第20話 方針会議という名の その2 『ヤツ』


「アヤちゃんがこの街に引っ越してきてすぐの時です」


 

 愛おしそうにアヤメの髪を撫でながら、パスタさんは話を始めた。

 

 その様子は、大好きな妹を案じる面倒見の良い姉のようにも見える。

 あるいは、外国の絵画に出てくる、聖母のような慈愛すらも感じられた。


 

 ……床に空いた酒瓶がいくつも転がっている事と、先ほどのお手洗いへ駆け込むあんまりな姿を見ていなければ。

 

 どうしてオレの回りの人間は何かが極端に残念なんだろうか……。


 

「ええと……。続けても大丈夫ですか?」


 

 思わず目を瞑り、腕を組んで天を仰いでしまったオレの様子を見て、パスタさんが少し困ったように声をかけてくる。

 


「いえ、すいません。お願いします」


 はい、それでは。と、パスタさんは続きを始める。

 


「アヤちゃんと私が幼馴染なのはお話しましたが、二人ともこの街の出身では無いんです」

 

 ふむ、それは初耳だが、確かに言われてみればアヤメはこの屋敷を『別荘』だと言っていた。

 

 別荘という事は、実家に当たる本宅が別の場所にあるという事だろう。

 


「私たちの実家については、今は置いておきましょう。スラン大陸を殆どご存じないアキヒサさんにお話しても解らないと思いますし。その実家のある街から、アヤちゃんよりも私の方が先にこの街に来ていたんですね」


 実家とは違う街に来て、ギルドの受付嬢に就職したというイメージだろうか、この辺りは日本の社会人と同じ感じだな。

 

 

「アヤちゃんは昔から冒険者を夢見ていました。それでも、実家に居る時は流石に難しかったんだと思います。アヤちゃんの家は街でも有数の資産家でしたし」


 

 それは予想出来ていた。

 こんな大きな別荘を持っている家のお嬢様が、わざわざ冒険者をやる必要なんてないだろうからな。


 

「それに、アヤちゃんのランクはご存知の通りですから……」


 

 パスタさんが、アヤメの髪に手櫛を入れながら少し沈んだ声で話す。


 

 回りを巻き込む極大魔法の使い手。

 アヤメも、オレには理解できない中で、それなりに苦労してきたのかもしれない。

 

 

「アヤちゃんがパーティーを組むのが難しい理由は、私にも責任があるんです」

 

「え? そうなんですか?」

 


 それは意外だ。

 お酒を飲み過ぎて一気にトップギアまであげた上で、勝手に一人でスッキリして記憶を無くす以外に、パスタさんに悪いところなんてあるのか?

 

 

 

「はい。アヤちゃんがこの街に引っ越して来るとき、私も久しぶりに会える事で嬉しくて、街の外まで迎えに行きました。……つい、忘れていたんです」


 パスタさんが、話しながらアヤメの髪を細い指で結い始める。



「その時期は、ちょうどある危険なモンスターが活発化し始める時期でした。そのモンスターは、発情期でパートナーを探すために行動範囲を広げ、街の近くまで来る珍しいタイミングでした」

 

「そうだったですか。なんてモンスターなんです? この辺りはそこまで危険なモンスターはほとんど出ないと聞いていましたが」


 

 尋ねながら、なんだか特に理由もなく背中がゾワリとした。

 



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