第6話
手を伸ばす。救うため、生きるため、足掻くため、その光へ手を伸ばす。
魂の叫びは剣を形造った。
***
「こんにちは」
「坂井さん、こんにちは」
翌日、近所の整体院という看板が付けられた建物の中に入ると坂井さんが待っていた。正体を隠すために表向きは整体院や花屋など、その店に用があるという体で待ち合わせ、そこから車で魔法省へ向かうということらしい。広告などは出さないことで利用客を増やそうとはせず、看板を見てやってきた人相手には実際に営業も行っているらしく隠蔽の本気度が伺える。
1時間程して2度目となる魔法省への立ち入り、今回は受付を通り過ぎ奥へ奥へと歩いていく。
「魔法少女には多種多様な支援が送られているんだけど、これもその一つ」
いくらか通路を曲がり、かなり歩いた先で連れられてきたこの廊下には、左右に立ち並ぶドア、ドア、ドア。
「B19、悠貴さん専用の部屋ね」
そういってstatusを開くよう促される。左下にある白い3本線のマークからstatusの各種機能へ飛べるようになっている。そこから会員証と書かれた項目をタップするとQRコードが出てきた。
「ここ、かざせば鍵が開くから」
言われるままにドアの横に存在する突出した部分にQRコードを表示させたスマホを置くと、電子音を鳴らし、ガチャリとロックの解除される音が聞こえた。レバーハンドル式のドアノブを開けるとマンションの一室のような部屋に出迎えられる。
「おお」
「1LDKで家具は備え付けのものがすでに入ってるけど申請すれば好きなものに変えられるよ」
「ここで寝泊まりしてもいいってことですか?」
「そうだね。部外者を入れるのは駄目だけど大体は好きに使ってもらっていいよ」
「分かりました。実際、使われてるんですか?」
「まちまちかな。ほとんど使ってない子もいればずっとここで暮らしてるような子もいるよ」
僕…いや私はどうしようか…。正直どっちでもいい気はする。向こうにいてもこっちにいてもどうせ一人だし。
「やろうと思えば魔法省内だけで生活できるくらいには設備を揃えてるからその内まわって見たらいいよ」
…ちょっと基地みたいでわくわくしてきた。いや、まさに基地なのか。
「本題だけど、トレーニングルーム行こうか」
居住区から離れた場所で、体育館くらいの広さの部屋に連れられる。部屋の真ん中にリーテがいた。
「やっほー悠ちゃん!昨日振り!」
手と一緒に羽がぶんぶんと揺れている。…手を振り返しておく。
「魔法少女となった時の能力を把握してもらうよ。後は魔法も使った模擬戦闘をリーテに頼んでるから遠慮なくぶつかっていってね」
「模擬、戦闘…危なくないんですか?」
リーテの魔法が何なのか知らないけれど、おそらく私の魔法は槍を作ること…だと思う。怪我させてしまうと大変だ。
「回復魔法持ちがいるから大丈夫。即死じゃなければ致命傷でも治してくれるから安心していいよ」
「えぇ…」
つまりは死ななけりゃ何してもいいって言ってるのと同じなのでは…?何も安心できないんだけど…。
「まっダイジョブダイジョブ!私強いから、優しく教えてあげちゃうよ」
ぴすぴす。とリーテが自信満々に笑いかけてくる。ただの女の子にしか見えない彼女がそれ言えるほど実力を備えているのだろうか。どうしても懐疑的になってしまう。
「あれ?悠ちゃんってテレビとかあんま見ない感じ?私が戦ってるのとか結構放送されてるよ」
疑われている事を感じ取ったのか、リーテが頬を膨らませて私不満です!とアピールしている。
「知らないんじゃ仕方ない。ほい、ステータスオープン!なんてね」
ふんす。とスマホが突きつけられる。statusのメインホーム画面が映っていた。
ーーーーーーーーーー
魔法少女:グリーンプリテンス
序列:9位
魔法:実在虚奪
魔力:B
身体能力:B
戦闘経験:B
登録日:2021/05/23
ーーーーーーーーーー
「私ってば結構なベテラン魔法少女なんだけどねー?」
「序列9位…」
「ふふっ私の凄さを今日は体に教え込んでやるぞ~?」
手をワキワキとさせるリーテに無言の手刀が落とされる。
「それじゃ始めよっか。まっやることは握力測定と1000m走だけだから」
私の手に握力測定器が渡される。ってこれ、メモリの最大が500もあるんだけど…。
気にしていても仕方ない。変身してぐっと力を込める。
「どうですか?」
「へぇ」
「108、良いね。優秀なほうだよ」
「ひゃく!?」
メモリを見ると確かに100の値を超えている。これ壊れてませんか…?
「じゃあ次は1000m走ね。この白線を回ったらちょうど500mだから2週して」
「がんばれ~」
「よーいどん」
特に気にされず次の種目へと移される。ストップウォッチが押されたので取り合えず走り始める。1週目、そして2週目。全力疾走したけど疲れはなかった。このくらいの距離でも全力疾走なんてしたらかなり疲れると思うんだけど。
「えー124秒!どっちもDランクだね」
「おー高いねえ」
「え?これでD?」
さっき見せてもらったリーテの身体能力欄はたしか、Bだったような気がするけど…。ふとリーテの顔を見るとにひ、と笑いかけられる。この緩さでもっと高い数字を出すと言うのだから魔法少女は末恐ろしい…。私もその一人なんだけど。
「ちなみにリーテの記録は?」
「たしかー握力が200ぴったしで、1000mが79秒だったかな。どう?楓ちゃん」
「それで合ってるよ」
「すっご」
「おおっ私の凄さ、分かったかなー?」
「いや、凄すぎてよく分かんない」
「あれー?」
1000m79秒ってことは、時速45kmくらいか…。自動車かな?
身体能力は魔法少女の体の扱いに慣れれば自然と上がっていくらしい。
魔力での強化効率?が上がっていくんだとか。なるほど、見た目が華奢でも屈強なのは実際の筋肉量で決まっているわけじゃないからか。
「リーテは最初からその記録だしてたの?」
「んーや、私の最初期はスノウちゃんより記録悪かったよ。魔法少女の強さは定着率で決まるから長くやってたらその内上がってくよ」
「定着率…?」
「そ、魔力がどれだけ体に定着してるかってこと。元々の体には魔力なんてないけど指輪を使って魔力を体の中に入れてるの」
「定着したら強くなるの?」
「私たちの身体能力って魔力で強化してるからね。体が魔力に慣れていくほど魔法も、魔力で強化される力も大きくなってく。このことを深化って言うよ」
「へー…じゃあ私もそのうちリーテくらい強くなるのかな?」
「そういうこと!それと、早く成長するには戦闘経験積むのが一番だね!意識的にも無意識的にも魔力使うから深化が進むんだよ」
「なるほど」
「さて、お次は魔力量を測りたいとこなんだけど」
「何か問題でもあるんですか?」
「魔力を吸い上げて測るからこれをやっちゃうと回復するまで魔法が使えなくなるんだよね。これはまた後日にしよう」
「なるほど、分かりました」
「だから次は」
「わーたしの出番、だね!」
待ってましたとリーテがはしゃぐ。すみません、握力200の人と戦いたくないです。
なんだかお腹が痛くなってきたので帰ってもいいでしょうか?
「うん、ダメ!」
緑色の魔法少女は満面の笑みでNGを出した。
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