第12話 結氷令嬢 その2 ヨトゥンリングの魔女
そこに、ギルドを氷漬けにしたと思わしき首謀者が鎮座していた。
艶やかな、黄金色よりもなお明るい、少し緑を帯びたレモン色の波打つ豪奢なロングヘアー。
鷹揚に立ち上がり、両手を左右互いの肘に当てて立つ姿は、威風堂々という表現が彼女の為にあるのではと思わさせられる。
完成された美貌と不敵に笑うその姿が、それをさらに後押ししていた。
そして何より。
「でっか……」
なっちゃんがため息を漏らすような声を後ろで呟いた。
そう。でかかった。パスタさん以上に。何がとは言わないが。
「あなたが『完全身体』――ランク5の超人でよろしくって?」
青と水色に染められたドレスを翻しながら、左手で持った白い扇をオレに向ける、どこぞのお嬢様のような美人さん。
まったく。このやり取りも今日で二度目である。
ヨダレを垂らしていたなっちゃんが、その動きに合わせるようにオレの後ろに隠れた。
「……お待ちしてましたって?」
「ええ、お待ちしていまっ……くちゅん! したわ!」
自分で凍らせておいてくしゃみするんかい。
「ぇぇえ……? ヤバイ。ちょっと萌えたかも……」
オレの後ろのなっちゃんの好感度が上がっていた。
「そ、それで。お姉さんはどちらさんで? この氷もお姉さんが?」
予想外のくしゃみに少しうろたえつつも、要件をたずねるオレ。
「……あら、余を知らないという事は、本当に最近田舎からいらっしゃったのね」
余て。どこぞの王族さまですか。
「余とかウケるんですけど。くへへ……。ちょっと可愛いかも」
後方からも、似てるけど少しズレた感想あり。
「どうかなさって?」
しかし、その割には、偉そうな口調にちょっと無理があるようにも見えるんだよなぁ。
なんというか、少し下手なような、慣れていないような。
「……あ! 私。長くなりそうなので、ちょっとお茶を入れてきますね!」
何かを察したのか、ミノムシ状態のパスタさんがギルドの奥へ引っ込んでいく。
いや、お茶はそこにありますけど。
「……ふふふ。否定しないという事は、間違いないみたいですわね」
奥義を口元に当て、不穏な声をあげる氷漬けの首謀者。
「ちょうどよくってよ。その力、見せて頂きますわ!」
ぶわっ! と。彼女を中心に、細かな氷の欠片と風が逆巻く。
「
『力』の名と共に、彼女の踵が地面を打ち、カツンと軽快な音を立てる。
刹那。叩いた石床を中心に、氷の茨が瞬く間に地面を覆っていった。
「うおぉぉおおい! なんじゃこりゃ!」
氷の茨が、オレの体をズボンごと地面へ縫い付けた。ち、ちべてぇええええ!
せっかく靴下生活を脱して手に入れたオレの靴が! てか、これがギルドを氷漬けにした魔法か!
さてはパスタさん、こうなる事が予想出来ていて逃げたな!
床を伝い、より強固な氷が壁を登り天井を隠していく。
しかし――
「ん。これは効かないかも」
後ろのなっちゃんが前に一歩出て、足を踏みしめる。
それだけで、まるで魔法が霧散するかのように、氷の茨はその動きを止めた。
――ふむ。ただ身体が丈夫なだけじゃなくて、魔法自体の動きを中断させるような力も、超人にはあるのだろうか。
「――! こ、凍結大地!」
再び石畳を、今度は二度叩く余さん。先ほどの倍ほどの太さもある氷の茨が、叩いた場所を中心にして建物が再び凍り始める――
「ね、お姉さん」
しかし、なっちゃんが同じように床を叩くと、まるで魔法を解除するかのように建物を覆っていた全ての氷が一斉に解け水になった。
ギルドの外では、先ほどまで覆っていた氷が雨の様に屋根から地面へ流れている。
オレの下半身を床に縫い付けていた氷も、水となって解けて流れていた。
……なっちゃん、もしかして超人の力の使い方に慣れてきたのか? 魔法なんて今まで一度も見た事すらないはずなのに。
「わたしとあにに、魔法を撃ってきたんだよね? じゃあ何されてもしょうがないよね? ね?」
なっちゃんの口がすごく悪く歪んだ。
あ、これ欲望に正直なだけだ。
「ひ――!」
なっちゃんから漏れる『何か』を感じ、小さな悲鳴を上げる余さん。
「あ、あなたが超人5ですの? この男ではなく!?」
「くへへ……。そうです、わたしが変ないもうとさんです……。くへへへへ……」
ねえ、なっちゃん昭和生まれだったっけ?
そのネタ解る世代、かなりいい年齢よ?
「な、なぜかわからないけど、この子を近づけるのは凄くマズイ気がしますわ……。こここ、こうなったら……!」
余さんがなっちゃんから逃げるように後退りし
「こうなったら、この地域一帯に被害が出るかもしれませんが、あの魔法を使うしか……!」
言いながら、白い扇を天に掲げる。
――は? 何を言い出すんだこの余さんは?
「パスタには申し訳ないことをしますが、これも友人の身を守るために仕方ない事だとおもって我慢してもらって――」
先ほどとは段違いの吹雪のような魔力のような何かが、余さんに集まっていく。
窓の外が薄暗くなり、ギルドの外を流れていた水も再び冷気を帯びるようにその動きを止め始め――
「アホかーーーッッ!!」
「うベらっッ!」
後ろから不意の奇襲を浴びて、お嬢様とは思えないような声を出した余さんが、両手を頭の上に抱えてしゃがみこんだ。
余さんの後ろには、息を切らしながらフライパンを両手持ちしているパスタさん。
「はぁ……! はぁ……!
「ぱ、ぱ、ぱ、パスタぁ~~~!!」
頭を抑え込んだまま肩を震わせる余さんことアヤちゃんさん。そりゃフライパンで叩かれれば痛いに決まっている、でかいタンコブ出来てるなありゃ。
「だ、だって。この子が余にぃぃいい~~!!」
なっちゃんから距離を取るように離れ、パスタさんに縋りつくアヤちゃんさん。もはや、最初に感じた威風堂々とした姿は、氷と一緒に完全に溶けて消えてしまったようだ(だれうま)。
指差されたなっちゃんが、無表情のまま両手の指をワキワキと不可思議に動かす。というかいかがわしく動かす。
もうそれだけでセクハラである。
おまわりさん! この人です!
「何もしませんよ。お兄さん思いの優しい妹さんなんですから。ね、なつみさん?」
いや、する。絶対する。間違いなくする。
そんな生けるセクハラこと我が愛すべき妹は、にこやかにパスタさんに声を掛けられながらしかし、
「そ、そそそ、そんなことないし……。そんなこと。ないし……」
何がそんなことないのか。急にごにょごにょと歯切れ悪くなりながら、オレの後ろに隠れるのであった。
「はいはい。人見知り戻ってますよー」
パスタさんの事を気に入っている割には、あまり馴れてはいないようだ。
まあ、パスタさん陽キャ感あるもんなあ。なっちゃんが苦手に感じるのも納得である。
まだまだ、前途は多難と言ったところか。
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