第16話 結氷令嬢 その6 パーティー無理


「…………ですわ」

「……なんだって?」


 小さな声でごにょごにょと言う様子は、なんだか悪戯をとがめられた子供のようであった。


「…………嬢ですわ」

「聞こえんぞ」


 『うぐぐ……』と、何故か悔しそうにこちらに視線を向けるアヤメ。いや、マジでさっぱりわからんのだが。


 アヤメが自分で言うべき。という事なのだろうか。

 パスタさんはアヤメの横に座り、しかし特にフォローを入れる事もなく目をつぶり静かにしている。


「悪 役 令 嬢 ですわ!」

「はぁ……?」


 なんだそれ。魔法使いじゃないのか?

 というか悪役令嬢? 冒険者をする上で、超人とかよりもよっぽど良く解らない単語が出てきたぞ。


 『悪役令嬢で追放されてでも盛大にざまぁしますきちゃぁぁぁああ!!』とか、オレの横に座るなっちゃんが謎の反応をしているが、こちらはとりあえず黙殺しよう。


 話がややこしくなる。

 

「氷魔法もありますわ」

「いや、それはまあ、わかるんだが」

 

 それより前の方が本当に意味が解らない。



「なあ、悪役令嬢って何が出来るんだ?」

「アキヒサさんはそうですよね。もちろんご存知ないですよね……」


 半ばあきらめ気味のパスタさんが、ここでようやく口を挟んできた。


「アヤちゃんは悪役令嬢4、氷魔法1です」

「悪役令嬢4てまたえらい高ランクだな。それに氷魔法1……氷魔法1?」


 あれで氷魔法1?


 ギルドを氷漬けにした凍結大地や、まだ実際に見てこそいないが、街にクレーターを作るほどの零度隕石とかいう魔法を使える奴が?


 

「アヤメ」


 オレに声を掛けられたアヤメが、ビクンと肩を上げる。


 

「なななな、なんですの!?」


 なんだその、夜中にコンビニに買い物に行って、職質された学生みたいな反応は。

 

「なあ、悪役令嬢って何が出来るんだ?」

「べべべ、別に大したことありませんわ。広範囲の高ランク魔法が撃てるようになるだけですわ!」


「……もしかして、広範囲魔法しか撃てなくなって、しかもそれが仲間を巻き込むようになるとか?」

「どうしてそれを!?」

 

 どうしてそれを!? じゃないっつーの!


 これはあれか、味方相手に撃つとか、味方を巻き添えにするとかそういう制限を掛けられる代わりに、極めて高ランクの魔法が撃てるようになるとかそういう感じか。


 いやもしかしたら、ターゲットに関わらず絶対に味方を巻き込む自爆魔法みたいな効果なのかもしれない。


 悪役令嬢ランクが他のランクを底上げする代わりに、その手のデメリットがあるんだな。きっと。

 

 言うなれば、他人に迷惑をかける事に特化した能力者だな。


 そりゃ、どれだけ強力な魔法が使えても、パーティーを組みたい仲間なんているわけがない。



「なあ、味方殺しとか。パーティークラッシャーとか言われてないか?」


「そんな事、ありませんわ」


 おい、後ろ向かないでこっち向いて言え。



「いいか。アヤメ。オレの目を真っすぐに見てほしい」


「な、なんですの……」


 背筋を伸ばし、紳士で誠実な瞳をアヤメに向けるオレ。

 

「ごめんなさい」


「なぜ謝りますの!?」


「仲間に出来るか! んなポンコツ!」


 よく合点がいった。


 確かに、パーティーを組むなら何も効かない超人5であるなっちゃんと組む方が効率が良いだろう。


 いや、むしろ高ランクの超人ぐらいしかまともに組めないとすら言える。

 それはいい。だがな。


「なっちゃんはいいかもしれないけど、オレは普通の人間なの! ただのアラサーサラリーマンなの! 後ろから魔法撃たれたら簡単に死んじゃうの!」


「うっぐぅぅぅうう……!」


 アヤメが胸に手をやり派手に後ろに仰け反る。



「や、やりますわね。サラ……なんとかは知りませんが、正論だけで余にここまでダメージを与えるなんて……」


 どうにかこうにか、扇を広げて口元を隠すアヤメ。完全にその術は俺に効く状態である。


 どうやら、先ほどの一言が思いのほか刺さっているらしい。

 きっと、他の冒険者からも同じようなことを言われてパーティーが組めなかったのだろう。


 可哀想だとは思わなくもない。だがまあ、それでも初対面の人間を氷漬けにしようとするヤツだ。自業自得であるとも言える。

 

「あに」

「?」

 

 と、それまでアヤメとパスタさんの胸元に、隠す気もない視線を浴びせて涎を垂らしていたなっちゃんが、唐突に口を開いた。


 何故かオレの腕と脇の間に頭を突っ込んでこちらを見上げてくる。

 なんか犬だか猫みたいな動きするね妹よ。

 

「どした? なっちゃん」

「ね、あに。余ちゃんならわたしは大丈夫かも」


 おお……?

 どうしたなっちゃん。

 人を見ては距離をあけ、陽キャを見ては机の下に隠れる妹が、なぜ今それをアピールしてくるのか。


 ほら、お陰で先ほどのダメージから立ち直ったアヤメが、嬉しそうに目を輝かせてみてるぞ。


「いや、ダメだろう。アヤメはきっと、頭に行くはずの養分が胸に行ってるようなヤツだぞ?」

「アキ……アナタねぇ……」


 アヤメに睨まれる。

 いかん、つい正直な感想が出てしまった。


「余ちゃん。友達少なそうだし」

「ぐふぅっ!?」


 唐突の裏切りにアヤメがまたもダメージを受ける。

 まあ、それは確かに。


「でも、パスタさんはマブダチっぽいぞ? つまり、なっちゃんの1000倍友達が居るって事だ」


 ゼロに何をかけてもゼロだからな。

 

「……やっぱやめる」

「うぅぅ……」


 せっかく生まれた可能性も、無残に散らされるアヤメ。嗚呼、なんと哀れな事か。

 まあ、散らしたのはオレだが。


「アヤちゃん。仕方ないね。最終手段を使おう」


 それまでやり取りを見守っていたパスタさんが、不意に声を上げ、目配せをする。

 パスタさんに引きつれられたアヤメと共に、二人がオレ達から距離を取って受付カウンターの中へ入って行った。


 ふふん。

 パスタさんが何を考えているのか知らないが、いくらオレであっても、いつ後ろから氷漬けにしてくる魔法を撃ってくるかわからないようなヤツと、パーティーを組む気なんてないぞ。


「んあぁぁぁ~~……」

 

 目の保養が無くなって退屈になったなっちゃんが、オレの背中に自分の背中をくっつけて、ストレッチのような動きを始める。

 大丈夫かこれ、超人の力でオレの背中折れたりしないか? 若干不安なんだが。


「アキ」

 

 なんていう益体も無い事を考えている間に、いつの間にやらアヤメが戻ってきて仁王立ちしていた。

 さあ、口説き落とせるものなら口説き落として見ろ。

 オレは自分の安全の為なら女が相手でも容赦なくお断りするぞ。I am 男女平等だからな!

 

「……パスタに聞きましたわ」


 なんだ、オレのスリーサイズでも聞いてきたのか、さてはお前エッチだな?

 上から87・74・86だ!



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