第7話
「ほらほら!当たってないよ!」
「ぐうっ!」
振り下ろした銀槍は空を切り、がら空きになった右の横っ腹に掌底が叩き込まれる。長さ40㎝程の銀槍を右に薙ぐも、しゃがみこんだリーテにはかすりともせず、そのまま回し蹴りを喰らわされる。体は宙に浮き、数m後ろに飛ばされる。
強い。無手だからと最初は躊躇していたけどそんな余裕まったくない。むしろ大幅に手加減してもらっている側だ。遠慮はされてないけど。
ゴロゴロと転がりながら姿勢を整える。手放してしまった銀槍をもう一度作り出す。かれこれ組手を始めてはや1時間、ひたすらに地面を転がされている。
荒くなる呼吸を整えてリーテの出方を伺う。
全身が鈍く痛む。目の前の年端もいかない少女が歴戦の達人のようだ。守りも攻めも何一つ追いつかない。これが序列9位…。片や争いごとなんてまともにしたことのない成りたて、差があるのなんて当然だけどここまでだとは想像できなかった。
「動きが硬いよ~もっと適当でいいのに」
「適当って、こんなだけど武器を持ってるわけだし、槍術とか学んだほうがいいんじゃないの?」
「んー、意味が無いってことは無いかもしれないけどね」
「?」
「そういう武術ってのは、人間の能力の範疇の、同じ人間相手の技なんだよ。よっと!」
「うっ!」
軽やかなステップから繰り出される右ストレートに咄嗟に銀槍の柄を盾にする。衝撃に槍を持つ両手が痺れ、体が少し浮く。
「魔法少女は魔法少女らしく戦わなきゃ!」
今のところ魔法(物理)しか見せてもらってないけど…言いたいことは分かる。たしかに人間相手の武術が魔獣相手に有効なのか分からない。
恵まれた身体能力と魔法を活かして戦えというのだろう。
「だったら私は、どういう風に動けばいい?」
「さぁ?」
えぇ…
「えぇ…」
「だって、私の魔法と白ちゃんの魔法は違うもん。そりゃ戦い方は違ってくるよ」
言われてみればその通りだ。むむ、じゃあどうしようか。
「似たような魔法持ってる先輩に教えてもらうってのが一番いいんだけど。今、この場にはいないからね。それに」
「それに?」
「まだどれだけ動けるかも分かってないでしょ?限界を知るのが先だよ。どれだけ早く、強く、大きく動けるのか。細かいことは後々!」
「なるほど…じゃあ、こうっ!」
「ふふっいいね!それっ!」
銀槍を左手に持ち替え、右手で思い切り殴り掛かる。慣れない武器なんて持ってても十全に使えるわけなんかない。そう考えて繰り出した右拳はパシン!と音を立ててリーテの掌に受け止められる。次の手を繰り出す暇もなく足を払われて倒れかけるが、左手でとっさに体を支え、お返しとばかりに足を払うように蹴りを入れる。
「おっと!」
宙に跳んで避けるリーテを見て、右手に銀槍を持ち真っすぐ突きを入れる。武器を持つ利点はリーチが伸びることだ。床に伏せた体勢からは届かない追撃でも、40㎝分の有利でなんとか届かせられる。空中なら避けようがないだろ…ってまずい!?当たる。当たってしまう。リーテの体を銀槍が突き破る想像で咄嗟に目を瞑った。
そんな私の両の手にはなんの手ごたえもなく、空振りした勢いで体が前に引っ張られる。
「ざんねーん」
「っ!」
直後、側頭部を強い衝撃が襲い、床に叩きつけられる。
いっつつ…。何が起こったのかと後ろを振り向くとリーテが空を歩いている。
リーテが、空中を、歩いている。
「!?」
「ふふっサービスに見せてあげる」
ちょっと休憩しよっか。と続け、ふわりと地面に降り立つリーテ。
見せてあげる、つまり今のがリーテの魔法…。
「空を歩けること…?」
「違うんだなーそれが。私の魔法の応用だよ」
そう言って座り込む私の顎の下に一本だけ、人差し指を差し込みそのまま上に待ちあげる。
「わ、わわ!?」
押し上げられる感覚がほとんどない。これは、力で無理やり持ち上げてるんじゃない。昨日見せてもらったリーテのstatusに書かれていた魔法。それは。
「私の魔法『実在虚奪』、私が触れた物の重さを奪えるよ」
なるほど、さっきは自分の重さを消して空を歩けるようにしたのか。そして今度は私の重さを奪って人差し指だけでも持ち上げられるようになった。
「すごいね」
「でしょ?なんてったって序列9位様なんだぞ~うりうり」
リーテがほっぺたを両の手でもんでくる。近い近い。
「ああそうだ、坂井さん」
「ん?どうかした?」
ノートパソコンで作業していた坂井さんが手を止め、顔を向ける。
「名前決めました」
「おお、早いね」
「えー!?何々?」
「…スノウドロップ、これでお願いします」
「おっけ…ふーん花の名前?」
すぐに検索したのかパソコンの画面を見ている。
「ええ、まぁ」
「どんなの?見せて見せて!」
リーテが坂井さんの元に駆けていき、画面を覗き見る。
「別に必要はないけど、何かその名前にした理由はあるの?」
「えっと、槍を作り出すときが花が開くみたいなのと、穂先の根本の装飾が似てるんですよ。ほら」
そういって新しく銀槍を作り出す。口金から花弁のように3つに分かれその中心から穂先が伸びる。
「たしかに、言われてみれば似てるね」
「にしてもよく知ってるね。花とか詳しいの?」
「詳しくはないんですけど、昔この花を育ててるのを見たことがあって」
今のアパートではない、2階建ての一軒家に住んでいたころ、庭に植えられていた。だから知っていた。
「へーそうなんだ。…いいね、似合ってるよ」
「そう?ありがとう」
お礼を言うとリーテが目を丸くしている。何かおかしなことでも言ったかな?
「いえいえ~どういたしまして。ふふっ初めて笑ったね」
そう、だったかな。
「もっと笑えばいいのに。そのほうがかわいいよスノウちゃん」
リーテの私の呼び方が変わった。そうか、そうだな。自分で決めたんだった。
なるほど、名前っていうのは結構重要なんだ。なんというか、宙に浮いていた足が地についたような気分だ。
スノウドロップ。魔法少女、スノウドロップか。
「はーい!じゃあ休憩終わって続きするよー!」
「…」
「痛みにも慣れておかないと咄嗟の時に動けないからね!ぼっこぼこにするぞー!」
えいえいおー!と拳を上げる緑の少女と白の少女の一方的な模擬戦闘は丸々2時間延長されることとなる。
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魔法少女:スノウドロップ
序列:142
魔法:銀槍創装
魔力:No data
身体能力:D
戦闘経験:No data
登録日:2024/03/7
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