第14話
『すいません、ちょっと体調が悪くて』
『分かった。ゆっくり休んでね』
『はい』
坂井さんにそう送って画面を消した。真っ暗になった液晶が私の顔を映す。何が体調が悪いだ。なんて画面の中の自分に毒づく。
「はぁ」
ズル休みをしてしまった。今日は私が当番の日で、魔法省に行かなきゃいけなかった。魔獣が現れなかったとしても新人から毛が生えたようなペーペーの魔法少女がやれる訓練なんて山ほどある。サボっている場合ではない。だけど、どうしても行こうと思えなかった。
だけど、私は悪くないじゃないか。誰だって死にそうになったら怖がるものだろう。むしろ死ぬ危険があるっていうのに魔獣と戦い続ける魔法少女達が異常なんだ。でも、今日も魔獣と戦った魔法少女がいる。命を失う危険だってあるのに。そして私は彼女たちに背を向けて逃げた。罪悪感が心臓を締め付けてきて息苦しい。
『逆なんだよ。誰も魔獣に対抗できない中で、私たち魔法少女だけが戦える力を持っている。…戦って死ぬための力じゃない。もし、地球上の人類が最後の一人になったとして、その子はきっと魔法少女だ』
リーテの言葉が脳裏に浮かんでくる。今思い返してもリーテの言うことが間違ってるとは思わない。けど、魔獣と戦うのを怖がることだって間違いじゃないはずだ。
なのに彼女たちはどうして戦えるのだろうか。…望んで魔法少女になったといっていた。叶えたい望みがあると言っていたリーテ。たったそれだけで命を賭けられるほどの願いってなんだろう。
私にはそんなものはない。魔法少女として強くなるほど生き残れると言っても、強くなる前に死んでしまっては本末転倒じゃないか。
命を賭けられるほどの望みは無いのかと聞かれれば、ある。けどそれは、もうどうやっても叶わない望みで、だから私の戦う理由にはなりえない。
ぐるぐると同じところを巡る思考に嫌気がさして逃げるように目をつむる。
取り合えず今は、何も考えたくない。
***
警報が鳴り、沈んでいた私の意識が強制的に揺り起こされる。
statusを確認してみると歪みの情報が書かれている。
歪みの大きさは6m、魔獣の推定ランクはE。私ですら危なげなく勝てた雑魚だ。だけど、そんな相手にすら戦おうとも思えない。
見覚えのない魔法少女のSDキャラが二つ並ぶ。私がまともに知っているのはリーテとチリィだけで、知らない人のほうが多いからそんなもんだろう。
「やなやつだ、私」
年端もいかない少女が魔獣相手に戦っている。力が無いならまだしも魔法少女になれて、問題もないのに逃げている私がいる。この人たちは何故戦うのだろうか。何故戦えるのだろうか。
しばらくすれば魔獣が無事討伐されたとの情報が入った。
もう眠くなかったけど、目を逸らすようにもう一度ベッドの中に潜った。
…被った毛布の外から着信音が聞こえる。出る気が起きなくて放置しているとやがて、音が止んだ。かと、思えばもう一度コールが始まった。仕方なく応答にでる。
「…はい」
「ああ、スノウさん寝てたらごめんなさい。体調はどうですか?」
「えっと、まだ少し悪い…です」
「そっかそっか、苦しくて動けないとかだったらすぐ行くから言ってね」
「はい、そこまでじゃないので大丈夫です」
相手は坂井さんだった。体調なんて全く悪くないのに少し悪いだなんて言ってしまった。いや、最初から体調が悪いなんて嘘をついているんだから今更か。
「実はチリィから一昨日の事を聞いてね。今日休んでいたのはそれが原因かもしれないって教えてくれたんだ」
「…ごめんなさい」
「…どうして謝るの?」
「だって、ごめんなさい。本当は、体調悪くないんです」
「なるほど。…やっぱり体調不良だね」
「え?いや」
「スノウさん、体が平気だから体調が悪くないなんてことはないんだよ」
「…」
「心だって疲れるし、病気にもなる。魔獣と戦うだなんて、大きな負担をかけさせてる私たち大人の責任だ」
本当はあなたたちのような子供じゃなく大人がやらなきゃいけない事なんだけどね。という言葉の後に溜息が聞こえる。
「それでも変わってあげる事は出来ない。世界はあなた達魔法少女によって守られてる。正直言ってこれからも負担をかけ続けることになる」
「はい」
「だけど、どうしようもなく戦えなくなったら…全部捨てて逃げていい。逃げて逃げて逃げ続けて、最後の瞬間が来るまで私たちが盾になる。大した時間稼ぎにもならないだろうけどね」
「盾になるって…?」
「んーそうだね。包丁でも木の棒でも持って殴りかかってやるさ。気を引くくらいは出来るでしょ」
それは、ちょっと無謀過ぎるんじゃないか…そう思ったことを察したのか補足が続く。
「もちろん最終手段だよ。少しでもなんとか出来ないか策を弄して、どうしようもなくなった時の手段」
「あぁ、ですよね」
木の棒を持って振り回す坂井さんの姿が頭に浮かぶ。結構圧のある顔だし、中々堂に入っているかもしれない。
「ただ、今の言葉も所詮は言っているだけだ。その時になったらどうするかなんて保障はない。みっともなく逃げ回ってるかもしれない。もしそれが許せないと思ったら、逃げる前に私を殺していいよ」
「ころっ!?っごほっごほ!」
いきなりとんでもないことを言い出されて思わずむせてしまった。
「これはスノウさんだけじゃない。リーテやチリィにも同じことを言ってる。ただの自己満足にしかならないかもしれないけど、私はそれだけの覚悟を持ってあなたたちを担当に持ってる」
私の命を好きにしていいと言うその言葉には嘘なんて欠片も感じられず、本気で言っているんだと分かった。
「しませんよ。そんなこと」
「ふふ、だろうね。困らせてごめんね。皆優しいから、そんなあなた達に甘えるだけでいたくないっていう私の気持ちだよ」
「えっと、ありがとうございます…?」
「あーっと、なんだか何を話してるのか分からなくなってきたね。最初は一つだけ伝えようと思ってたんだけど…最後にいいかな」
「はい、なんですか?」
「スノウさん、今日のあなたは悪くない」
「いやでも、ずる休みしたんですよ?」
「普通の事だよ。私が同じ立場ならずる休みくらい絶対したね。逃げても、戦わなくても、世界が終わったとしても、あなたは悪くない。それを言おうと思ってたんだ」
「私は、悪くない…」
それはさっき自分で思ったこととまったく同じ言葉で、だけど自分で思ったのとは違って息苦しくはならなかった。
「急いで立ち直ろうとしなくていい。あなたはまだ15歳の女の子なんだ。ゆっくり考えて、どうするか決まったら教えてよ。なんであろうと私はそれを尊重する」
「…分かりました。考えてみます」
「うん。それじゃあお大事にね」
「はい、あのありがとうございました。少し楽になりました」
「そう?それなら良かった」
通話が終わって、静かになった部屋で私はこれからの事を考えていた。
戦うのか、戦わないのか。
「うーん…分からない」
やっぱり答えは出なかった。だけど、ゆっくりで良いと言われた。だから今日は考えるのをやめようかな。明日の私に任せようなんて悪い考え方かもしれないけど、どうやら私は悪くないらしい。なんなら今日はとことんさぼってやろうと出前のちらしを物色する。今日は寿司でも頼もうか。
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