵の超人。

 

 現在、確認できているだけで四名が存在しているはずだが。

 


 五人目の超人5が見つかったというのだろうか?

 

 都会からも離れた、そこまで大きくないこの街で突然?

 


 

 一度だけ考えたことがあった。



 氷魔法ランク1の自分が持つ、ランク4相当の極大魔法すらも扱う事が出来るこの特殊なランク。

 

 自分の、味方を巻き込む――いや、人をターゲットにする前提でしか打ち出せない魔法特性。

 

 

 だが、もし魔法を向けられても問題の無い相手が仲間であれば?

 

 『超人』は、その可能性を秘めた理想の仲間だった。

 

 

「……」


 だが、超人5と言えば勇者候補とも名高い、超が三つぐらい付くほどのレアランクである。

 

 そんな人が、自分のような味方を氷漬けにするポンコツ魔法使いと組んでくれるだろうか。


 

 ……いや、考えていても仕方がない。


 理想の仲間の話は、さきほど声をあげた彼女と、これまでに何度もしていたのだ。


 彼女だって

 『でも、超人ならその力を知ってもパーティーを組んでくれるかもね』

 と、言っていた。

 


 ダメでもともと。

 

 こんなチャンスはもう来ないかもしれない。

 

 『悪役令嬢』らしく、どうせなら尊大に盛大に、自分の力を見せつけて、相手から仲間にさせて下さいと懇願させるぐらいにやってやろう。


 

 

 覚悟を決めれば、後は動くだけだった。

 自分の頬を両手で叩く。

 

 

 どんな人だろう。


 私の事を気に入ってくれるだろうか。

 悪い人でなければ良いけど。


 パーティーを組みたい。

 一緒に冒険したい。




 そんな思いを秘めながら、旧友の声がしたカウンターまでやってきたが、しかしその友人の姿は見当たらなかった。


 幻聴だったのだろうか。

 パーティーを組みたいと、自分と一緒に冒険をしてくれる仲間が見つかるかもしれないと、ずっとずっと考え続けてきた自分に聞こえてきた幻聴。

 


 仲間を追い求めすぎて、頭か耳がおかしくなってしまったのかもしれない。


 

 先日、パーティーを追い出された時の、自分に向けられた仲間の顔を思い出した。

 

 恐れているような、忌避するような目だった。


 とても悲しかった。

 ああ、あんな思いをするのであれば、二度とパーティーなんて組まなければ――。


 

 ……一度帰ろう。

 

 こんな気持ちでは何をやっても上手くいかない。

 

 今日は友人が、お酒を飲みに屋敷に来てくれると言っていたし。

 食事の仕込みをしておかなくては。

 


 でも、もし先ほどの声が本物だったら――。


 

 思いを馳せてしまうあたり、自分は『悪役令嬢』よりも、『王子様を夢見るお姫様』なのかもしれない。

 

 自嘲気味に笑い、悪役令嬢はギルドを後にした。

 


 そんな思い込みの激しい彼女に、背を向けた先に居る他の冒険者たちの喧噪は耳に入らなかった。



 

 

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